勝ち筋の見えてる営業ってのは楽しいな
「……というわけで、うちのイベントで着る制服を作って欲しいのよ」
ミーアに会ったのとはまた別の日。俺はリナを伴い、裁縫部にやってきていた。だがリナの熱い申し出に、裁縫部の部長……こっちはサブクエとかもないので、本当に全く知らない人……が難しい顔をする。
「なるほど、話はわかったけど……でも学園祭までもう二〇日くらいだし、流石に納期的に厳しいよ? ウチはウチでファッション性の高い革防具の制作展示をやるつもりだからさ」
「うっ、まあそうだよな……」
当たり前だが、学園祭というのは俺達だけが参加するわけじゃない。自分達の催しを優先するのは当然で、こんな際になって持ってきた依頼なんて、「できればやります」程度の扱いになるのも頷ける。
だがそれはリナだってわかっていたことだろう。俺が「どうするつもりだ?」と視線を向けると、意味深な笑みを浮かべたリナが、肩に掛けていた鞄からスケッチブックを取り出した。
「まずはこれを見てくれない? 発注する衣装のデザインなんだけど」
「拝見します…………えっ!? こ、これは……っ!?」
それを受け取った部長さんが、ペラリとページをめくって目を見開く。更に数枚ページをめくると、スケッチブックをダンッとテーブルに叩きつけた。
「これは一体どういうことだい!?」
「見ての通りよ」
「え、何? 俺だけ何もわかんねーんだけど?」
「これだよ!」
首を傾げる俺に、部長さんがテーブルに置いたスケッチブックを再びめくる。するとそこにはリナが描いたと思われるデザイン画があったわけだが……
「うぉぉ、何だこのクオリティ!? これリナが?」
「フフーン、そうよ! アタシがアパレル系の商社に勤めてたって、前に話したじゃない。その能力を存分に発揮させてもらったわ!」
「へー、確かにこりゃスゲーや」
そこに描かれていた絵は、お世辞抜きで完成度の高いものだった。企画会議でこれを持ってこられたら、そのまま採用できるレベルだと言えば伝わるだろうか? 前世があるってことを知らず、一五歳の少女がこれを提出してきたら、間違いなく天才だと持て囃されることだろう。
「コンセプトは『渚の甘ふわマーメイドキャット』よ! まず着用者の年齢層とか、外部にも公開するって点から肌の露出は抑えて、ベースを新スクにしたわ。旧スクじゃないのは、腰の部分に独自のスカートを着せるからね。
で、水着で肌が隠れるから、上に着せるメイド服の方は逆にセパレートタイプにしてスカート部分と服部分を分けたわ。スカートは大胆に前を開けて左右のみにし、フリルをたっぷりあしらった部分は海を漂うクラゲのようなフワフワ感を、その下の記事には魚のヒレのようなシャープな印象で対比をつけたわ。
上着部分はセンターラインと周囲にフリルを配置して若干胸を強調しつつ、肩のフリル量を調整することで巨乳でも貧乳でも映えるように あと当然、頭頂部のホワイトブリムにも工夫があるわ。
一般的な大きさだとせっかくの猫耳のアピールが弱くなるから、カチューシャタイプにしつつあえて中央部分だけを大きく盛ることで、猫耳に挟まれるようにするの。そうすればピコピコ動く可愛い耳の魅力を疎外せず、まるでチョコケーキにふんわり生クリームをデコレートしたみたいな可愛らしさが演出されるのよ!」
「お、おぅ……」
「なるほど、そういうコンセプトが……ならこの部分はもっと盛った方がいいんじゃないか?」
「それもアリだけど、アタシ的にはウェストラインを綺麗に出すのがいいかなって思うのよ。せっかくの水着の質感もできるだけ生かしたいし」
「ふむ、それなら……」
もの凄い熱量で語られ、俺は思わず一歩引いてしまう。だが部長さんの方はそうではないらしく、リナの話を真剣に聞きながら討論を重ねていく。こうなると俺は完全に部外者なので黙って大人しくしていると、しばらくしてスケッチブックから顔を上げた部長さんが、椅子に背を持たれて大きく息を吐いた。
「はーっ、実に素晴らしい! まさか君にこれほどファッションの造形があるとは……しかもこれ、君のオリジナルだよね? 私もかなり勉強しているつもりだけど、こんなデザインを見るのは初めてだし」
「いえいえ、アタシにそこまでの才能はないですよ。あくまでも既存の物を組み合わせて、それっぽく見せてるだけですから」
「謙遜しなくてもいいさ! これは間違いなくファッションの新機軸……新しい風が吹く前兆だ! ああ凄い! インスピレーションがどんどん湧いてくる!」
「なら……?」
「いいとも! その依頼、喜んで引き受けよう! 皆、聞いたね? 私達は一丸となって、この学園から新たなファッションの風を巻き起こすんだ!
