無茶には無茶で返してやるよ!
「はは……あれは流石に防げる気がしないな」
「見てるだけで尻尾がブワッとするニャ」
「いざという時の引き継ぎって大事ですよね……やっておけばよかったです」
「時限イベント!? タイマーは!? 負けイベじゃないって言うなら、それと敵のHPバーくらいはサービスで表示しなさいよ!」
皆が皆、頭上に浮かぶ二つ目の太陽を見て混乱し、諦めたような声を出す。その気持ちはわからなくもない。徐々に輝きを増し大きくなっていくそれを前にすれば、人間なんて如何にちっぽけかを思い知らされて当然だ。
「馬鹿野郎! 諦めんな! まだだ! まだ俺達は生きてるだろうが!」
だが、ここで俺まで絶望に飲まれるわけにはいかない。半ば自分に言い聞かせるように声をあげると、皆が俺の方を見る。
「……そう、だな。最後まで足掻くのもまた一興か」
「最後の思い出を作るには、この場所は相応しくないですし」
「クロは何でもするニャ! でもどうしたらいいニャ?」
「それは……」
問われて、俺は言葉に詰まる。諦めるなと言ってはみたが、じゃあどうすればいいのかなんてのはわかるはずもない。
一番わかりやすい勝ち筋は、ガズが言った通り制限時間内に奴のHPを削りきることだ。だが時間がどれだけあるのかはわかんねーけど、二一億を削るのは現実的じゃない。
全員が全力で攻撃して、DPS……一秒に与えられるダメージは精々一〇とか一五とかか? それを二一億だと……駄目だ、わからん。だが五分や一〇分で達成できる数字じゃないことは明らかだ。
ならどうする? 本当に勝ち筋はあるのか? 奴がゲームから逸脱した存在なら、「必ず勝ち筋がある」なんて甘えが残ってるのか?
考えろ、考えろ! 奴の一挙手一投足、小さな呟きまで全部思い出して可能性を引っ張り出せ! 何か、何か、何か、何か…………
「あの魔法にモブリナさんの魔法をぶつけてみるのはどうでしょう? 火に水が当たれば、発動前に爆発させることができるんじゃないですか?」
「うーん、どうだろ? 多分だけど、同じくらいの魔力の魔法をぶつけないと無理だと思う。アタシの魔法じゃ近づく前に蒸発して終わりね。
オーレリアちゃん……でも流石に無理かな? モブローのアイテムならワンチャンありそうだけど、そもそもあそこまで投げて届くかって言われると……」
「私でも感じられるほど、恐ろしい魔力の胎動だ。痛いどれほどの魔力を消費すれば、あのような魔法を発動できるというのか……」
「なくなってもすぐ回復するとか、ズルいにも程があるニャ!」
魔力が戻る……ゼロになっても戻る。待て、あいつ何を言ってた? フロート……FROAT? 浮動小数点? 二一億……四バイト……ループ処理……なら!
「リナ! ガズに回復魔法をかけまくれ! あと全員、絶対ガズに攻撃するな!」
「え!? 何急に!?」
「いいから早く!」
俺はリナに指示を飛ばすと、ガズの方に駈け出す。体が動かないというのは嘘じゃないらしく、その巨体をよじ登るのに邪魔はされない。
「あーもう、何なのよ! ヒール! ヒール!」
「ふぅ、ふぅ……よし、到着! ったく、巨人を登るとか、何処の童話だよ」
「ゲハハハハ、何の用だ兄ちゃん」
「決まってんだろ。お前に引導を渡しにきたのさ」
「そりゃ面白ぇ冗談だ! いくら兄ちゃんが主人公でも、プレイヤーが一撃で与えられるダメージ上限は九九九九九だぞ?」
「ハッ、そりゃゲームの話だろ? でもここは現実だ。それなら……」
俺はガズの首元に近づき、その喉仏の少し下に抜いた剣先を押し当てる。
「ここをひと突きすりゃ、お前は死ぬ」
「ゲッハッハァ! 確かに確かに! だが忘れたのか? オデのHPは二一億。それがなくならない限り、オデに傷は負わせられねぇぜ?」
「わかってるさ。だがそこは、俺の頼りになる相棒がどうにかしてくれる」
