おいおい、パワーアップのバーゲンセールかよ!
「リナ!? お前大丈夫なのか!?」
「当たり前でしょ! 今のアタシは過去一絶好調よ!」
「そ、そうか……」
何が何だかわからねーし、頭のおかしい雄叫びをあげていた気もするが、確かにリナの顔には生気が満ちている。あれなら無理して強がってるという感じではないだろう。
「さて、まずは……『ミード・ウォーターボルト』!」
「ギャウ!?」
リナの放った魔法が、俺の背中を踏みつけていたワニ頭の魔物に命中する。するとワニ頭は悲鳴をあげて後ずさり、すぐにリナがこっちに走り寄ってきた。
てか、今の何だ? 同じ魔法が二重に発動した? まさか俺以外が女神の祝福を受けると、ああいう感じにパワーアップするのか?
「シュヤク!」
「助かったぜリナ……ってオイ!?」
俺がよろよろと起き上がると、リナがそのままの速度で突っ込んでくる。互いの顔が近づき、唇が触れそうな距離になって――
「どっせーい!」
「イテェ!?」
ゴチンといい音がして、リナの頭突きが俺の頭に命中した。目から火花が飛び散る勢いに俺の意識があっさりと失われ……
『はぁ、また偽の愛し子ですか』
「へ? あ、エタニア……様?」
『まあいいです。時間もないですし、サクサクいきましょう』
真っ暗な部屋にフワフワと浮かぶ妙齢の女性。おそらく創造神エタニアだと思われるその人が、何故か軽いため息と共に俺の側によってくる。
『ふむ、今のあの子達ほどではないにしろ、貴方もまた真なる愛し子との関係は悪くないようですね。これなら力を与えても大丈夫でしょう。ほら、頭を出しなさい』
「あ、はい……あの、試練とかはいいんですかね?」
『本来ならよくはないのでしょうが、もう私にはそんなことをしている時間はないのです。それにどうせ、貴方に対してはフラグを立ててあげるだけですから、あとはシステムが勝手にやってくれることでしょう……終わりましたよ』
「え、もう!? てかフラグ!? まさかエタニア様もそっち側――」
『では、頑張りなさい。貴方がこの世界にどんな結果をもたらすのか、楽しみにしています』
「ちょっ!? ちょっと待ってください! まだ話が……」
「はっ!?」
「いたたたた……どう、強くなった?」
「おう……おう?」
ふと気づくと、俺の意識は現実に戻っていた。痛そうに額をさするリナに言われて確かめると、確かに体に力が漲っているというか、強くなっているという感じがある。
「うわー、何かありがたみも何にもねー感じでパワーアップしたんだが?」
「強くなったんだからいいじゃない! ほら、アタシはアリサ様とロネットたんを助けにいくから、アンタはクロちゃんを!」
「そうだった! わかった!」
背を向けて走り出すリナをそのままに、俺はクロエの方に駆け寄り、ワニ頭の背後から斬りつける。
「おら、全力斬り!」
「ギャァァ!?」
すると俺の一撃は予想以上の攻撃力を発揮して、ワニ頭をあっさりと斬り裂いた。その後はリナにやられていたワニ頭が襲ってきたが、そちらもまたサクッと返り討ちにして仕留める。
うーん、滅茶苦茶雑なパワーアップイベントだったけど、効果の方は抜群のようだ。
「助かったニャ。にしても、シュヤク凄いニャ! いつの間にそんな強くなったニャ?」
「いつっていうなら、今さっきかな? リナの方は……」
二匹の魔物を仕留めたことで、俺は再びリナの方に視線を向ける。すると三人揃ってこっちに走って来ていたので、俺達もそれに合流する。
「リナ! ロネットにアリサも、大丈夫か?」
「モブリナさんに助けてもらったので平気です。にしても、モブリナさんって回復魔法が使えたんですね」
「え? リナ、そんなの使えたのか?」
「あー、うん。何か使えるようになったのよ。でもあくまでも初級の魔法だけだから、ロネットのポーションの方がずっといいわよ? 少なくともアリサ様の傷は、アタシの魔法じゃどうにもならなかったわね」
「だがリナがロネットを助けてくれたおかげで、ロネットのポーションで私が助かった。ならばリナもまた恩人だ。ありがとう」
「いやいや、それ言い出したらそもそもアタシのために皆が――」
「ゲハハハハハハハハ!!!」
俺達の会話を遮るように、特徴的な笑い声がその場に響き渡る。すぐに剣を構えてそちらを向けば、そこには豪快な破顔を見せるガズの姿があった。
「ああ、やっぱりだ! やっぱりこういう感じになんのか! 本当に、本当にどうしようもねぇなぁ!
