こういう奴って本当に何処にでもいるよな
「ほら大旦那様! あーんだニャ!」
「あーん……」
「次は私ですニャ。はい、あーん」
「あーん……」
(ふふふ、計画通り……)
VIP席にて美少女メイドに囲まれ、オムライスを食べさせられるだけの存在となったジュリオを離れたところから眺めつつ、俺は内心ほくそ笑む。どうやら日本が誇るおもてなしの心は、ゲーム世界でも十分に通用するようだ。
あとは向こうだが……
「えーっと、こう? おいしくなーれ、おいしくなーれ」
「お上手ですニャ、お嬢様」
「ふぉぉぉぉ! イレーナ先輩の美味しくなる呪文! 今この瞬間、このオムライスは世界で一番美味しくなりました! 捕獲レベル二京です!」
「捕獲レベル……? よくわかんないけど、ありがとー」
俺が視線を向けた先では、何故かメイド側の真似をするイレーナに、リナが鼻血でも吹き出すんじゃないかという勢いで興奮している。平気だとは思っていたが、これならあっちも問題ないだろう。
俺達が考えた生徒会対策、それはうちの店のサービスを実際に体験してもらい、正しく評価してもらうことだ。
だってそうだろ? 俺達は後ろめたいことなど何もしていない。ごく一部ヤバいテンションではしゃぐ身内がいるが、それはそれ。サービス内容は健全極まりないのだから、全てを見せてしまうのが一番手っ取り早い。
ただイレーナはともかく、最初に否定から入っているジュリオは「そんなものは求めていない」と拒否する可能性が高かった。客ではなく査察官として店の端に居座られては雰囲気が悪くなるし、お客もメイドも萎縮してしまって楽しめない。
ならどうするか? その解決法が例のVIPチケットだ。「受け取った」という事実があるから強引に店内に連れ込めたし、VIPだからうちでできる最高のサービスを提供しても問題ない。
そう、最高だ。これ以上は存在しない。つまり身を以て一番上を体験したジュリオが「如何わしいことなどなかった」と判断したら、それ以下の通常サービスは自動的に問題ないことになるので、以後変な難癖をつけられても「生徒会長に確認してもらってるんで」という強い手札を切れるようになる。
え、ざまぁ展開? ねーよそんなもん。確かにカチンとくる言葉ももらったが、冷静に考えると生徒会長の立場なら、そりゃこんな出し物をすんなり認めるわけがねーしな。
それに先輩とはいえ、ジュリオはまだ一七、八歳の子供なんだ。悪意や敵意を以て邪魔してくるならともかく、融通の利かない使命感と先入観で責められるくらいなら、笑って流してやるのが大人ってもんだろ。というか……
「大旦那様、あーん……ニャ」
「あーん……なあ、確かにこのオムライスは美味しいんだが、流石にそろそろお腹が……」
「なら大旦那様がパティ達にあーんしてくれたら、一緒に食べられるニャ」
「なっ!? ぼ、僕がやらなければならないのか!?」
「そりゃそうニャ。大旦那様の注文した料理を勝手に食べたりしたら、パティ達が怒られちゃうニャ」
「そうだぜ大旦那様! いくらそれが美味しそうでも……美味しそう……じゅる」
「どうしてもお嫌ということでしたら、無理せず残してくださいニャ。私達の愛が足りなかったと諦めて、食べかけの料理は廃棄させてもらいますニャ」
「でも、それは悲しい……ニャ」
「そんな勿体ないことはできん! ぐぬぬぬぬ…………あ、あーん?」
「「「あーん!」」」
(うん、やっぱジュリオは悪い奴じゃねーよな)
ひな鳥のように口を開けるメイド達に、苦虫をかみつぶしたような顔でオムライスを食べさせていくジュリオの姿に、俺は小さくウンウンと頷く。何だかんだ押されながらもちゃんとメイド達の相手をしてくれる様は、俺より主人公ムーブをしている気がする。
(まだデザートもあるし、先輩にはもうしばらくうちのトップサービスを堪能してもらうとしよう。さて、それじゃ俺はまた店内を――)
「やめてくださいニャ!」
「このくらいいいだろ?」
「む?」