言って、俺はチラリと下を見る。そこではリナがやけっぱちのような雰囲気で回復魔法を連発していた。
「なあガズ。お前が強くて頑丈なおかげで助かったぜ。もしお前がもっと弱くて、俺達の攻撃がまともに通ってたら、この戦法は使えなかった。そうなってたら確実に詰みだっただろうな」
「あぁん? 何言ってやがる?」
「セルフィならまだしも、リナの回復魔法はそれほど強くないみてーだからな。だがそれでもお前が強かったから、俺達が与えたダメージを全部回復しきれる。そしてそうなったら……」
「…………!? しまっ!?」
「もう魔力が限界! これで最後よ、ヒール!」
「グガッ!?」
リナの魔法が効果を発揮した瞬間、ガズの体がビクッと震えた。その瞬間、俺は剣の柄に渾身の力を込める。
グッと、肉を割り込み剣先が沈んでいく。そこから更に横に引けば、傷口が広がり血が噴き出してくる。
「グッ、ガッ!? ゲフッ!?」
「ループ処理……ゼロから最大値に戻る処理を組み込んでるなら、最大値を超える回復を受けた時、逆にお前のHPはゼロになる。
いや、それどころじゃない。お前はゼロから最大に戻る一瞬の合間に魔法が途切れるのを防ぐために、浮動小数点数でマイナスの値を許容した。つまり今のお前のHPは、マイナス二一億だ」
「カッ……コッ…………」
「HPがゼロを下回ったとき、ゲームでは『戦闘不能』の処理となり、戦闘に関与する権利を失う。なら当然あらゆる戦闘能力も失ってるはずだ。防御力とかがそのままだったら、『それ以上傷つきようがない無敵の盾』ができちまうからな。
勿論現実ならそうはならねーだろうけど……お前はゲームのキャラなんだろう?」
「……ッ…………グフッ…………」
口から血の泡を吹くガズの顔色がみるみる悪くなり、頭上に輝いていた二つ目の太陽がかき消える。それに数秒遅れていきなりガズの体が消え、俺はそのまま床の上に落ちてしまった。
「うおっ!?」
「ドシーンって落ちたニャ!?」
「シュヤク! 無事か!?」
「大丈夫だ! 尻は打っちまったけどな、ははは……」
慌てて駆け寄ってくるアリサとクロエに、俺は笑ってそう答える。すると少し遅れて、ロネットに支えられて顔色の悪いリナもこっちにやってきた。
「大丈夫ですかモブリナさん?」
「うぅぅ、魔力切れで気持ち悪い……でも、シュヤク……やったのね?」
「ああ」
俺の見下ろす先には、元の大きさに戻ったガズが横たわっている。痛々しく斬り裂かれた喉からはヒューヒューと風が漏れ……まだ生きてはいるようだが、これは助からないだろう。
「どうだガズ。俺達の勝ちだぜ?」
フォン!
「っ!? お前まだ……うん?」
『ゲハハハハ、どうやらそうみてぇだな』
突如としてガズの上、俺の前に黒い窓が開いた。まだやるつもりかと身構えたが、そこに表示された白い文字は、どうやら喉を切られて喋れない代わりのようだ。
『まさかあそこまでやって負けるとはなぁ……これだから主人公は嫌いだぜ』
「そう言うなって。あーでも、俺としても一つ聞きたい事があるんだが、いいか?」
『アァン? いくら負けたからって、オデがお前に情報を漏らすとでも思ってんのか?』
「いや、そういうのじゃなくてさ……何でお前、自分が負けるように戦ったんだ?」
俺の問いかけに、キーボードを叩く幻の指先が数秒止まる。
『どういうことだ? オデが手を抜いたとでも言いてぇのか?』
「さあな。それを聞きてーのは俺の方だよ。何でわざわざ俺が……俺達が勝てる道を用意した? お前が本当にゲームのキャラだっていうなら別だけど、口ぶりからすりゃそうじゃなかったんだろ?」
(……………………)
俺の素朴な疑問に、ガズの動きが再び止まる。仰向けに倒れ半分光の消えたガズの目は、どこか遠くを見ているようだった。