それはちょっと予想外の流れだぜ
明けて翌日の放課後。昨日決めていた通り、俺達は再び「忘れられた神殿」に集まっていた。せっかく五人に戻ったのに何となく重い雰囲気のなか、改めて全員の顔を見回したリナがその口を開いた。
「さて、それじゃ説明するけど……まずはごめんね、アタシの為にこんなところに集まってもらっちゃって」
「別に構わんさ。それによく考えてみれば、女神様に祝福をもらって力を得たなど、神話の英雄のような存在だ。そのような話を迂闊にすべきではないというのは、私が気づくべきことだった、すまない」
「えっ!?」
「そうですよね。神に認められた英雄と担ぎ上げられるくらいならまだしも、王権神授などと言い出すような輩に目を付けられたら、モブリナさんだけじゃなくご家族の方まで斬首刑にされてしまうかも……」
「えっ? えっ!? ちょっと待って、何でそんな話に!?」
「? そういう話じゃないニャ?」
「違うから! 全然そういう話じゃ……なくもないけど、とにかくアタシは別にそんな特別じゃないから!」
首を傾げるクロエに、リナが必死に告げている。だがその横で、俺は内心冷や汗を流していた。
(そっか、現実で『神に選ばれた存在』なんてのになると、そういう面倒ごとが付随するのか……雑に祝福されといてよかった……)
リナがどうだったかはともかく、俺は間違いなく創造神エタニア様から力をもらっている。が、リナのように神に祈ったわけではなく、対外的にはリナが頭突きしたようにしか見えていないはずだから、アリサ達もそれには気づいていないはずだ。いきなり強くはなったけど、そんなの「たまたま調子がよかった」とかでも通るしな。
まあ俺が自己申告すれば違うだろうが、そんなこといちいち言うつもりはないので、俺はこのまま平穏無事に過ごさせてもらうとして……とりあえずリナには、内心で「すまん」と謝っておくことにしよう。
「まったくもー! って、アタシが怒るのも違うか……ごめんなさい、そっち方面の意識は本当になかったし、誰かにそれを言うつもりもないから、女神様云々に関しては秘密にしてもらってもいい?」
「リナがそれを望むなら、私に否やがあるはずもない。友として秘密は守ると約束しよう」
「私もです。破ったら財産を没収する契約書を作ってもいいですよ? ふふ」
「クロは友達の秘密を言いふらしたりしないニャ!」
「他人事じゃねーから、俺もな……まあ言うまでもねーだろうけど」
「そうね、ありがとう皆! えっと、それじゃ話が逸れちゃったから、本題に入るんだけど……ほら、アタシってちょっと変わってるでしょ?」
「変わっているな」
「変わってますね」
「変わってるニャ」
「紛うことなき変態……イテェ!?」
「そう、アタシは皆と違うの。誰も知らないようなことを知ってたり、これから起こることを予想できたり……それってね、アタシが別の世界で生きた前世を持っているからなの」
何故か俺だけ尻を蹴りつつ、リナが遂に自身のことを告白した。それを聞いた皆は、笑ったり馬鹿にするでもなく……だが即座に信じることもできないようで、何とも難しい表情を浮かべている。
「前世の記憶に加えて、別の世界、か……あまりにも想像が及ばなすぎるのだが、それが『村に来た旅人の話』の正体ということでいいのか?」
「待ってください。何故前世の……しかも別の世界の記憶なのに、この世界でこれから起こることがわかるんですか? まだ起きていないことを、モブリナさんは前の人生で体験していると?」
「それは……ごめん。それを詳しく説明すると、流石に話が広がり過ぎちゃうというか、皆の衝撃が大きくなりすぎるっていうか……必要になったらその時は必ず話すから、今はそこはスルーしてもらっていい?」
「クロはそれでいいニャ。リナは物知り、ただそれだけニャ」
「クロエさん、それは……いえ、そうですね。欲張りすぎて大損した商人の話なんて幾らでもありますし、今はそれで納得します」
「……ありがとう、クロちゃん、ロネット」
リナの懇願を気楽な感じで流すクロエにロネットが微妙に難色を示したが、それでもすぐに首を横に振ると、そういって口を結んだ。そんな二人にリナがお礼を告げると、次はアリサが口を開く。
「私も構わんぞ。確かにリナの言う通り、これ以上のことを告げられても理解が追いつかん。シュヤクはどうだ?」
