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いつの間にかそうなってたのか

今年も一年ありがとうございました。来年もどうぞ宜しくお願い致します。

 それから更にしばらく時が流れ、一〇月一九日。明日からいよいよ学園祭が開始ということで、夜も深いというのに、校舎からは無数の明かりが漏れている。


 祭りの前夜特有の熱気と、それに当てられた生徒達の声がそこかしこから響くなか……しかし俺は一人、暗い広場のベンチに腰を下ろして空を見上げていた。


「ふーっ……」


 長く息を吐きながら、だらしなく足を広げてグデッとする。生徒会長を説得して以降も幾らか雑用は手伝ってきたが、今ここに至っては、もう俺がやるようなことは何もない。


 ならクラスの出し物でも手伝うかと思わなくもないが、予想外のトラブルでリナの方にかかりきりだったため、そっちは完全ノータッチだ。正直何をやるのかすら知らねーし、今誰かが残っているのかもわからん。


 別に確認しに行ってもいいんだが……まあ今更だしなぁ。もし誰か残って作業してたとしても、何にも手伝ってなかった奴が最後の夜にだけ来て仲間面されたって困るだろう。


(お客様、か…………)


 気温が低いせいか見上げた空は澄み渡っており、チカチカと輝く星の光は何処までも高く遠い。


 ひょんなことから転生し、一度は取り逃した青春を今度はしっかりやってみようと頑張ってみたわけだが……果たして俺は、ちゃんと皆と同じように頑張れただろうか? リナやモブローの熱を見ていると、どうしてもそこに疑問を感じてしまう。


 中身は大人だからと、斜に構えて本気になれなかったんじゃないだろうか? 幾らか雑用を手伝っただけで、本当に「頑張った」奴とは違うんじゃないだろうか? そんな考えが頭のなかをグルグルと巡り……だがその時、不意に誰かが声をかけてきた。


「ここにいたのね」


「リナ?」


 校舎から漏れる光を背に、リナが俺の方へと近づいてくる。そのままストンと俺の隣に座ると、ひょいと何かを手渡してきた。


「はい、これ差し入れ」


「うん? ありがとう……缶コーヒーか」


「他の人には駄目だけど、アンタならそれでいいでしょ?」


「ああ、これでいい……いや、これがいい」


 プロエタにおいて、缶コーヒーは回復アイテムだ。具体的には「睡眠の状態異常を解除し、HPを三〇回復させる」となっている。


 なので購買に売ってはいるが分類的には薬なので、一般生徒がこれを飲んでいるところは見たことがない。そりゃ味がいいからって、薬を常飲したりはしねーよな。


 だが俺達には関係ない。薬なのでホットはなく、秋の夜にはやや冷たいが、それでもほろ苦い味が喉を通り過ぎていくのは、どうしようもなく「仕事終わり」を感じさせてくれる。


「ふーっ、やっぱ一仕事終えた後はコーヒーだな」


「アタシはキャラメルマキアートね! あの甘みが疲れた脳に染み渡るのよ……なんでこの世界でもチェーン展開してることにしなかったのよ? ホロリーメイトが実名で出てたゲームとかあったじゃない?」


「あんな大作と一緒にすんなよ。あとファンタジー世界でコーヒーチェーンは……まあ今更だけども」


 所詮はJRPGなので、プロエタはファンタジー警察が見たら烈火の如く怒り狂いそうな物品や技術が多数混在しているが、とはいえ流石に王都にコーヒーチェーン店があるなんて設定はない。


 まあやろうと思えばねじ込めただろうが、それこそ今更だしな……転生するってわかってりゃ、天下取ってそうなラーメン屋とか設定に書き込んどいたんだがなぁ。


「…………まだ夢を見てるみたい」


 そんな益体もないことを考えていると、リナがポロリと言葉をこぼす。隣を向けば、缶コーヒーを手に星空を見上げたリナが足をブラブラさせている。


「ほんの一月ちょっと前、アタシはパーティから抜けるって決めた。それで猫耳水着メイドカフェの方に力を入れてたけど、そっちも正直あんまり上手くいってなかった。


 でもアンタが声をかけてくれて、全てが変わった。アタシは強くなってパーティに復帰できたし、一度は潰されかけたお店も、アタシが想像してたよりずっと理想的な形で実現した。


