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真っ当な言い分だからって、納得すると思うなよ?

「お願いしまーす。イベント開催にご協力をお願いしまーす」


 リナ達がダンジョンへと向かうのを見送った後、俺は学園の広場にてチラシを配っていた。するとそんな俺のところに、毛先がくるんと丸まった、可愛らしショートヘアの女の子が近づいてきた。


「あの、それどんなイベントなんですか?」


「あー、えっと……とりあえず、どうぞ」


 興味津々の……イベントというより、俺にっぽいが……視線を向けられ、俺は必死に笑顔が引きつらないようにしながらチラシを渡す。するとその子はその内容に目を落とし、そのままそっと俺から離れ、友達と思わしき別の女の子のところに移動していった。


「ねえ見てこれ!」


「うわ、何これ! 変態じゃん!」


「うぅ、格好いいと人だと思ったんだけどなぁ……」


「人は見かけによらないって奴ね……悪い意味で。変態趣味の彼氏なんて絶対やめときなよ?」


「わかってるよ!」


「ぐっ…………」


 パワーアップした俺の聴力は、そんな彼女達の会話を聞き取ってしまった。「これは俺の趣味じゃねーよ!」と声を大にして叫びたかったが、そこはグッと我慢だ。


 まあふと「なんで俺こんなことやってんだろ?」という思いが頭をよぎる事がないとは言わねーけど、一応リナに頼まれたことだし、それに……


(多分、こういうのも含めてなんだろうしなぁ……)


 学生時代、俺はこういうイベントの類いに積極的に参加する方ではなかった。準備段階では頼まれた仕事をほどほどに真面目にこなし、いざイベント当日となれば、友人数人と「お客様視点」で適当に楽しむという、おそらく一般的と思われる学生ムーブを繰り返していた。


 だが中には、こういうのに真剣に取り組む奴もいた。勿論俺はそういう奴とは合わないので、クラスのお調子者がノリで手伝いを申し出るも、結局適当な仕事をして「何で真剣にやらないの!」と怒るそいつらに「こんなの楽しけりゃいいじゃん! 何そんなマジになってんの? 空気読めよー」などと言われて涙目になっているところを見ても、大変そうだなぁと他人事のように思っただけだ。


 そう、馬鹿にしたりはしないまでも、俺もそこまで真剣になることが理解できなかった。それがわかるようになったのは……奇しくも大人になり、仕事をし始めてからだ。


 俺のようなスーパーブラック企業勤めだと、納期に追われるデスマーチなんて日常茶飯事だ。そしてそういう職場だと、誰もが必死に仕事をこなすようになる。「安月給なのに何でそんな真剣に仕事してるの? ダセー」とか戯言を抜かす新人は秒で辞めていくため、残るのは精鋭社畜のみ。


 皆が皆、同じ目的のために限界まで……いや、限界を超えて努力する。怒声が飛び交い異臭が充満し、山積みされたエナドリと菓子パンが瞬く間に減っていくなか、命を削って仕事をやり遂げ、昇る朝日を眺めた時。俺のなかには言い知れぬ達成感や、共に戦った同僚達との確かな連帯感があった。


 そしてその時、ふと俺の頭を過ったのだ。「ああ、誰かと真剣に何かをやるって、こういうことなのか」と。きっと俺が遠目に見ていたあいつらは、これを求めていたのかと。そう思い至った時、俺は当時のあいつらが、少しだけ羨ましく感じられた。


 それは本来、二度と戻ることのできない青春の残響。だが何の因果かゲームの世界に生まれ変わり、一五歳の学生として俺はここにいる。なら今回はこういうのを真剣にやってみるのもいいかなって思ってしまったのだ。


「ふぅ……お願いしまーす。イベント開催にご協力をお願いしまーす」


 なので俺は小さく息を吐くと、めげることなくビラ配りを再開する。そうして気を取り直してみると、さっきみたいに軽蔑されることも間々あるが、逆に面白がってくれる奴も結構いた。


(あれ? これ思ったよりいけるのか?)


 こんなトンチキな企画、叩かれるだけ叩かれて終わりなのではと危惧していたのだが、正直そこまで感触は悪くない。学園祭ということで他の生徒達もテンションが上がってるというのも影響しているんだろうが、ぶっちゃけ二、三割の生徒が興味を示してくれるなら、滑り出しとしては上々に思える。


