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二度目の初邂逅

今回は三人称です。

「学園祭でお店をやるニャー! みんな来てニャー!」


「可愛くて美味しいお店ニャー! 店員さんの募集もまだやってるニャー!」


「なっ!? こ、これは……っ!?」


 とある日の朝。歴史ある王立グランシール学園の現生徒会長であるジュリオ・マーキスは、目の前に広がるとんでもない光景に驚きの声をあげた。何と自分が申請を却下したはずの催しの告知を、無数の猫獣人女生徒が堂々と行っていたからだ。


(どういうことだ? まさかまたイレーナ君が許可を? いや、彼女はおっとりしているが、決して無能ではない。きちんと警告したのに僕に無断で再度許可を出したりはしないだろう。ならば一体……?)


「っと、考えるのはあとだ。まずは彼女達を制止せねば。お――」


「おっと失礼」


 ビラを配る女生徒達に声を掛けようとしたジュリオの腕が、不意に横から現れた男によって掴まれた。討魔士としてもそれなりの実力があると自負しているジュリオが、警戒していたわけではないとはいえあっさりと利き腕を掴まれたことに驚きつつ振り向くと、そこには少し前に自分が注意した男……シュヤクの姿があった。


「お前は……」


初めまして(・・・・・)生徒会長。ちょっと話があるんだけど、いいかい?」


「…………いいだろう、学生の話を聞くのも僕の仕事だからね」


 邪悪な笑みを浮かべるシュヤクに、ジュリオはメガネをクイッとしてから同行した。そのまま道の端まで移動したところで、ずっと掴んだままだったシュヤクの手を振り払い、ジュリオが口を開く。


「それで? 一体どういうつもりだ?」


「どう? どうってのは?」


「とぼけるな! 何が『初めまして』だ、白々しい! まさか前回の警告を聞かなかったことにすれば、イベントを強引に実行できるとでも考えたのか?


 だとしたらあまりにも浅知恵だ。お前が何をしようと、僕が許可を出さなければ学園内の教室や敷地の使用は……待て、まさか別の生徒からその権利を横取りしたんじゃないだろうな! だとしたら許さないぞ!」


「まさか! 学園祭を楽しみにしてる気持ちは皆同じなのに、そんなことするわけないじゃないですか」


 凄むジュリオに、シュヤクはひょいと肩をすくめてみせる。そういう手段が思いつかなかったわけではないが、それだと「学園祭を楽しむ」というメインコンセプトがブレてしまうし、何よりそれで成功しても、自分達の活動が真に認められることはない。


 だからこそシュヤクは一番確実で楽な手段を真っ先に切り捨て、本当にどうしようもない時の最後の手段だと考えていた。故に……


「でも、いいんですか?」


「いい? 何がだ?」


 ニチャリと気色の悪い笑みを浮かべるシュヤクに、ジュリオが警戒心を露わにしながら問う。するとシュヤクは猫獣人の少女達をゆっくりと見回しながらその口を開いた。


「いえね、こんなに皆が頑張ってるのに、今更(・・)生徒会長の一存で申請を却下したら、とんでもない暴君だと批判されるんじゃないかと心配してるんですよ」


「なっ!?」


 その言葉に、ジュリオは驚愕で目を見開く。加えてそっと渡されたビラに視線を落とせば、この邪悪なイベントの料理は「料理部」が提供し、また衣服に関しても「裁縫部」が作成しているという旨が書かれていた。


 グランシール学園は基本的には討魔士を要請する学園だが、才能があるからといって誰もが命がけでダンジョンに潜り、魔物と戦えるかと言えば違う。それに討魔士の才能があるものは魔物と戦うことで身体能力が高まりやすく、魔法のような超常の力以外にも何故か料理や家事、裁縫、鑑定など、突然別の才能を開花させる者も多い。


 そのため部活動の種類は多岐に渡り、戦い以外に自分の生き方を見いだした生徒達にとって、そこは大切な場だ。そして学園祭はそんな彼らが活躍できる絶好の機会であり、それを私的な理由で潰したとなれば、如何に生徒会長とはいえ……否、生徒会長だからこそ激しい批判に見舞われるのは必至であった。


「ふざけるな! 僕はちゃんと前もって申請を却下したぞ! それを無視して準備を進め、規模を大きくしたのはそちらだろうが!」


「いやぁ、俺には何のことだかさっぱり……なら今すぐ出て行って、俺達の猫耳水着メイドカフェは自分が気に入らないから中止だ! って叫びますか?」


 挑発するようなシュヤクの言葉に、ジュリオはグッと唇を噛みしめ……だがすぐに覚悟を決めた表情で言う。


「……ああ、そうしよう。確かに批判は受けるかも知れないが、あんな低俗な出し物を認めたら、それこそ恥だ! 皆の学園生活を守るためにも、僕は決して脅しになど屈しない!」


