やらずに後悔するよりは、やって後悔した方がいいってな
「へー、そんなことがあったの」
「いや、そんなことって……」
その後、俺はダンジョンから戻ってきたリナに事の次第を報告したのだが、リナの反応は予想以上に軽かった。思わず拍子抜けしてみせる俺に、リナが苦笑を浮かべて言葉を続ける。
「あのね? アタシって生粋のオタクだから、世間のそういう反応って慣れっこなのよ。通ってた学校もそんないいとこじゃないから露骨に馬鹿にしてくる子とかいたし、それは社会人になっても同じね。
だから正直、そんなの今更よ。自分のお気持ちを世間の常識として押しつけてくるとか、自分がマウント取りたいだけなのに親切ぶってアドバイスしてくる人とか、いっくらでもいたもの」
「そう、か…………」
その言葉に、俺のなかで燃え上がり始めていた火が消えていく。まあ確かに、冷静になって判断すれば、一五歳……日本で言うなら高校の文化祭で「猫耳水着メイドカフェ」をやろうなんてしたら、担任教師に怒られて終わりだろうしな。
「でもね……」
「ん?」
しかしリナの言葉は、まだ終わっていなかった。表情は変わらず、少しだけ俯いて、キュッと閉じられた唇がゆっくりと想いを語る。
「慣れるからって、傷つかないわけじゃないの。同じ好きなことをしてるだけなのに、ファッションとかアイドルの追っかけならキャーキャー言われてもてはやされるのに、アニメやゲームが好きってだけでどうしてそこまで見下されるのかって。
アタシはアタシの好きなことをしてるだけで、別に誰に迷惑をかけるでも、その価値感を押しつけてるわけでもないのに、どうして『貴方のためを思って言ってるのに!』って責められるの? それっておかしいでしょ?
アタシはいいのよ。そんなの鼻で笑って言い返せるし、自分一人でも戦える。でも皆が皆そうじゃない。曖昧な笑みを浮かべてその場を流して、あとでこっそり泣いてる子がいたことを、アタシは知ってる」
グッと、リナが拳を握る。俯きは深くなり……だがそれと相反するように、その言葉に力が増していく。
「知っていたとしても、当時にアタシには何もできなかった。あまりにも強すぎる同調圧力は、アタシなんかじゃ太刀打ちできなかった。
でもここは違う。この世界ならアタシは『普通』を跳ね返せる! アタシ自身には大した力がなくても、お金も地位も人脈も、アタシに力を貸してくれる人がいる! アタシに協力してくれる、アタシと同じ夢を追う人のために、戦うための力があるのよ!
ただまあ、皆に迷惑をかけるのは本意じゃなかったから、基本的にはアタシが一番表に立って、あとはモブローとかにちょこちょこ協力を仰ぐくらいにしておこうと思ってたんだけど……」
俯いていたリナが、顔をあげた。髪と同じ蒼海の瞳には、キラキラと光の粒が舞い踊って見える。
「……アンタも一緒に戦ってくれるなら、大歓迎よ?」
「任せろ! こう見えて俺は、割と役に立つ男なんだぜ?」
リナが伸ばした手をガッツリ掴んでニヤリと笑う。するとリナもまたニヤリと笑い、そのまま俺の腕を引っ張って引き寄せると、肩を組んで顔を寄せ合った。
「なら決まりね! 見事アタシ達で『猫耳水着メイドカフェ』を成功させて、生徒会長をギャフンと言わせてあげましょ!」
「おう! 俺達で『猫耳水着メイドカフェ』……うん?」
「エイエイオー!」
「お、おー!」
一瞬俺の脳内に「俺は今、何か致命的な判断ミスをしているのでは?」という思考が過ったが、すぐにそれがリナの勢いに流される。
まあ、うん。あれだ。きっとこれも青春の一ページってやつだろう。ノートの表紙が真っ黒に染まっている気がするが……大丈夫、大丈夫だ。大丈夫ということにしておこう。
「さて、それじゃ生徒会対策だけど、シュヤクは何か具体的な作戦はあるの?」
