LOVE 4 MAX
今回は三人称です。
(一体何が起きているんだ……!?)
王立グランシール学園現生徒会長であるジュリオ・マーキスは激しく混乱していた。風紀の乱れを懸念した出店を査察に来ただけのつもりが、強引に店内に連れ込まれたばかりか、室内中央奥、まるで玉座のように一段高くなった特別席に座らされていたからだ。
そんなジュリオの周囲では、水着メイド服を着た四人の猫獣人の女子生徒が
左右に二人ずつ分かれて立つ。その好奇に輝く八つの目に見つめられてジュリオがドギマギしていると、彼の正面に立つ執事のような黒服に身を包んだ男……シュヤクが満面の笑みを浮かべてその口を開いた。
「さあ皆、まずはご挨拶だ! せーの!」
「「「お帰りなさいませ、大旦那様!」」」
「お、大旦那様!?」
「はい。この店ではお客様は基本的には『旦那様』『お嬢様』なんですけど、先輩はVIPですからね。当然お席も立場も一段上なわけです。はい皆、自己紹介!」
「パティですニャ! 宜しくお願いしますニャ」
「ケイトだニャ! よろしくニャ、大旦那様!」
「ミルクでございますニャ。どうぞ宜しくお願いしますニャ」
「ショコラ……よろしくニャ」
「こちらの四名が、大旦那様の専属となって色々サービスさせていただきます。ご希望がありましたら、何なりとお申し付けください」
「「「お申し付けくださいニャ」」」
「あ、ああ……よろ、よろしく…………」
一糸乱れぬ動作で頭を下げられ、ジュリオの戸惑いが加速する。ジュリオの家は祖父が地域の発展に大きく貢献したことで、前領主であるレーデルナ子爵からも一目置かれる存在となった。
が、別に貴族になったわけではないので、その暮らし向きは普通の家とさほど変わらない。故に複数のメイドに傅かれるなど生まれて初めての体験であり、その明晰な頭脳を以てしてもどうしていいのかわからなかった。
そしてその戸惑いを見逃すほど、シュヤクは甘くない。ジュリオには見えない角度でニヤリと笑うと、その懐からメニュー表を取り出して近くのメイドに声をかける。
「では、まずはメニューをどうぞ。パティ、ミルク、説明して差し上げろ」
「「了解ニャ!」」
いい返事をした二人がシュヤクからメニューを受け取ると、ジュリオの側まで歩み寄る。そうしてそのままジュリオの左右にピッタリと寄りそうと、その正面でメニューを広げた。
「お、おい!? 近い! ちょっと近くないか!?」
「このメニューはそんなにおっきくないから、近づかないと見えないニャ?」
「それとも、ミルク達が近づくのはご不快でしたかニャ?」
「いや!? 不快とかそんなことは一切ないが……」
「それはよかったですニャ」
「では説明させていただきますニャ。まずはドリンクから……」
頬がくっつきそうな距離まで顔を寄せられ、左右から響くメイド達の声がジュリオの耳をくすぐる。両肩に感じる柔らかさとふんわり漂う甘い香りに青い思考をこれでもかとかき乱されたジュリオは、気づけば勧められるがままに料理とドリンクをオーダーしていた。
そしてその結果は、VIPの注文ということで最優先で運ばれてくる。
「何だこのグラスは? 妙に沢山くっついてるが……?」
「VIP専用のスペシャルドリンク、クローバーキャットですニャ」
「へぇ? 綺麗な飲み物だな。しかし一人で飲むには量が多すぎると思うが」
ジュリオの前に置かれたグラスは、中央に大きい物が一つあり、その左右の斜め上下に一つずつ小さいグラスがくっついている、極めて特殊な形をしていた。当然その全てに青から緑にグラデーションのかかった不思議な液体が満たされており、一人で全部飲むのは厳しい量だ。
「ふふふ、それは……」
「こうするからニャ!」
「はい、大旦那様もどうぞニャ」
「な……っ!?」
悪戯っぽく笑った猫メイド達が、中央以外の四つのグラスにストローを入れて口に咥える。そのうえで中央のグラスにもストローが刺され、パティが笑顔でそれを勧めた。
「み、皆で一緒に飲む、のか!? それは流石に……」
グラスはそれぞれ独立しており、当然中で繋がったりはしていない。が、それが気恥ずかしさをどうにかするわけでもない。難色を示すジュリオに、メイド達が悲しげな目を向ける。
「大旦那様は、皆と一緒は嫌ですニャ?」
「そんな事言われたら、しょんぼりしちゃうニャ」
