本当に皆、最高に馬鹿なんだから!
今回までリナの一人称です。
ダンジョンの最奥にある広間。個人的に「女神の間」と勝手に呼んでいるそこには、等身大よりはやや大きいと思われる二メートルほどの女神像が立っていた。足下には像が立つ一メートルほどの台座があるので、合計で三メートル。足下にひざまずいて祈るのに丁度いい感じの高さだ。
そんな像の体には、無数のヒビが入っている。指先や服などの細部には破損も見られ、状態は決してよくない。だがそんな状態でありながらも、創造神エタニアの像はどこか荘厳な雰囲気を醸し出しており、実際室内の空気は少しだけ冷たく澄んでいる感じがした。
「シュヤクよ、ここが目的地か?」
「ああ、そうだ。あとは試練を乗り越えれば、女神様のありがたーい恩恵を受けられるって感じだな」
アリサ様の問いに、シュヤクが答える。そう、ゲームではここで主人公が試練を受け、それを乗り越えることで大きな力を……具体的にはレベルアップ時のステータス上昇値にボーナスが得られるようになる。
なお、上昇分は過去に遡って適用されるので、アホみたいなやり込みでこの時点でレベルをカンストさせていても安心な仕様である……ま、そんなことする人滅多にいないけど。
「さて、と……それじゃリナ」
「ん? ああ、ちゃんと見届けてあげるから、さっさと祈ってきなさいよ」
「そうじゃねーよ! ほら」
「…………え?」
まるで道を空けるように、シュヤクが横にずれて腕を伸ばす。するとアリサ様やロネットたん、クロちゃんまでもが同じようにした。え? え!? どういうこと!?
「シュヤクから聞いたぞ。ここで祈れば、己の才能を伸ばすことができると」
「つまりここでお祈りしたら、また一緒にダンジョンに潜れるってことですよね?」
「さっさと強くなって、また一緒にサバ缶を取りにいくニャ!」
「……は!? ちょっと、皆何を……シュヤク!?」
理解が追いつかず、アタシは戸惑いながらシュヤクを見る。するとシュヤクはいつも通りの苦笑を浮かべて、ポリポリ頭を掻きながらその口を開いた。
「これしかさ、思いつかなかったんだよ。正直リナが試練を受けられるのかわかんねーから、駄目だったら大分間抜けだけど」
「そうだけど、そうじゃなくて! これ、アンタがもらうはずの力でしょ!? それを――」
「ああ、そうだ。これは俺の力だ」
アタシの言葉に、シュヤクが真面目な顔でそう断言する。でもすぐにニヤリと笑うと、その続きを口にする。
「だから、俺が好きにしていいだろ? 俺は俺が強くなることより、お前と一緒に冒険したいんだよ。数字が上なだけの相手が、信頼できる相棒とのコンビネーションで負けるなんて、わかりやすいお約束じゃねーか。そういうのやろうぜ?」
「アンタは……っ!」
馬鹿だ。本当にシュヤクは馬鹿だ。自分が世界最強になる機会を、ヒロイン達ならまだしもモブでしかないアタシに譲る? 他の誰だったとしても、そんな馬鹿なことするはずがない。
でも、そんな馬鹿が目の前にいる。アタシのくだらない話を聞く時と同じ顔で、馬鹿みたいな提案をしてくれている。
「……本当にいいの?」
「おう! あーでも、これで借金はチャラにしてくれると嬉しいな、精神的に」
「そうね。トイチの利息を年利一八パーセントにまでしてあげてもいいわ」
「上限の二〇パーセントじゃねーのは感謝すべきところなのか? オラ、わかったからさっさと行ってこい!」
「頑張れ!」「頑張ってください!」「頑張るニャ!」
「…………うん! じゃ、サクッと試練を乗り越えてくるわね!」
皆に応援されて、アタシは慌てて前に歩み出た。今のアタシの顔は、まだ皆には見せられない。そうして壊れかけた女神像の前で膝を突くと、ゲームの主人公がそうしていたように胸の前で手を組む。すると天井からスポットライトみたいにアタシの体に光が降り注いで……
「……ん? ここは?」
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
気づけばそこは、真っ白な空間。頭上から聞こえてくる女性の声に見上げると、そこには外にあった石像と同じ見た目をした女神様の姿があった。もっともこっちはちゃんと生身っぽい体になっているし、服もヒラヒラしてるし、胸もゆさゆさしている。
「えっと、貴方がエタニア様ですか? アタシは――」
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
「ま、まあまあ。確かにアタシはシュヤク……主人公じゃないですけど、とりあえず話くらいは聞いてくれても……」
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
「実は『プロエタ』界隈では、エタニア様の胸はパッドで盛ってるんじゃないかって考察があるんですけど」
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
「……ふむ、これ自動音声ね?」
こちらの会話に同じ言葉を繰り返す女神様に、アタシは「ハイと答えるまで永遠に会話が進まないアレ」を思い浮かべた。
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
となると、これは説得とかは無理そうだ。アタシのなかにあった「真摯にお願いすることで女神様に認められる」というシナリオラインが却下され、代わりにどうやってこの状況を崩そうかという思考に切り替わる。
『立ち去りなさい。ここは貴方の来る場所ではありません』
うーん、このイベント空間に入れたなら、可能性はゼロじゃないはず。アタシが主人公であると誤認させるフラグを立てるとか、グリッチでループ回答をキャンセルして無理矢理イベントを進めるとか? モブローならできるのかも知れないけど、アタシにはそんなことできない。
『――聞きなさい。偽りの我が愛し子よ』
となると……うん?
「あれ? 何か今、違う台詞言わなかった? まさか無限ループと見せかけて断り続けると別ルートが出るわけ!? うっそ、新発見じゃない! これは攻略が熱くなる……キャン!?」
『いいから聞きなさい、偽りの愛し子よ』
「アッハイ。ごめんなさい……」
降りて来た女神様に軽く頭を引っ叩かれて、アタシは涙目になりながら姿勢を正した。すると女神様は再びふわりと浮き上がり、いい感じの高さから見下ろしながら言葉を続ける。
『偽りの愛し子よ。貴方の器は我が愛し子のものですが、魂はその限りではありません。それは自覚していますか?』
「転生者ってこと? はい、わかってます」
『……本当にわかっていますか?』
「? た、多分……?」
訝しげな女神様の言葉に、アタシは眉根を寄せて答える。そりゃ確かにいきなりゲームの世界に転生したんだから、わからないことの方が多いけど……
「ひょっとして女神様は、色んなことを知ってたりします?」
『おそらく貴方自身よりは。ですが私もまたシナリオに縛られる存在。異物たる貴方が前にいるからこそこうして思考する隙が生まれましたが、そうでなくなればまたシステムの一つとして動くだけになるでしょう』
「??? アタシがいるから独立した思考を保ててるってことですか? 神様なのに?」
『この世界において、神も人も違いなどありません。ただそう在れと存在の根幹に刻まれているだけであり、そこに力などないのです。全てはそう定められているだけ。ですが貴方は――アッ、アアッ、ガガガガガ――ッ!?』
「ちょっ、女神様!?」
不意に女神様が苦しみだし、その口から悲鳴ともノイズともつかないような音が漏れ始める。それと同時にアタシもまた激しい頭痛に襲われ、あっという間に意識が混濁し……
「グハッ!? げほっ、えほっ…………」
目覚めたアタシが見たのは、粉々に打ち砕かれた女神像と、そこに立つ上半身裸の大男……ガズと名乗ったNPCの姿だった。