スペシャルゲストのご来場だ
新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します。
「当店は只今満席となっております! 順番にご案内しておりますので、もうしばらくお待ちください!」
「テンチョー! 二番の席、片付け終わったニャー!」
「おう、わかった。ではお次でお待ちのお客様、どうぞ!」
学園祭初日。俺達の「猫耳水着メイドカフェ」は、予想を超えて大盛況だった。事前の手応えからそれなりに客が来るだろうとは思っていたが、入店待ちの行列ができるほどってのは想像以上だ。
てか、マジで何でこんなに人が来るんだ? ひょっとしてこれも何らかのイベント扱いってことになって、主人公補正が働いてるとか? 真相がどうであれ、今俺がすべきはこの行列をさばくことである。
「テンチョー! そろそろ食材がなくなるって言ってるニャー」
「わかった。なら誰か一人、一緒に来てくれ」
「はーいニャ」
店内からお呼びがかかり、俺は店の女の子を一人連れて調理場へと向かう。バックヤードの向こう側はまるで夏のような熱気が満ちており、その最前列の流し台では、モブローが店内を食い入るように眺めながら皿を洗っていた。
「ムヒョヒョヒョヒョ、皆可愛いッス……スク水の脇から垣間見えるお尻とふとももの境目がたまらないッス」
(うっわ、気持ち悪いなぁ……)
目にもとまらぬ速さ……比喩ではなく、マジで残像が見える速さで手が動いている……で皿を洗いながら心底気持ち悪い台詞を口走るモブローに一瞬躊躇うが、これも店長の仕事だ。俺は意を決してそのキモい物体に声をかける。
「おーいモブロー。そろそろ食材なくなるから、追加出してくれ」
「あ、シュヤクさん! いいッスよ。じゃあ約束のアレ、お願いするッス」
「わかった……悪い、頼めるか?」
「いいよー」
申し訳ない気持ちで頭を下げる俺に、一緒に来てくれた店の子がニッコリ笑ってモブローと向かい合う。そして……
「モブロー君、レンカにいーっぱい出して欲しいニャ!」
「ウヒョー! 今すぐ出すッス!」
「うっわ、気持ちわる!」
美少女にお願いされて興奮したモブローが、インベントリから食材を取り出していく。場所を取らず劣化もしないインベントリは極めて便利なので協力を頼んだのだが、その対価としてモブローが要求したのが、「猫耳水着メイドの女の子に今の台詞を言ってもらうこと」だった。
インベントリの性能を考えたらこの程度で活用できるのは破格なんてレベルじゃねーし、元のコンセプトもあって、ミーアが紹介してくれた子はこの手の輩のあしらいが上手かった。
なので今のところ問題なく回っているが……それにしても気持ち悪い。まあモブローが気持ち悪いのはいつものことなので、今更改めて指摘することでもないだろうけども。
「うわー、凄い凄い! どんどん出てくるニャー! でももっともーっと出して欲しいニャ?」
「なら応援して欲しいッス!」
「いいよー。がーんばれ! ニャ! がーんばれ! ニャ!」
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! テンションあがってキター!」
「……………………」
虚空から一心不乱に食材を取り出し続けるモブローの姿に、俺は何ともいえない気持ちを抱え込んだ。何だろう? やってることは鞄から荷物を取り出してるだけなんだが、言葉にできない退廃的な雰囲気を感じる。
――これ以上ここに留まってはいけない。いや、周囲ではモブロー達を無視して料理部の人達が作業してるし、「材料来ました!」「萌え萌えオムニャイス、上がり!」とか怒号も飛び交っているんだが、とにかく俺はその場を離れると、改めて店内に視線を向けた。
「美味しくニャーれ、美味しくニャーれ……さあご一緒に! 萌え萌えニャーン!」
「も、もえもえニャーン……」
水着メイドの猫獣人娘に促され、気の弱そうな少年が消え入りそうな声で美味しくなる呪文を唱える。だがその後メイドさんに「よくできましたニャ」とほっぺたをツンツンされると嬉しそうに微笑んでいたので、楽しんでくれてはいるようだ。
「うぉぉー! 何故拙者はチョキを出してしまったでござるか!?」