と、その時。店内に響いたメイドの声に、俺は素早く現場に駆け寄った。するとそこではお尻を隠すようにトレイを抱えるメイドと、ゲスい笑みを浮かべる二人組の男性客がいた。
「チェルシー、どうした?」
「テンチョー! この人がチェルのお尻を触ったニャ!」
「おいおい、そんな格好してるんだから誘ってんだろ? 尻くらいいだろうが!」
「そーだそーだ! そんなピッチリ張り付いた服でケツを振られたら、触らない方が失礼だろ!」
「ははは、ご冗談をお客様。当店は性的なサービスは一切提供しておりませんよ?」
見事なケツアゴの男と、頬が下ぶくれしたおにぎりみたいな顔の男。ニヤニヤ笑みを浮かべるそんな二人に、俺は張り付いた笑みを浮かべて対応した。だがそいつらは引き下がるどころか、むしろ馴れ馴れしく話を続けてくる。
「堅いこと言うなって。むしろ俺達は認めてんだぜ? 娼婦みたいな格好させた女に客を『旦那様』と呼ばせて侍らせるとか、スゲー発想じゃねーか! 知り合いの連れ込み宿のやつに話したら、きっと大喜びで真似するんじゃねーかな。へへっ、楽しみだぜ」
「メニューが妙に高いのも、そういう料金込みだからだろ? 裏に連れ込むにゃいくら追加すればいいんだ? その子なら一〇〇〇〇……いや、一五〇〇〇エターくらいまで出すぞ?」
「ふざけるんじゃないニャ! お前達なんて一〇〇億積まれたってお断りニャ!」
「アァ? 何だテメェ、こっちはお客様だぞ?」
「お前がここの責任者なのか? ちゃんと躾けとけよ」
「はぁぁ……重ねて申し上げますが、うちはそういうお店じゃないんですよ。健全に女の子と交流を楽しみつつ美味しい料理を堪能してもらうのがコンセプトなんで」
「うるせーな、そんなの知らねーって言ってんだよ!」
「おいケーツ、もうやっちまおうぜ?」
「そうだなオニール。一発かましゃ大人しくなんだろ」
ケツアゴのケーツと、おにぎり顔のオニールという実にわかりやすい名前だった二人組が、俺を見てニヤリと笑う。そのままケーツが立ち上がると、俺に向かって拳を振りかぶったが……
「おっと、お客さん。そいつはいけませんねぇ」
「なっ!? テメェ、離せ!」
俺が右手首を掴んだ手を、ケーツは振り払えない。そりゃそうだ、ガズを倒したことで、今の俺はレベルで言うなら六〇くらい。ぱっと見は細身のイケメンだが、中身はゴリラより強いのだ。
「この野郎!」
「おっと、こっちもか? さあ皆、お客様がお帰りだ! 盛大にお見送りして差し上げるぞ!」
「「「ニャー!」」」
重ねて殴りかかってきたオニールの方の手も掴むと、そのままギュッと力を入れる。すると二人共随分と痛がり屋だったようで一気に抵抗が弱くなったため、そのまま引きずって店の入り口まで行くと、思い切り外に放り投げた。
「グハッ!?」
「いって!?」
「さあ皆、うちの大事なメイドさんに不埒を働いたお客様に、とっておきの裏サービスだ! せーのっ!」
「ざーこざーこ!」
「ぷぷぷっ、格好悪いニャー」
「お子ちゃまはお尻よりオッパイの方がよかったんじゃないかニャー?」
「ほーらクソザコお兄ちゃん、あんよが上手ニャー」
「うぅぅ……く、くそっ! 覚えてろよ!」
「二度とこねーよ! バーカバーカ!」
一斉に浴びせられる嘲りと挑発の嵐。周囲からの冷たい視線も集まり、ケーツとオニールが捨て台詞を残して走り去っていった。その姿を見送ると、俺は順番待ちしていたお客さんに優雅に頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ありません。つまらない余興のお詫びとして、今お待ちのお客様にはドリンクを一杯サービスさせていただきます」
「「「ワーッ!」」」
拍手と歓声を浴びながら、俺はメイド達と共に店内に戻る。なおその後来店されたお客様の要望に「冷たい目で罵って欲しい」「メイドさんに踏まれたい」などの上級者向けなものがちらほら混じることになるのだが……それはまた別の話である。