敵側にも「その立ち位置」のやつがいるのか
「リナ!? テメェ、いきなり何しやがる!?」
突如現れた謎の男が、手にしたツルハシを振り下ろして女神像を粉々にぶっ壊した。それに伴い弾かれるようにこっちに飛んできたリナを受け止めつつ、俺は男を思いきり睨み付ける。
「モブリナさん、大丈夫ですか!?」
「フシャー!」
「お前は確か、ガズとかいう者だったな? 一体どういうつもりだ?」
「ゲハハハハ……やっぱりオデの思った通りだった」
明らかに危険な状況、だがまだ俺達が直接攻撃されたわけじゃない。故にそれぞれが武器を手に取り臨戦態勢になるなか、女神像の瓦礫の上に立つガズが、まるで自嘲するような笑い声をあげて呟く。
「兄ちゃんがこの力を手に入れないこと、それ自体はいい。ここに来ないまま先に進むってのもありだからな。だがそれを他人に……しかもよりによもって、そのモブに渡す!?
ああ駄目だ、そりゃあり得ねぇ。百歩譲って渡すだけならまだしも、それで力を付けたモブと最後まで一緒に? そんなことされたら、結末が変わっちまうだろうが!」
「結末? 何の話だ?」
「ゲハッ! オメェにはわかんねぇだろうなぁ。だが兄ちゃん、お前にはわかるだろ? 本来存在しない奴が最後まで一緒だったりしたら、どうなるかよぉ?」
「っ!?」
首を傾げるアリサから顔を逸らし、ガズが俺を見てニチャリと粘つくような笑みを浮かべる。そしてその言葉の意味を理解してしまった俺は、全身から命が失われていくかのような寒気を感じる。
結末……即ちゲームのエンディング。そこでは各ヒロインキャラごとの個別イベントがある。好感度や告白イベントを受けたかどうかなどの違いによって、それぞれの未来が描かれるのだ。
だがそこに、本来存在しないキャラ……リナが存在していたらどうなる? 何も描写されずにスルーされる? それともデータの参照先がないことでバグったり、最悪フリーズしたりするのか? それが現実で起きたら……どうなるんだ?
「ゲハハハハ、自分がどんだけ迂闊なことをしようとしてたか、わかったみてぇだなぁ。だったら……」
「危ない!」
ガキィィン!
一足飛びに近づいたガズが、床に倒れ伏すリナの脳天にツルハシを振り下ろそうとする。だがその切っ先がリナの頭をザクロのように砕く前に、割って入ったアリサの盾が辛うじてそれを受け止めた。
「お前、何のつもりだ!?」
「見りゃわかんだろ、これ以上シナリオから逸脱しねぇように、元から排除しようってんだ。これも生産者の責任ってやつだなぁ」
「さっきから訳のわからん事を! だがこの私が、むざむざ仲間をやらせるものか!」
「シャドウステップ!」
その時、影に紛れたクロエの背後からの一撃が、ガズの足首に命中した。首を狙わなかったのは曲がり形にも相手が人間だからだろうが、足をやられれば戦うなんてできない。普通ならこれで戦闘終了なんだろうが……俺の嫌な予感は外れてくれないらしい。
「ゲハハハハ……どうした猫の姉ちゃん、くすぐってぇ……ぜ!」
「フギャッ!?」
「クロエ!」
まるで痛痒を感じていないガズの裏拳がクロエの顔面を直撃し、そのままクロエが吹っ飛ばされる。慌てて俺が駆け寄ると、その鼻からたらりと血が零れた。
「うぅ、鼻が痛いニャ……」
「ほれ、ポーション使っとけ」
「リナのみならずクロエにまで手を出したのだ。もはや人であることを理由に加減はしないぞ?」
「おう、いいぜ? それが通じるかは別の話だけどなぁ」
「言っておけ! シールドバッシュ!」
アリサの強烈な一撃が、ガズの体を吹き飛ばす。そのまま真横に数メートル飛んで壁に叩きつけられるガズだったが、やはり余裕の表情は崩れない。
「ゲハハハ、どうした姉ちゃん、威勢がいいのは口だけか?」
「クッ、本当に何者だ!?」
「アリサ、今援護に――」
「待て、クロエ。不意打ちが通じない相手に正面から向かってどうすんだよ!」
「むぅ、それはそうニャ」
俺の言葉に、今にも飛び出しそうだったクロエが自重する。そしてその間にも、俺はガズを注視し続けているのだが……
(こいつ、マジで何者だ?)
