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閑話:因果応報

今回は三人称です。

 自分がわざわざ相手に勝ち筋を用意していた……シュヤクのその言葉はガズの思考をまっすぐに貫いていった。喉から溢れる血により肺が満たされ、間もなく死を迎えるであろうガズだったが、その命が風前の灯であるが故に、思考は何処までも加速していく。


(オデは何を……何でこんなことをしたんだ?)


 ガズが自分に与えたHPは、二一四七四六三六四七という、システム上の最大値。だからこそたった一超えるだけでその値はオーバーフローとなり、マイナスに転じてしまった。


 だがどうしてそれほどのHPを手に入れる必要があったのか? 半分の一〇億でも、更に半分の五億でも、それこそ一億や一〇〇〇万ですらシュヤク達を相手にするなら十分だった。そしてそれであれば、オーバーフローで数値が逆転などという事態は起きなかったのだ。


 いや、そもそもループしてマイナスを許容させる必要すらない。シュヤク達を殺すだけなら通常の枠の中にある強力な魔法を使えばいいだけで、それなら消費MP五〇〇程度で即座に発動する。わざわざ時間をかけて何十億、何百億もの魔力を費やし、フィールドにまで影響が出るような規格外魔法を発動させるなど無駄でしかない。


 更に言うなら、体を巨大化させたことだってそうだ。確かに大きさ=強さではあるが、だからといって大きくし過ぎたせいで動けなくなるなど本末転倒もいいところだ。せめてあの半分くらいならまだ動けただろうに、HPと同じく、何故あそこまで限界にこだわったのか?


(何で……何でだ? 何でオデは、必要のない強化をしたんだ?)


 考えれば考えるほど、己の行動の意味がわからなくなる。何故ならガズは、何もしなくても最初からシュヤク達より圧倒的に強かったからだ。


 元々のガズのステータスは、裏ボスである邪神とそう変わらないものであった。それはシュヤク達が長い時間をかけてレベルを上げきり、準備を整え対策を考えれば倒せるということになる。


 が、逆に言えばレベル五〇やそこらの今のシュヤク達では、何をどうやっても倒せない。いずれ倒せる真っ当な強さだからこそ、そこに遠く及ばない現状ならば「絶対に負けない」はずだったのだのだ。


(余計な事はしねぇで、そのまま戦えばオデの勝利は確実だった。なのにオデは派手なパワーアップを……全力で叩き潰そうとした? 違うだろ、こんなのは自滅、自爆の類いだ)


 ガズは自分に気が短いところがあったり、挑発に乗せられやすいタイプであることを自覚している。だが如何にシュヤク達の存在に危機感を抱いていたとはいえ、特に追い詰められたわけでもない状況であんな判断を下すほど馬鹿だとも思っていない。


 当たり前だ。そこまで短絡的な思考の持ち主だったら、そもそも今この場に自分がいるはずがないからだ。


 なのに何故? 何故? 何故? 何故!? 霞みゆく思考の果てに、ガズは一つの結論に辿り着いた。


(そうか、オデはとっくにシナリオに……システムに巻き込まれてたのか…………)


 主人公は、絶対に負けない。どれほどの窮地であってもそこには必ず勝利への道が存在するし、それでもどうしようもない時は、奇跡のような確率で運命を引き寄せて生き延びる。それはこの世界における普遍の理であり、同じ道に立っている限り、覆すことはできない。


 だからこそガズ達は、盤外から駒を操り、シュヤク達自身の変化によってシナリオを修正しようとしていたのだ。


(だがオデは、兄ちゃんの前に立った。そうか、兄ちゃんにとって、あのモブ(モブリナ)は既に「本当の仲間」になってたのか……)


 その姿を晒し、仲間を危機に晒す障害として認識された。だから世界はそれまで外側にいたガズの存在をシナリオに取り込み、シュヤクが倒すという筋書きを作りだした。


「ゲッ、ヒッ……クハッ…………」


(ゲハハハハ、滑稽だな。まさかこのオデが、知能デバフ(・・・・・)を食らうとはなぁ)


