テメェは絶対許さねぇ!
「ゲハハハハ、そっちは五人いるんだ。ならオデが仲間を呼んでも卑怯とは言わねぇよな? さあ行け!」
「「ギャア!!!」」
「チッ、クソが…………っ!?」
ガズのかけ声で、魔物達が襲いかかってくる。手にした黒いメイスを振り下ろされ、俺は咄嗟に自分の剣でそれを受け止めたのだが……
「えっ、軽い!? いや、軽くはねーけど!」
腕に感じた衝撃が、想像していたよりもずっと軽い。勿論弱いわけではない……というか、普通に強いのだが、それでも俺がギリギリ受け止められる程度の強さでしかない。
これでレベル一二〇? いくら何でも弱すぎじゃねーか?
「チッ、やっぱり本来と違う場所じゃ制限がかかるのか! まあいい、そのまま攻め続けろ!」
「あ、おい待て! クソッ、どけよ!」
「ギャア!」
俺とクロエがそれぞれ魔物に押さえ込まれているなか、ガズが再びリナ達の方に向かって歩き出す。どうにかして阻止したいが、目の前に立ちはだかる魔物がそれを許さない。
「ゲハハハ、さっきと逆になったな? 大分弱体化してるが、それでも六〇レベルくらいの強さはあるはずだ。今の兄ちゃん達じゃ抑えるだけでもキツいだろ? あの時オデの最強武器を選んどけば、どうにでもなったろうになぁ?」
「ハッ! そしたらどんな罠が発動してたんだ? 今より状況が悪くなる未来しか見えねーなぁ?」
「善意が伝わらねぇってのは、悲しいもんだ……ゲハハハハ」
軽口を交わしながらも、俺の中では焦りが募っていく。一対一で俺達が戦えている時点で、確かに目の前のこいつらは大幅に弱体化してるんだろう。だが敵が弱くなったからといって、俺達が強くなったわけじゃない。気を抜けば普通に負ける格上の相手だし、そんなのを瞬殺して仲間のところへ……なんてできるはずもない。
「やらせんと言ったぞ!」
「ゲハハ、まだ学習しねぇのか? 姉ちゃんじゃオデは止められねぇよぉ!」
そうして俺とクロエが手をこまねいているなか、迫ってきたガズにアリサが剣で斬りつける。だが見るからに頑丈そうなガズの体には傷一つついた様子がない。
「アリサさん、もう一回距離を!」
「わかった、シールドバッシュ!」
ロネットの叫びに、アリサが金属の盾で思い切りガズを打ち付ける。それで先ほどはガズの体が吹っ飛んだんだが……
「何だと!?」
「ゲハハハハ、オデがその気になったら、その程度の技でノックバックするわけねぇだろ? それに、そっちも没収だ! 『Decrease』!」
「えっ!? そんな、何処に!?」
「どうしたロネット?」
「モブローさんからもらったアイテムが、いきなりなくなったんです! さっきまで確かにここにあったのに……!?」
「ゲハハハ、そいつはオデがやったもんだからな。IDがわかってりゃ数の増減なんて簡単だ。さあどうする? もうオデを止める手段は打ち止めかぁ?」
「くそっ、まだだ! ロネット、リナを抱えて走れ!」
「は、はい! モブリナさん、行きますよ!」
「ゲハハハ、鬼ごっこかぁ? 出口もねぇのに何処に逃げるってんだよ、あぁ?」
「フンッ、私達がお前を倒せばいいことだ!」
「それはもういいっての! おら、寝とけ!」
「ぐはっ!?」
「アリサ!」
ガズの振るった拳がアリサの構えた盾に命中し、さっきとは逆に今度はアリサの体が吹っ飛んでいく。数メートル先の床に叩きつけられたアリサは、そのままぐったりと動かなくなった。
「くそっ、どけ! どけよしつけーな!」
「ウニャー! 駄目だニャ、どうやっても振り切れないニャ!」
どうにかしてアリサやロネット達を助けに行きたいが、目の前の魔物が押しのけられない。それは素早さが売りのクロエも同じようで、動きの先を封じるように立ち回るワニ頭に、クロエもまたここからほとんど動けないようだ。
どういうわけか積極的に攻撃はしてこねーから俺達は無傷だが、逆に言うと攻撃の隙を突いて一発逆転も狙えない。格上に時間稼ぎに徹せられるとここまで厄介なのかって学びは得られたが、そんなものはそれを生かす「次」がなければ意味がない。
(いや、でも攻めてこねーなら、無理が通るか? このままじゃジリ貧だし、一か八か……)
「クロエ!」
「ニャ? ……シャドウステップ」
俺の呼びかけに、クロエの体を影が包み込む。そして次の瞬間、現れたクロエが俺の背中を蹴り飛ばした。
「うぉぉぉぉ!!!」
その勢いで、俺は一気にワニ頭の横を駆け抜ける。よし、これなら――っ!?