遺跡ダンジョンで現れたのは、まだわかる。俺の知らないクエストの先にいたキャラだし、立ち回りも如何にもクエスト用のNPCって感じで不自然ではあったけれど、その不自然さが逆にゲームのイベントキャラとして自然であった。
だが今のこれは違う。前回のイベントとNPCとしての立ち位置が違いすぎるし、主人公の覚醒イベントを潰すというのも意味がわからない。だがそんなことがどうでもよくなるくらい重大なのは、リナをモブと呼び、ゲームのエンディングに触れたということである。
そういうメタ発言要素のあるゲームもあるにはあるが、プロミスオブエタニティというゲームはそうじゃない。この世界でそんな視点を持ちうるのは、俺達と同じ外からここを見ている者だけ。
「……ガズ、まさかお前も転生者なのか?」
故に俺は、ガズにそう問いかけた。するとガスはキョトンとした表情となり……次の瞬間腹を抱えて笑い声をあげる。
「ゲハハハハハハハハ! こりゃおもしれぇ冗談だ! オデがお前らと同じ? 馬鹿言うな、オデはお前らより上の存在だ」
「上だと? ならまさか、お前が俺達を喚んだってのか!?」
「当たらずとも遠からずってところだな。だがまぁ、それ以上は兄ちゃんが気にする必要はねぇよ。オデはただ、オデがやるべきことをやって……それが済んだら黙って消えるだけさ」
ガズの体が、不意に揺らぐ。ザザッとノイズのようなものが走り、その下から現れたのは体表に岩のような皮膚、あるいはかさぶた? そんなのがびっちりと纏わり付いた、人ならざる人型のナニカ。
「改めて名乗ろう。オデはガズ。千指のガズだ。世界をあるべき流れに戻すため、その出来損ないは消させてもらう」
「リナは俺達の大事な仲間だ。はいそーですかとはいかねーなぁ。ロネット、リナの容態は?」
「それが、意識はあるみたいなんですが……」
チラリと視線を後ろに向けると、そこにはロネットに膝枕されるリナの姿があった。いつもなら「膝枕を堪能するために動けないフリをしているのでは?」と疑いたくなるところだが、呼吸はしてるし大きく見開いた目がギョロギョロと動いてはいるものの、それ以外の全身からはぐったりと力が抜け、開いたままの口元から涎すら垂らすこの状況を見れば、どうやら本当に動けないのだろう。
「そうか……アリサ、リナとロネットを頼む」
「いいのか?」
「ああ。あいつの狙いはリナみてーだしな」
「わかった。なら私が全力で二人を守ろう」
スッとその場からアリサが下がり、二人に寄り添った。代わりに俺とクロエがガズの前に立ち塞がり、その手に剣を構える。
「オデと一戦交えようってのか? そりゃ無謀ってもんだぜ?」
「かもな。だが何事もやってみねーとわからねーだろ?」
「何もしないで諦めるなら、最初からコタツで丸くなってるニャ!」
「ゲハハハハ! なら見せてやる! 開け、『Console』!」
「は!?」
ガズの周囲に現れた黒い窓。仕事柄散々見慣れたその存在に、俺は心の底から驚愕の声を漏らす。
「神代の文字を打ち刻みて、我が意の全てを世界に通す! さあ現れろ、オデの可愛い子ちゃん達!」
まるで3Dプリンターのように、足下からジワリと世界に現れたのは、ワニのような頭を持つ筋骨隆々の黒い人型の魔物が二体。俺の記憶が正しければ、その正体は……
(裏ダンにいる、一二〇レベルの雑魚だと!? ふざけろ、バランスもクソもねーじゃねーか!)
現実が殺しに来る時、主人公にちょうどいい強さの魔物しか周囲にいないなんてあり得ない。その当たり前な理不尽さに震えながら、俺はギュッと剣の柄を握る手に力を込めた。