 全部アンタのおかげよ。感謝してる……ありがとね」


「なんだよ急に。それに全部は言い過ぎだろ? パーティへの復帰はどっちかって言えば俺の我が儘だし、店の方はリナやモブローがやってるのにちょっと手を貸しただけだぜ?」


 これは謙遜でも何でもなく、本当にそう思っている。実際俺が主導で動いたのはミーア先輩と交渉して人員を確保したくらいで、他は元からあった筋道を進む手助けをしたくらいでしかない。


 だというのに、リナは心底呆れたような顔で俺を見てくる。


「アンタ何言ってんの? これだから鈍感系主人公は……」


「鈍感て。え、何がだよ?」


「アンタ猫の子達に自分が何て呼ばれてるか知ってる? 店長よ? お店の実質的な最高責任者よ?」


「へ!? 何で俺が!? それはお前だろ?」


「違うわよ。だってアタシもメイドとしてお店に出るもの。本当はアタシだってゆっくり女の子達を愛でたいけど、こういうのは言い出しっぺが率先して動かないとだしね。


 あ、ちなみにモブローは皿洗いよ。厨房から店内が見えるから、単純作業をしてるだけで可愛い猫耳水着メイドを眺め放題だって喜んでたわ」


「お、おぅ。そうか……いやでも、何で俺が店長?」


「アンタがスカウトしてきたからでしょ? それに残念ながら執事カフェの方までは手が回らなかったから、ならアンタには店長やってもらうしかないじゃない。


 それともまさか、アンタここまでやったお店をほっぽり出して、アリサ様やロネットたんやクロちゃんやセルフィママやオーレリアちゃんとデートでもするつもり!? このアタシの目が黒いうちは、そんなの絶対許さないわよ!」


「そんな予定はねーけども……俺が店長ねぇ。店長って何すりゃいいんだ?」


「さあ? 万事が上手くいくなら店の隅っこで座ってればいいんだろうけど、絶対トラブルが起こるだろうし……ミーア先輩に頼んで来てもらってる子達に何かあったら、それこそ大変な事になるわよ?」


「うっ、それは確かに……」


 思ったよりは全然下品ではない、というかちゃんと可愛く綺麗な感じの衣装ではあったが、それでもかなり大胆なのは間違いない。あれに身を包んだ美少女達に日本の萌え文化で磨き上げられた接客なんてされた日には、ハイティーンの男子生徒が変な盛り上がり方をするのは火を見るより明らかだ。


「てわけだから、まだまだ気は抜けないわよ? むしろこれからの三日間こそが本番なんだから、気合い入れなさい!」


「いてっ!」


 リナがバシンと俺の背を叩き、ニカッと笑ってベンチから立ち上がる。


「さて、それじゃそろそろ戻らないと。前夜祭だからって浮かれて、モブローの馬鹿がはしゃぎすぎないようにしないとだし。


 シュヤクも休憩終わったらさっさと戻りなさいよ? 皆待ってるんだからね!」


「……ああ、わかった。すぐ行くよ」


「じゃ、また後でね」


 俺の言葉に、リナは振り返らずにその場を去って行く。暗闇から光の中へと吸い込まれていく姿には、別れを惜しむ雰囲気はない。俺がこのまま戻らないかも? などという懸念は一切感じられない。


「店長……休憩か…………」


 手伝いを終えて部外者が消えたくらいのつもりだったのに、俺には役目があり、戻ってくることが当然だと思われている。その事実は俺の足に力を与え、少し前まで根を張っていたように動かなかった腰がひょいと持ち上がる。


 どうやらリナに背中を叩かれ、俺のなかのウジウジした部分が吹き飛んだようだ。俺は缶コーヒーを飲み干すと、ゴミ箱……はなかったので、手に持ったまま歩き出す。


 遠かった校舎の光は、星に比べればすぐ近くだ。闇から抜け出し向かった先には……


「ち、違うッス! 自分は何もしてないッス!」


「嘘ニャー。こいつトルテの尻尾を指先でシュルンってしたニャー!」


有罪(ギルティ)! 有罪(ギルティ)ニャ!」


「遺言があっても聞かないわ! 地獄で悔い改めなさい!」


「ヒーッ! 助けて欲しいッスー!」


「……何やってんだよ、お前ら」


 縄で縛られ天井から吊されるモブローと、一体何処から持ってきたのか不明な鞭を構えるリナと、周囲で囃し立てる猫娘達の姿。どうやらこの騒動を収めるのが、店長としての俺の初仕事になりそうだ……ハハハ。

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