さあ、ここからは戦場だぞ! 私達のダンジョンはここに在る! 皆、戦闘準備!」
「「「オー!!!」」」
「……というわけだから、あとは任せてくれたまえ。必ず君のお眼鏡に適う衣装を仕上げてみせよう!」
「ありがと。あとで実際に着る子達を体型別に何人かここに連れてくるから、また宜しくね。それじゃシュヤク、次に行きましょ? まだまだ回る場所はあるわよ」
「あ、ああ。わかった」
気炎を上げる裁縫部の人達を残し、俺とリナは部室を出て行く。次に向かったのは料理部という、こちらもそのままの名前の部活なのだが……
「いやー、それは難しいよ」
料理部の部長……ガッチリした体格の男子生徒……が、リナの話を軽く聞いただけで首を横に振る。
「だってほら、ウチはウチで露店をいくつか出すからね。仕出しを依頼してきたクラスとか部活もあるから、これ以上は物理的に手が回らないんだよ」
「だったらその露店に回す分をうちに回してくれない? そっちは料理を作って食べてもらうことが目的なんだから、接客とか販売なんかをこっちが全部受け持つっていうのは、そう悪い取引じゃないと思うんだけど?」
「確かにそれはそうだけど……でもこの資料からして、メインは女の子の接客でしょ? そこに料理を提供しても、正直まともな評価がもらえるとは思えないんだけど?」
渋る部長さんに、しかしリナがチッチッと顔の横で人差し指を振る。
「フッ、わかってないわね部長さん。確かにうちのメインは猫耳水着メイドによる接客よ。でもね、だからって料理が美味しくなくていいわけじゃないの。メイドカフェを名乗る以上、ちゃんと目でも舌でも楽しめなきゃ駄目なのよ!
それにこの世界ならSNSもスマホもないもの! コラボメニューの写真だけ撮って一口も食べずに捨てていくようなクソ客なんていないんだから、皆きっちり食べるはず!
女の子目当てにやってきた一口で唸らせる料理……それができるのはアンタ達だけなのよ!」
「む……しかし食材やメニューはどうするんだい? 仮に引き受けるとなれば、俺達だって妥協はしたくない。店の雰囲気にあった料理を作りたいけど、この時期に大量の食材を仕入れるのは難しいよ?」
「そこはアンデルセン商会が全面バックアップしてくれるから平気よ! それに……」
そこで一旦言葉を切ると、リナが鞄から発砲スチロールっぽい箱を取り出し、その蓋を開ける。するとその中には、黄金に輝く卵が詰められていた。リナがレベリング中に集めたとある魔物のドロップ品で、料理関係のクエストで使うアイテム……つまり現実においては希少な高級食材である。
「そ、それは『金の卵』!? 何処でそれを!?」
「それは秘密よ。でもこっちには、これを提供する用意があるの。そしてこれを使って作る至高のメニューこそ、『メイドの魔法で美味しくなーれ! 萌え萌えオムニャイス』なのよ!」
「何だと!? 『メイドの魔法で美味しくなーれ! 萌え萌えオムニャイス』だと!? 一体どんな料理なんだ!?」
「照れて真っ赤に染まったチキンライスに、ふんわり優しく黄金卵の薄衣を被せ、その上からメイドさんの愛の籠もったメッセージをケチャップライトすることで完成する伝説の料理よ! しかも最後は魔法までかけるの!」
「料理に魔法!?」
「そうよ! 見てて……美味しくなーれ! 美味しくなーれ! 萌え萌えニャーン!」
指でハートの形を作ったリナが、クネクネと体を動かしながら魔法を唱える。俺としては聞いてるだけで恥ずかしいのだが、本当に魔法が存在するこの世界の住人である部長は違うらしい。
「……それで美味しくなるのかい?」
「なるわよ! だって可愛い女の子がかけてくれる魔法だもの! あ、でもこれ、決して先輩みたいな料理人を馬鹿にしてるわけじゃないのよ? たとえば同じお弁当でも、トイレに籠もって一人で食べるより、空の下で友達と一緒に騒ぎながら食べる方が絶対に美味しいでしょ?
料理そのものの味は大前提だけど、それはそれとして見た目やシチュエーションだって料理の味に影響する。一流の料理人が最後に使う調味料……それこそがこの『美味しくなる魔法』なのよ!」
「むむむむむ……」
リナの力説に、部長さんが唸り始める。その様子にとどめの一撃とばかりに、リナが部長さんの手を取り、まっすぐにその顔を見つめながら口を開いた。
「お願い、力を貸して。可愛いと美味しいの最強コラボがあれば、今度の学園祭……天下を取れるわ!」
「っ……わかった。希少な食材を提供され、未知の料理を教えられ、その上でそこまで頼まれたら、断る方が料理人の恥だ。できる限りの力は貸そう」
「やったー! それじゃ細かいことはまた後で連絡するけど、お願いね、先輩!」
「任せとけ! 最高に美味しい料理を作ってみせるさ」
先輩に見送られながら、俺達は部室を後にする。さて、これで人員、衣装、料理の手配は終わった。ならば残りは最後の詰め……ふふふ、待ってろよ会長様。今度は俺達から会いにいくぜ?