これでアタシは、もう一人じゃない
今回はモブリナの一人称です。
――時はわずかに遡る
(え、何!? どうなったの!? あれ? 何か動けない!?)
女神様との会話の途中、突然意識が途絶えたと思ったら元の場所に戻っていた。すると正面の女神像は砕けてるし、そこには何処か見覚えのある半裸の変態親父がいるし、何よりアタシの体が一切動かない。
怖い。何もかもがわからなすぎて何もかもが怖い。アタシは一体どうなったの? っていうか、そもそもこの状況は何なの!?
『落ち着きなさい、偽りの愛し子よ』
(女神様!? こいつ直接脳内に……!)
『だれがこいつですか! それと貴方の体が動かないのは、私と繋がっている時に外部から強い衝撃を受けたことで、貴方の本質と器の繋がりが不安定になっているからです』
(アッハイ、すみません……で、本質? ですか?)
『そうです。本来人の器と本質は不可分なものであり、早々揺らいだりはしません。しかし貴方は本来ここに在るべき存在ではない。
我が愛し子の器に世界の外の意識を写した偽りの愛し子であるからこそ、ちょっとした衝撃で器との同期がズレてしまったのです』
(へー、同期ズレ……それって治ります?)
『ふむ、あまり衝撃を受けた様子がありませんね?』
(そりゃまあ、自分が不自然な存在だってのは理解してましたから)
アタシは日本からの転生者で、この世界とは相容れない部外者だ。そんなことは指摘されるまでもなくわかっていたことだから、改めて言われても「ふーん」としか思わない。むしろ「前世の記憶を持ってると勘違いしているヤバい奴」じゃないことが確定して安心したくらいだ。
『そうですか……それほど揺るぎない意志があるからこそ、あの者の意図を超えて自由に動いているのでしょうね。ですがだからこそ、貴方はあの者の不況を買い、今まさに処分されようとしているのです』
(え、アタシ!? あの変態親父の狙い、アタシなの!?)
女神様の言葉に驚き、アタシの目が少し離れたところにいるオッサン……確かガズとかいったNPCの姿を捉える。そういえばさっきからこいつとシュヤク達が何か話しているようだけれど、どういうわけかその会話の内容がよくわからない。
『それは貴方のなかに私がいるからです。私の存在を維持することに力を割いているため、外部の情報を取り込む余裕がないのでしょう』
(それ、大丈夫なやつですか? アタシの知らないところで重要な会話があったりしません?)
『問題ありません。あの者が貴方を消そうとしており、貴方の仲間達がそれを阻止しようとしている。ただそれだけです』
(そっか……うわっ!?)
突然ガズの体が変わり、その側に黒い魔物が姿を現した。あれまさか、セベク!?
(裏ダンにいる一二〇レベルの魔物!? ヤバいヤバい、今すぐ皆で逃げないと!)
『安心しなさい。如何にあの者の呼び出した魔物とはいえ、在るべきでない場所にあっては本来の力は発揮できないでしょう。それより貴方は選ばなければなりません』
(選ぶ!? 何を!?)
『勿論、今後の貴方自身の在り方です。あの者が石像を壊したことで、私の存在を紐付けるものがこの地から失われてしまいました。貴方の存在が不安定になったおかげでその隙間に入り込み、辛うじて意識を繋ぐことには成功しましたが、この状態は長くは続きません』
(アリサ様!)
アタシの目の前で、アタシを守ろうとしてくれたアリサ様が吹っ飛んでいく。きっと女神様は大事な話をしているのだろうけど、アタシの意識は仲間達に向いてしまう。
『ですがそのおかげで、できることがあります。貴方という存在を消し去り、この器に本来の意識を蘇らせることです。それはあの者の思惑とも一致しているため、そうすればこの争いは終わるでしょう』
(つまり、アタシが死んだら皆が助かるってこと? それなら……ああっ、ロネット!)
今度はロネットが、変異したガズに捕まってしまう。ボロ雑巾のように投げ捨てられるロネットの姿に、アタシは心の中で悲鳴をあげる。
(……アタシが死ねば、終わるの?)
『ええ、終わります。あの者にとって、貴方以外を極力傷つけないこともまた目的なのです』
(なら…………)
今すぐアタシを消して。そう告げようと思ったのに、アタシの口が動かない。いえ、頭で考えるだけでいいんだろうけど、その決断ができない。
――今更何を迷ってるの? そもそもパーティを抜けるって決めた時点で、皆とある程度疎遠になることは受け入れてたじゃない。それが永遠の別れになるのは誤算だったけど、でも皆を助けるためなら……
(アタシを…………)
――そうよ。何もできないアタシが最後に皆を助けて死ぬなんて、絶好のシチュエーションじゃない! どうせ一度は死んだ身なんだから、ボーナスステージが終わっただけでしょ? 躊躇う理由なんて何処にあるの?