「同士ケルビン殿! ここは倍プッシュですぞ!」
「しかし同士チェスター殿、拙者の懐はスカスカで、お腹はタプタプでござる」
「ならばケルビン殿の志、某が引き継ぎますぞ! キッカ殿、もう一勝負!」
「はーい、スペシャルドリンクの追加入りましたニャー!」
また他方では、メイドさんとじゃんけんして勝つと、スペシャルドリンクを恋人飲みしてくれる……ただしグラスは別々の二つを並べ、ストローだけが交差する仕様……というサービスに、どうやらあの二人は三回連続で負けているらしい。
スペシャルドリンク、メイドさん用は五〇ミリだけど、お客さん用はたっぷり五〇〇ミリあるからな……まあこっちとしては儲かるので、是非腹がはち切れるまで頑張って欲しいところだ。他には……
「わー、可愛い! 絵上手なんですねー!」
「ニャハハ、ちょっと練習したニャ! さ、どうぞ」
「いただきまーす! うわ、味もすっごく美味しい!」
向こうの席では女子生徒のお客さんが、メイドさんがケチャップで描いた猫のイラストに感動したり、オムライスの味にビックリしつつも美味しそうにほおばったりしている。
うむ、実に健全な光景だ。ああいうお客さんばっかりだったら……それはそれで儲からなくなるのか? まあ所詮は学園祭の出し物だし、俺的には赤字にならなければそれで十分だけどさ。
「テンチョー! VIPチケットを持ったお客さんが来たニャー!」
「ん? おう、今行く!」
と、そんなことを考えているとまた呼ばれ、俺は慌てて店の入り口付近に行く。するとそこには予想通り、仏頂面をした生徒会長様が……おや?
「あれ? 貴方は……」
「こんにちはー。私もお誘いされたから、一緒に来ちゃいましたー」
「……………………」
生徒会長の隣には、見覚えのあるおっとり顔のお姉さん……次期生徒会長がシステム的に確定しているイレーナがいた。うっかりフラグを立てないように意図的に避けていたため、この世界で会うのは初めてである。
「これはジュリオ会長! それに会計のイレーナ先輩も、ようこそいらっしゃいました」
「あらー? 私、貴方と会ったことありましたかー?」
「お会いするのは初めてですね。とはいえ先輩は生徒会の役員ですから――」
「お姉ちゃんが来たの!? ちょっとシュヤク、どきなさいよ!」
「うおっ、リナ!?」
「あらあら? 貴方確か、モブリナちゃんよね? でも私、貴方のお姉ちゃんじゃないわよー?」
「イレーナ先輩は皆のお姉ちゃんって感じなので問題ありません! それより先輩、どうぞこっちに!」
「あらあらあらー?」
突然やってきたリナが、そのままイレーナを引っ張っていく。その様子に思わず苦笑いを浮かべつつ、俺はぽつんと取り残されたジュリオに声をかけた。
「すみません先輩。うちのリナが暴走しまして……」
「いや、構わないが……ひょっとしてあの子が?」
「はい、この出し物の発起人です。憧れの先輩が自分の店に来てくれたんで、ちょっとテンションが上がり過ぎちゃったみたいですね。失礼を謝罪します」
「そう、か……いや、それなら仕方ない。それに怒るほど僕も狭量じゃないさ」
頭を下げる俺に、ジュリオはそういって笑ってくれる。そのまま店内を見回すと、改めてその口を開いた。
「しかし、これほど盛況とはな……僕の見立てではもっとずっと人が少ないと思っていたから、集客のために過剰な接待をしていないかと早めに視察に来たんだが……」
「ハハハ、おかげさまで行列ができるくらいには人気です。営業内容も至って健全ですよ?」
「そのようだな」
揉み手をしながら言う俺に、ジュリオが頷く。実際奇抜だが魅力的な衣装に身を包む女の子が可愛く接客してくれるというだけなので、違法な要素はこれっぽっちもない。
「ささ、会長! こんなところで立ち話も何ですから、当店のサービスを自分で体験していってください!
おーい皆! VIP様のご来店だ! 総員、歓迎準備!」
「「「ニャー!」」」
「な、何だ!? 一体何が始まるんだ!?」
「まあまあまあまあ」
いきなりの感性に戸惑うジュリオの手を引き、俺は店の後方中央にあるVIP席へとジュリオを案内する。
さあ、これでこいつは袋の鼠だ。俺達の渾身のおもてなし、たっぷり味わってもらうぜ!