おいモブリナ、お前何で助かった? どうしてあの状況から逆転なんてできんだよ!? それが許される立場じゃねぇってのは、お前自身が一番わかってんだろぉ!?」
「ハッ、知らないわよそんなこと! あーでも、そうね。そんなアンタには一ついい言葉を教えてあげるわ」
「ん? 何だ? 女神がどうたらなんてくだらねぇ情報ならいらねぇぞ?」
「くだらなくないでしょ! まったくこれだから素人は……ごほん。いい? 人生において、誰もが自分の物語の主人公なの! だから誰のところにだって、奇跡は起きてもいいのよ!」
「ゲハッ!?」
堂々と言い放つリナに、ガズが衝撃を受けたような表情で立ち尽くす。見るからに隙だらけだが……その様子とは裏腹に、言葉にできない圧力のようなものが急速に強くなるのを感じる。
「……誰もが主人公か。駄目だなぁ、そいつは駄目だ。そうなっちまったら本当に手遅れになっちまう。
ああ、駄目だな。これはもう駄目だ。なあオイ、これはもう無理だろ? ここまできちまったら、もう修正なんて無理だって。だから……」
「っ!? シュヤク!」
「全員俺の近くに固まれ! ディフェンスオーラ!」
皆が集まったのを確認するより早く、俺は防御系の魔法を発動する。俺達を囲む薄い半球の光の膜は先のイベントによって身につけた力であり、かつて苦戦したレッドドラゴンのブレスなんて鼻歌交じりに防げるくらいの性能があるはずだが……
「空いてるメモリを全部オデに使わせろ! ありったけのリソースをぶち込んで、ここで全部ぶっ壊して……それで今回は終わりにする!
開け、『Console』ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
ガズの周囲に竜巻のような風が吹くと、そこに舞い踊る木の葉のように無数の黒い窓が出現した。しかもそれらの前には明らかにキーボードのようなものまであり、虚空から生えている指がその上で踊り狂う。
「どうせオデには次はねぇんだ! 多少無茶でも今この場だけ動きゃいい! サブ関数を引っ張ってステータスの上限を擬似的に突破、数値をフロートに変更してマイナスを許容、更にループ処理で……」
「やらせるかよ! 全力攻撃! ただし近づくな! ハイエス・マナボルト!」
「ロネット、援護して! 『ミード・ウォーターボルト』!」
「フリーズポーション! サンダーポーション! オマケも盛り盛りです!」
「遠距離用の技はあまりないのだがな……残月一閃!」
「うぅ、これしかないニャ! シャドウニードル!」
俺達の全力の攻撃が、無防備に立つガズに炸裂する。だがガズは体勢を崩すことすらなく、大量にあるキーボードの上で無数の指を蠢かせ続けている。
「今のアバターもいらねぇ! 可逆性も無視してサイズ変更だ! フィールドもいじくって……ウォォォォォォォォ!!!」
獣のような雄叫びと共に、ガズの体が突如として膨れ上がる。不壊のはずのダンジョンの天井を突き破り、聳え立つのは全長二〇メートルはあろうかという超巨大な岩肌の大男。
「ゲハハハハ……これで踏み潰してやるぜ」
「おいおい、マジかよ」
「これは流石にやり過ぎじゃない?」
そのあまりの威容に、俺はリナと一緒に思わず苦笑を浮かべるのだった。