「ギャア!」
「ぐふっ!?」
前のめりになった体勢で、背中に感じた激痛と衝撃。思い切り体を床に叩きつけられ、目に映る世界がチカチカと点滅する。
「おい兄ちゃん、そんなの通すわけねぇだろ? ま、確かに殺しゃしねぇから、そこでゆっくりオデが尻を拭くのを見てな」
「っ……あっ…………」
強く胸を打ったせいか、息が上手く出来ない。邪悪な笑みを浮かべるガズに、俺は必死に手を伸ばす。
「さあ追いついた。ほら姉ちゃん、そっちに行ってな」
「いやっ、離して! このっ、このっ!」
あっという間にロネットに追いついたガズが、その手でロネットの両手首を掴んで持ち上げる。ロネットが必死でガズに蹴りを入れているが、アリサの剣ですら傷つかなかった体がロネットの蹴りでどうにかなるはずもない。
そのまま放り投げられると、落下の痛みか床に転がったロネットの体がギュッと丸くなった。
「あうっ!? うぅぅ…………」
「ろ、ねっと……テメェ、絶対許さね……ぐほっ!?」
怒りを力に立ち上がろうとするも、背中に硬い感触が押し当てられる。おそらくはワニ顔に踏みつけられているんだろうが……そんなのは関係ない。
「おぉぉぉ……ぉぉぉぉぉ!!!」
「おいおい、その状態でまだ動くのかよ!? そう無理すんなって、オデの可愛い子ちゃんは優秀だが、人を壊さないように押さえつけるってのは難しいんだ。力加減を間違えて踏み潰したら、大目玉を食らっちまうよ」
「知る……かよ……っ! 俺の……仲間に…………」
「はぁぁ、言っても聞かねぇか。ならさっさとやることやって退散するかね」
止めろ止めろ止めろ止めろ……
ガズの手が、動けないリナに迫る。
動け、動け、動け、動け……っ!
そのでかい手がリナの顔をそっと掴み……
「ったく、最後まで手間かけさせやがって……じゃあな、モブリナ」
「あっ、あぁぁ…………っ」
太い指に力が入り、リナの口から嗚咽が漏れる。
殺す。殺す。殺す。殺す!
殺意が意識を塗りつぶし、視界が朱く染まる。気づけば周囲の時間が止まっているかのようになり、俺の脳内に三度目となる文字が走る。
――SYSTEM G.A.M.E Standby......
『駄目だよ、それを選んだら――』
選べば、二度と戻れない。きっと俺は俺でなくなり、周囲の全てをゲームで塗りつぶす。疑わなければ幸せなその世界で、俺はシナリオに定められた主人公として過ごすことになるんだろう。そんな未来は到底許容できない。
じゃあ、その未来を避けるために、今を諦める? 諦めてばっかりだった俺の人生に、幸せな未来なんてあったか?
挑んだ結果失敗して、悪くなるならそりゃ仕方ない。だが最初に「諦める」を選んだら、そこから派生した未来はどうやったってプラスになんかならない。まあまあマシだと受け入れて、ヘラヘラ笑うだけの人生なんて、一回で十分だ!
「今を守れねー奴に、未来なんて来やしねーんだよぉ!!!」
喉が裂けるほど絶叫し、覚悟と共に魂を伸ばす。さあ、俺にあのクソ野郎をぶっ倒す力を――
「生乳、最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ゲハーッ!?」
「…………へ?」
リナの口から正気とは思えない叫び声が響くと、ガズの巨体が宙を舞う。そのあまりの光景に、俺の覚悟も謎の文字と一緒にビューンと吹っ飛んでいった。