(消し……)
「今を守れねー奴に、未来なんて来やしねーんだよぉ!!!」
それまではまるで水中に沈んでいるかのように、ぼんやりとしか聞こえなかった外の声。だというのにシュヤクのその声だけがはっきりと聞こえ、アタシのなかにあったナニカを貫いていく。
自分の未来を捨てて、アタシに今をくれようとした人。あいつも皆もアタシのために頑張ってくれた。なのにその未来を、アタシ自身が投げ捨てちゃっていいの?
(……駄目。アタシ、死ねない)
『命が惜しくなりましたか?』
女神様の声が、どこか冷たく響く。でもアタシはもう間違えない。
(そりゃ惜しいわよ! だってアタシの命は、アタシだけのものじゃないもの! アタシを待っていてくれる仲間のために、そして何より、私自身のために!)
アタシの意識が、女神様の奥に向かう。すると暗闇に浮かぶ女神様の姿の奥に、アタシそっくりの女の子の姿が見えた。
それは本来この世界に生まれるはずだった、もう一人の……本物のモブリナ。無表情で浮かぶ女の子に、アタシは自分の想いを投げかける。
(ごめんね。アタシはアンタの人生を奪っちゃった。謝ったって謝りきれないし、許されるとも思ってない。
恨んでくれていい。憎んでくれていい。でも……)
『いいよ。どうせ私なんて、ただの空っぽだし……』
(それは違うわ!)
起伏のない声で呟く私に、アタシは強く言い返す。
(確かに私はモブだった。メインシナリオには一切絡まず、スチル絵の端にちょこっと絵が出てるだけのその他大勢だった。
でもだからって、私が不幸だったとは思わない! だってあの絵で、私は間違いなく笑ってたもの!)
そう、アタシの知っている私は、ちゃんと笑顔だったのだ。そりゃ三年の学生生活やそれ以前の村での生活も含めれば、辛いことや悲しいこともあったと思う。でもあの時あの瞬間、私は幸せそうに笑っていた。その揺るぎない事実は、たとえ私自身にだって絶対に否定なんてさせない!
(アンタは空っぽなんかじゃない。アタシが現れなければ、アンタはちゃんと泣いたり笑ったり、自分の人生を生きられた!
でもそれをアタシは奪った! なのにそのアタシが、ここで自分の将来を諦めるなんてしていいはずがない!
だから最後まで責任を持つ。アンタの分まで、アタシは幸せになってみせる! そのために……アンタの全部をアタシに頂戴!)
『……随分自分勝手だね』
(ええ、言ってて自分でドン引きするくらいにはね! でももう、そのくらいしかアタシにはできないのよ。それに……)
『……それに?』
(誰の眼中にもなかったモブがヒロインとして復活したら、最高に痛快だと思わない?)
言って、アタシは手を伸ばす。これを拒否されたら……どうしよう? 何もわからない。
でも、アタシには確信があった。だってそうでしょ? たとえ今まで意識していなかったとしても……アタシは間違いなく、私だったんだから。
『……確かに、ちょっと面白そう』
無貌の少女が、ニヤリと笑った気がした。アタシ達が手を繋ぐと、それまでジッと黙っていた女神様が声をかけてくる。
『どうやら合意は得られたようですね。ならば私もできる限りの事はしましょう』
(へ? 何を……!?)
手を繋いだアタシ達二人を、女神様が優しく抱きしめてくれた。ふぉぉ、何コレ超いい匂いがする! あと顔が! 顔が凄く柔らかい!
「あっ、あぁぁ…………っ」
『在りえざる者と在るべき者を、今ここで真に一つとする。さあ、在るがままに生きなさい。新たな命の誕生を、世界は祝福するでしょう』
――Hello World 鐘の音が響き、彼の者達は、生まれ落ちた。
「生乳、最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ゲハーッ!?」
全身に力が漲る。まるで肺に詰まった石がなくなったように呼吸が軽く、羽が生えたように体が軽い。今間違いなく、アタシの心と体は本当の意味で「一つ」になったのだ。
「ゲハッ、ゲハッ……な、何だ!? 何が起きた!?」
「あら、わからない? なら教えてあげるわよ」
ぶん殴られて戸惑いの声をあげるガズに、アタシは挑発するように指先をクイクイ曲げて告げる。
「女神様は、パッドじゃなかったのよ!」
「げ、ゲハ!? 何だそりゃ?」
宇宙の真理に辿り着いたアタシの言葉に、ガズはキョトンとした顔でアタシを見つめるのだった。