「勿論いい……てか、この流れだから言うけど、実は俺もリナと同じで、別世界の前世持ちなんだよ」
「なっ!? そうだったのか。確かに貴様にも何かあるとは思っていたが……」
「お二人が時々お互いにだけ通じるような話をしていたのは、そういうことだったんですね。ならひょっとして、お二人は前世でもお友達だったんですか?」
「あーいや、それは違うな。リナと会ったのは入学前……ほら、ロネットが襲われてるところに鉢合わせた時が、正真正銘の初対面だ。
ただ俺とリナの前世は、同じ国の同じ時代だったんだよ。だから時々故郷の話で盛り上がってたって感じかな」
「それはわかるニャ。クロも同じ猫獣人の子と会うと色々話しちゃうニャ」
「そういうことですか。それならまだ私にもチャンスが……あ、ごめんなさい。お話を続けてください」
ロネットの瞳がキラリと光った気がしたが、きっと気のせいなので俺は気にしない。そのままリナの方を見ると、小さく息を吐いたリナが話を再開する。
「わかった。でまあ、言った通りアタシは別の世界から記憶をそのままに転生してきたわけだけど、そうなると問題があるの。だってそうでしょ? 余所から入ってきたアタシがこの世界に生まれたってことは、この世界に生まれるはずだった誰かが生まれなくなるってことだもの」
「ふむ? そう……なのか?」
「そこに引っかかるの!? え、ここはそんな難しい話じゃないわよね?」
首を傾げたアリサに、リナが驚いた声をあげる。
「すみません。私もその『生まれるはずだった誰か』というのが、今ひとつ……」
「ロネットまで!? だからアタシっていう余計な人が生まれたら、その分誰か一人が生まれなくなるでしょ? ほら、座席の数が決まってるお店にアタシが入ったら、その分誰かは入れなくなるじゃない!」
「言ってることはわかるけど、それの何が問題なのかがわからないニャ」
「リナが生まれたせいで誰かが生まれなくなったというなら、その誰かが生まれることでリナが生まれなくなることもあったのだろう? ならば早い者勝ち……いや、それともくじ運か? そういう問題ではあっても、善悪の問題ではないと思うのだが」
「それにそもそも、誰が生まれて生まれないかなんていうのを決めることができるとしたら、それは神様だけですよね? 神様の選択に人間である私達が文句を言ったところで、意味があるとは思えないのですが……」
「…………あれ? え、これ悩んでたアタシがおかしいの?」
「いや、俺に聞かれても……」
リナが縋るような目を向けてきたが、俺にだっていい答えは浮かばない。だが、うーん……そう、なのか? そう割り切ってしまってもいいものなんだろうか?
「アタシてっきり、この世界の存在を食い荒らした寄生虫みたいな扱いを受けると思ってたんだけど……」
「ははは、大事な仲間にそんなこと言うわけないだろう。あるいは魂という概念をもっと深く理解していれば違うのかも知れないが、私は騎士ではあっても神学者ではないからな。そういうのはわからん」
「そうですよ。それに……」
ロネットが徐にリナに近づくと、そっとその手を握る。
「あの日あの時、私達を助けてくれたのは他の誰でもない、モブリナさんでした。貴方が何処から来た何者であろうとも、その事実は決して変わりません。
だからもしモブリナさんがそれを気にしているというのなら……こう言います。生まれてきてくれてありがとう、モブリナさん。貴方が生まれてくれたおかげで、私とマーサは助かったんです」
「そんな!? 別にアタシが行かなくたって、シュヤクが助けたはず――」
「そうかも知れないですが、それこそ『もしも』の世界です。私は訪れていない未来より、目の前にある現実を大事にします。だからもう一度言います。
ありがとう、モブリナさん。貴方がいるから私はここにいます。貴方と出会いお友達になれたことを、私は心から嬉しく思っています」
「クロも! サバ缶をくれるかわからない別のリナより、サバ缶をくれる今のリナの方が好きニャ!」
「私もだ。リナとシュヤクに出会えなければ、今の私にはなっていない。お前達との出会いは、私の宝だ」
「あうあうあう……何か思ったのと違う展開だけど…………でも…………ありがとう」
戸惑いはにかみ俯くリナが、小さな声でそう告げる。ポタリと床に落ちた雫は、まるで宝石のように輝いて見えた。