「低俗な出し物、か…………なあジュリオ先輩、あんたには今、何が見えてるんだ?」


「何が? だから下品なビラを無理矢理配らされている女生徒達の姿が……」


「本当にか? 本当にあんたにはそう見えるのか?」


「っ……」


 真剣なシュヤクの眼差しに圧され、ジュリオは改めて学園前の広場を見る。そこでは女生徒達が下品なビラを――


「何このイメージイラスト、可愛い! これを着て接客するの?」


「そうニャ! ヒラヒラでフワフワでキラキラなのニャ!」


「私もちょっと着てみたいかも」


「私は恥ずかしいかなー。でも着てる人は見てみたいから、一緒に遊びに行こっか?」


「大歓迎ニャ! お友達と一緒に来てニャー」


「料理は料理部が作るのか……お、何これ、デカ盛り?」


「そうですニャ。いっぱい食べるお客さんのために、愛とカロリーをマシマシにした特別メニューですニャ! 食べきれると私達がヨシヨシして褒めるニャ。お残しするとメッて怒るニャ」


「何それ得しかないじゃん……これは行かねば」


「お待ちしてますニャー」


 そこにあったのはジュリオの脳内イメージと違って、楽しそうに語らう生徒達だった。ビラを渡す方も受け取る方も楽しそうで、特に女子生徒の反応が以前に見た時とまるで違う。


 だがまあ、それは当然だろう。多少イケメンとはいえ男子生徒が「猫耳水着メイドカフェ」という下心丸出しなビラを配るのと、実際にそこで働く予定の可愛い女子生徒が配るのとでは印象が違う。


 加えて今回は実際に着る服や提供される料理のイラストなども描き加えられて全体のイメージが掴みやすくなっていたため、奇抜な衣装もまた学園祭という祭りの一環として受け入れられたのだ。


「なあ会長。あんたみたいな優秀な人からすりゃ、そりゃこんのは下品でくだらない催しなんだろうけどさ。でもそれに本気になって頑張ってる奴も、それを楽しみにしてくれる奴だって、こうしているんだ。


 何より今一番頑張ってる奴は、ここに顔すら出してねーしな」


「? 誰のことだ?」


「このイベントの発起人だよ。どうしてもこれがやりたいって、最初は一人……いや、二人だったか? とにかく今も、裏方で頑張ってんだ。あんたにアピールするなら、そいつもここでビラを配ってた方がよかったんだろうけど……ハハハ、『アタシは誰かに認めてもらいたいわけじゃない。(自分の)笑顔の為に頑張ってるのよ』だってさ」


「……………………」


 シュヤクの語る言葉が、一つ一つジュリオの胸に染みていく。「猫耳水着メイドカフェ」という救いようのないコンセプトを別にすれば、目標のために多くの生徒達が努力し、他の生徒達がそれに共感して互いに楽しそうにする姿は、ジュリオにとって理想の光景でもあった。


「俺もさ、そんな奴らを助けてやりたくて頑張ったんだが……これが限界さ。最後の最後が他人に頼み込むことだけなんてのは、情けない限りなんだが……」


 ポリポリと頭を掻きながら苦笑したシュヤクが、ジュリオに向かって深々と腰を折り、頭を下げる。


「あいつらの夢を、あいつらの頑張りを、『くだらない』なんて一言で切り捨てないでくれよ。ちゃんとその目で見て、それから判断してくれ。何もさせずに終わらせるなんて、それは流石にあんまり――」


「わかった」


 シュヤクの言葉を終わりまで聞くことなく、ジュリオは短くそう告げる。するとシュヤクが頭をあげ、ジュリオの顔を見た。


「わかった? わかったってのは?」


「だから、ちゃんとお前達の活動を見てから判断してやると言ってるんだ!」


「それってつまり、学園祭で活動していいってことだよな?」


「言わせるな! まったく……」


 若干頬を赤く染め、そっぽを向きながら言うジュリオ。そんなジュリオの様子に、シュヤクはこっそりと邪悪な笑みを浮かべた。


「いやー、そうかそうか! ありがとな生徒会長! じゃ、これ!」


「うん? 何だこれは?」


「数量限定のVIPチケットだよ。こいつを見せてくれたら、うちの猫耳メイドさんがたっぷりサービスしてくれるはずだから!」


「ま、待て! 僕は別に、そんなもの――」


「いいからいいから! それじゃ、待ってるからな!」


 ジュリオの手の中にギュッとチケットを押し込むと、シュヤクは素早くその場を後にした。これにて生徒会長の許可が正式なものとなり、これまで滞っていた手続きが一気に進められるようになる。


(さあ、これでこっちの布石は全部整った。あとは最後の仕上げだけ……こうなっちまえば、もう俺は……)


 唖然とするジュリオを置き去りに、シュヤクが歩いていく。全ての仕事をやり終えたその背中は、何故か少しだけ寂しげだったという。

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