「私が旦那様の好みでないばっかりに……申し訳ありませんニャ」
「くすん……ニャ」
「ち、違う! そんなことは決してないが……ぐ、うぅぅ…………わ、わかった」
八つの目に見つめられ、ジュリオが折れた。意を決してストローを咥え、ドリンクを吸い込むと、それに合わせてメイド達もストローを咥え直し……
「「「ちゅー」」」
「ふぐっ!?」
唇を尖らせたメイド達が、自分の目を見つめながらわざわざ声に出して「ちゅー」と言ったことで、ジュリオは思いきり息を詰まらせた。辛うじて吹き出すことは耐えたが、どっちを向いても自分を見つめる猫メイドの顔があるせいで逃げ場がなく、やむなくジュリオは視線をテーブルに落とすと、ドリンクを吸い込むことだけに集中した。
「ちゅー…………む? これは美味いな? 緑の部分は酸味が強いが、青い方は甘い。なるほど見た目だけではなく、味にもグラデーションがついているのか。それにこの、口の中で弾ける感じは……?」
「確かシャンシャンとか言うやつニャ」
「テンチョーとリナが頑張って作ったって言ってたニャ!」
「本来はもっとずっと強く弾けるとのことですが、今は技術的にそれが限界らしいですニャ」
「料理部の人が目の色変えてた……でも詳しくは秘密ニャ」
「おっと、そうか。すまない、秘密を聞き出そうとしたわけじゃないんだ、忘れてくれ」
料理もまた技術であり、広く知られる技法もあれば門外不出の秘伝もある。それを不用意に聞くのは、たとえ相手が同じ学生であろうともするべき事ではなかった。ジュリオがすぐに謝罪したため、メイド達も特に責めたりはしなかった。
そしてそんなことをしている間に、今度はメインディッシュがやってくる。
「お待たせ致しました! ご注文の『黄金萌え萌えオムニャイス LOVE 4 MAX』をお持ちしたニャー!」
「おぉぉぉぉ……!?」
テーブルの上にデーンと置かれたのは、大皿に乗ったオムライス。ただしチキンライスに纏うドレスは黄色ではなく黄金色であり、通常の物とは明らかに格が違う。
「……ごくっ」
漂う匂いと圧倒的な存在感に、思わずジュリオの喉がなる。だがその手がスプーンに伸びると、メイドの一人にそっと止められてしまった。
「大旦那様、もうちょっとお待ちくださいニャ」
「そうだニャ! これはまだ完成してないニャ!」
「え、これで未完成なのか!?」
「そうでございますニャ。では、まずは私から……」
一緒に運ばれてきたケチャップを手に取り、メイド達が黄金のキャンバスに小さなハートを散らしていく。一般の品だと多少凝った絵を描くこともあるが、幾ら大きいとはいえ四人でそれをやると流石にケチャップが多すぎてしまうからだ。
「可愛いハートを描いちゃうニャ」
「格好いいのハートを描くニャ!」
「大旦那様への愛をたっぷり込めますニャ」
「絵は苦手だけど、ハートくらいなら……ニャ」
丸っこかったり尖っていたり、個性的なハートが四つ描かれた。それを見てジュリオは今度こそ食べようとしたが、またもその手が止められる。
「大旦那様はせっかちですニャ」
「まだ最後の工程が残ってるニャ!」
「ここから更にか? 流石に味が濃くなりすぎるんじゃ……?」
「心配ご無用ですニャ。私達にお任せ下さいニャ」
「いくニャ……せーの」
「「「美味しくニャーれ、美味しくニャーれ……」」」
手でハートを作ったメイド達が、可愛く踊りながら「美味しくなる呪文」を唱える。更に……
「萌え!」
「萌え!」
「萌え!」
「萌え!」
「「らぶらぶ」」
「「ニャーン!」」
左右端の二人が正面にハート型を作った手を突き出すのと同時に、中央二人がキュッとお尻を上げ、互いの尻尾を絡ませることで新たなハート型を作り出す。これぞ「猫耳水着メイドカフェ」における最大のおもてなし「LOVE 4 MAX」であった。
「フォォォォ! 自分のテンションもマックスハートッス!」
「きゃぁぁぁ、カワイイィィィィィ! 考えたアタシサイコー!」
「……………………」
その破壊力の高さに、ジュリオは完全に絶句する。店の手前側から奇妙な男女の叫び声が響いたが、そんなもの全く耳に入らない。
(萌え、ラブ……何だ、何なんだこれは……!?)
生徒会長ジュリオ・マーキス。その石のように頑強な意志にハートの楔が打ち込まれた瞬間であった。