 ゲームや漫画によく出てくる、「その立場にいるのにそこまで無能なはずがない」というキャラや、それまで有能だったのに突然大きなミスをして足下を掬われるキャラ。


 そんな「負けるためだけに愚行を犯す存在」に気づかず自分が成り果てていたと思い知り、ガズは引きつる喉を揺らして嗤った。


『なあ、兄ちゃん』


「ん? 何だ?」


 かつて千指と呼ばれたガズだが、もはや動かせるのは宙に浮かぶキーボードを叩く、仮想の指のみ。しかも一〇指ではなく二指によるポチポチタイプなのだから情けないことこの上ないが、それこそ今の自分にはお似合いだろうと自重しつつ、ガズは最後の力を振り絞って指を動かす。


『兄ちゃんは、生まれ変わりってのがあると思うか? 死んで全部なくなってもなお、何か残ると思うか?』


「えぇ、何だよ急に? あー、今の俺が生まれ変わったみてーなもんだから、生まれ変わり……転生があるかないかって言われたら、まああるんじゃねーの? 


 それと前世の記憶がガッツリ残ってるから……ん? でも日本にいたときは『前世の記憶』なんてなかったよな? なら……むぅ。残ることもある、とかが正しいのか?」


『そうか。なら兄ちゃんは、今この瞬間に死んでやり直したとしても、もう一回この場所に辿り着けると思うか?』


 重ねられたガズの問いに、シュヤクは小さく肩をすくめる。


「そりゃ無理だろ。何だっけ……バタフライ効果? ちょっとしたことが違うだけで、世界って色々変わるんだろ? 同じように生きようとしても、絶対どっかは違ってくるだろうから、全く同じにはならねーと思う」


(だよなぁ。ならやっぱり、オデはここまで――)


「でもさ、人の本質ってのはそう変わらねーと思うんだよ。貧乏でも金持ちでもいい奴はいい奴だし、嫌な奴は嫌な奴だ。まあそのいいとか悪いとかも立場によって変わったりするから、貧乏なときは仲間思いのいい奴でも、そいつが王様になったら身内ばっかり贔屓する駄目な奴になったりするのかも知れねーけど……」


 今ひとつ煮え切らないシュヤクの言葉に、しかしガズの意識は引きつけられる。体から離れる寸前の魂が、続く言葉を切望している。


「えっと、だからあれだ。上手く言えてるかわかんねーけど、今気の合う奴らは、きっと生まれ変わって別の俺になっても気が合うと思うんだよ。出会わねーかも知れねーし、場合によっちゃライバルとか敵になることだってあるだろうけど……」


 そこで言葉を切ると、シュヤクが振り返って仲間達の顔を見回した。居並ぶヒロイン達はそれに笑顔で答え、それを鏡映ししたシュヤクが改めてガズに視線を戻す。


「きっと何処かで繋がってるさ。縁ってのはそういうもんだろ? 『以前何処かであったことがありませんか?』ってな。月並みな台詞だけどよ」


『そうか』


 苦笑するシュヤクに、ガズは最後の力でその三文字を打ち込んだ。力を使い果たしたことでまず黒い窓が閉じ、幻想のキーボードが消え……そして宙に浮かぶ二本の指が霞のように空に溶けて流れていく。


(デルトラ、アルマリア……「千指のガズ」はここまでだ。何もかもなくなって、ただのモブに戻るだろう。


 だがそれでも、お前達がまたオデを見つけてくれたら、その時は……)


 鉛のように重かった体が、不意に軽くなった。仰向けに倒れ込んだまま右腕をあげ、生来の五指が宙に躍る。


タタタッ、タンッ!


(オデ達の夢を……後は頼んだぜ…………)


 ガズの意識が〇と一の狭間に消え、その体がまるで魔物のように光の粒子に変わっていく。


 それが世界の裏から世界を操り、あるいは守っていた「千指のガズ」の、静かな最後であった。

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