「お願いしまーす。イベント開催にご協力をお願いしまーす」


 そしてそうなると、俺のやる気も盛り上がってくる。承認欲求が強い方だと思ったことはねーけど、認められるってのはなかなかに――


「不埒な勧誘を行っているというのは、貴様か!」


「えっ!?」


 と、その時。不意に背後から怒鳴りつけられて振り向くと、そこには短いくせっ毛の茶髪に黒縁メガネをかけた、神経質そうな顔の男子生徒の姿があった。


「あの、どちら様で……?」


「貴様、この僕を知らないのか!」


「えぇ……?」


 いきなり「自分を知らないのか」とか言う奴は、大抵ろくなもんじゃないというのが俺の経験則だ。というか、本当に有名人かどうかも疑わしいし……


「歴史ある王立グランシール学園の現生徒会長であるこの僕を!」


「あっ……す、すみません」


 学園祭でイベントやろうって奴が、生徒会長の顔を知らねーのはそりゃマズいよな。でも生徒会長ってこんなキャラじゃなかったような……って、そうか。


「あの、先輩って三年生ですよね?」


「? そうだが? それがどうかしたか?」


「あ、いえ。ちょっと確認したかっただけなんで」


 ゲームのプロエタにおいて、生徒会の絡むイベントが発生するのは早くても二年になってからだ。つまり今目の前にいる現在の生徒会長は、その頃には卒業して代替わりしており、ゲームでは出てこない。


 なるほど、だから知らねーのか……って、それはそれとして。


「それでその、生徒会長の先輩が俺にどんなご用でしょうか?」


「だからそれだ! その不埒なビラを配るのを、即座にやめたまえ!」


「えぇ? いやでも、これ申請通って……通ってますよね?」


 まさかの物言いに、俺は思わず問い返してしまう。もし万が一これがリナの勝手にやっていたことだった場合、完全にこっちが悪いので秒で土下座案件だ。だが先輩は苦々しげに顔を歪めると、メガネをクイッとしてその口を開いた。


「……確かに通っている。一体どんな手段を使ったのか知らないが、この僕の目をかいくぐって申請するとは、いい度胸だ」


 あ、よかった。どうやら通っているらしい。まあリナはその辺抜け目ねー感じだからな。ただどんな悪辣な手段で通したのかは、今度確認しておく必要があるだろう。


「そして一度許可してしまったものを撤回するのは、確かに難しい。しかし! しかしだ! たとえ前例がなかろうと、このような低俗な催しは決して認めるわけにはいかない! なんだその『猫耳水着メイドカフェ』というのは! 破廉恥極まりないじゃないか!」


「それは、まあ……でもこれを見た人の反応、思ったより悪くなかったですよ?」


「それがいかんと言っているのだ! いいか、人というのは水と同じだ。放っておけば常に低きに流れ、堕落してしまう! ならばこそ生徒会長として、僕はしっかりと綱紀粛正を実行しなければならないんだ!


 だから、それは没収する!」


「ちょっ!? 何を!?」


 近寄ってきた先輩が、いきなり俺の手からビラの束をもぎ取っていく。不意を突かれたとはいえ、その動きはかなり素早い。この人結構強いな……って、当たり前か。この時期の三年生、しかも生徒会長ってことなら、レベル四〇や五〇くらいはあるだろうしな。


 にしても、あーこれどうすっかな? 別にビラ自体はまだあるから、一度取りに戻ればいいだけなんだが、生徒会と揉めてまでビラ配りって継続するべきなのか? 今日いきなり仕事を振られた俺じゃ、判断が――


「まったく、こんなくだらない(・・・・・)ものの為に手間を取られるとは……」


「……おい、待てよ」


 パワーアップした俺の聴力は、本来聞こえないような呟きまで拾ってしまう。そして聞いてしまったからには、無視なんてできない。


「何だ? 僕は忙しいんだが?」


「アンタの言い分さ、正しいと思うぜ? 俺だって最初は、こんなイベントどうなんだって思ってたよ」


 思った以上に、自分の声が低い。ゆらりと踏み出した一歩に、強い力が籠もっているのを感じる。


「でもさ、そんなのだって真剣にやろうって言う奴がいるんだ。それを『くだらない』って斬って捨てるのは違わねーか?」


「ハッ、何を言うかと思えば。自由と無法は違う! 自主性を尊重するからといって、何でも好きにやっていいわけじゃないんだ! 学園の風紀を守るためなら、たとえ暴君と言われようと……」


ビリビリビリッ!


「こうすることを厭わない! 文句があるなら、もう一度活動申請したまえ! まあ、僕の目が黒いうちは二度とそんなもの通さないがね!


 おっと、これは拾わねば。生徒会長ともあろう者が、ゴミを放置するわけにはいかない」


 自ら破り捨てたビラを拾い集め、先輩がその場を去って行く。だがその腕からひらりとビラの破片が舞い落ち、俺の足下にやってくる。


 俺は無言でそれを拾い、グッと拳に握り込む。ああそうか、そっちがそのつもりなら……


「……お偉い生徒会長様に、主人公の本気を見せてやるよ」

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