「おぅ? そう、だな……その前に確認だけど、そもそもお前、どうやってこんな企画の承認を通したんだ?」
「え? どうって、普通に申請しただけだけど?」
「うん? でも生徒会長の……あー、そう言えばあいつ、何て名前なんだ?」
「アンタ、何で知らないのよ? 自分の学園の生徒会長よ?」
「いやだって、知らねーもんは知らねーだろ! じゃあお前、自分の中学とか高校の時の生徒会長の名前覚えてるか?」
「うっ……それは確かに知らないかも」
「だろ!? むしろ何でお前は知ってるんだ? ゲーム本編じゃ名前すら出なかったよな?」
「そりゃ設定資料集に書いてあったからよ。ジュリオ・マーキス……貴族ってわけじゃないけど地元の名士の家の生まれで、ちょっと頭が硬いところがあるけど、普通に優秀な人物らしいわよ」
「へー」
本来の……というかきっちりした西洋ファンタジー風の世界だと家名があるのは貴族だけとかなんだろうが、プロエタでは貴族以外でも家名を持っている人は結構いる。流石に俺とかリナみたいな田舎村の一般人は名前だけだが、それこそロネットだって商人なのに家名があるわけだしな……と、それはそれとして。
「いやでも、ジュリオ生徒会長はお前の申請なんて知らなかったって言ってたぞ?」
「そりゃそうよ。アタシが申請出したの、イレーナお姉ちゃんだもの!」
「……ああ」
イレーナは俺達の一年先輩で、来年生徒会長になるキャラだ。プロエタにおけるサブヒロインの一人で、おっとりしたお姉さんキャラである。なるほど確かにあの人なら「あらー、可愛くていいわねー」とか緩い感じで許可してくれそうな雰囲気がある。
「てことは、イレーナはこの段階でも生徒会メンバーなのか」
「ええ、会計よ。だからアタシも行けるって判断したのよ。そうじゃなかったら、流石にこんなイベント実現できると思わなかったし」
「なるほどなぁ……」
どうやら俺が知らないだけで、設定資料には色々書いてあったらしい。うーん、こんなことになるならもっとそういうのを読み込んでおくべきだったか? でもまさか自分がプロエタの世界に転生するなんて思わねーよなぁ。
「あーでも、そうなると真っ当な手段で再申請するのは無理か?」
「でしょうね。もう一回お姉ちゃんに申請出すのはできるけど、あのメガネに目をつけられたんじゃあっさり握りつぶされるでしょうし」
「他の準備はどうなってるんだ? カフェっていうなら飲食物を出すんだろうし、そもそも人員の手配は?」
「食べ物とかに関しては、ロネットが用意してくれるっていうから大丈夫。ただキャストはあんまり集まりがよくないの。まあそれならそれで小規模ながらも拘りのメイドカフェってことでよかったんだけど……」
「どうせぶち上げるなら、ある程度の規模が合った方がいいよな」
そんな会話をしながらも、俺は脳内でワークフローを組み立てていく。こちとら社畜様だ。多少どころじゃない無茶を通すなんて幾度も経験済みである。
(最優先は場所の確保。これが通らなきゃそもそも企画そのものが潰れちまう。単にメイドカフェをやるってだけなら学園外の空き店舗を借りるとかもアリだけど、あくまでも学園祭なんだからそれは駄目だ。
それに学校行事だからこそ、権力で押し通すとか、金で押しつぶすってのもナシだ。先輩とはいえ相手だって一七、八歳の学生。その頭を力で押しつけて「ざまあみろ」なんて言うのは大人げなさ過ぎるし、それでイベントが実現しても俺達だって楽しめない。
つまり学園のルールに……もっと言うなら向こうのルールに合わせたうえで権利をもぎ取らなきゃ勝ちじゃない。そのために必要なのは…………)
無数の吹き出しが頭に浮かび、使えそうなものから線が延びて、過程が結果へと繋がっていく。
「よーし、最初の一手は思いついた。こっちが後手だが……いきなり大駒を取らせてもらうか」





