もうやめて! アタシのライフはゼロよ!
今回もモブリナ視点です。
「ふふ、こちらでは久しぶりですね、モブリナさん」
「宜しく頼むぞ、リナ」
「一緒に頑張るニャ!」
「あはは、よろしく……」
その日の放課後。一ヶ月ぶりに舞い戻ったアタシの扱いは、思ったよりもずっとフレンドリーだった。まあシュヤクと違って彼女達とは普通に会話してるから、ある意味当然と言えるかも知れない。
ただし、パーティでの立ち位置は明確に違う。学園内のショートカットからダンジョンに向かうと、それをすぐに思い知らされた。
「前方二、天使と悪魔だ!」
「後ろも来てるニャ!」
「そっちは任せろ! ロネット、サポート頼む!」
「はい!」
ダンジョン「忘れられた神殿」内部。現れたのは優しげな笑みを浮かべる天使と、邪悪な笑みを浮かべる悪魔の石像だ。どちらも見た目通り体は一切動かないのだが、八〇センチほどの石像がヒュンヒュンと宙を舞い襲い来る様はなかなかに迫力がある。
そしてその戦闘能力も、推奨レベル五〇のダンジョンに相応しいものだ。「贖える天使」の像が光を放てば、こちらのHPが確定で三割削られる。最大値ではなく現在値を参照なのでこれで死ぬことはないが、防ぐことができない強力な技である。それが現実でどうなるかと言うと……
「ぐぅ……っ!?」
光という回避不能の攻撃を受け、アタシの体からフッと力が抜けていく。その直後に吐き気を伴う不快感が襲ってきたのは、いきなり体力が失われたからだろう。
「えーいっ、ポーションシャワー!」
だがそこに、ロネットが頭上高く投げたポーションが砕けて中身が降り注ぐ。するとアタシの体はすぐに楽になり、他の皆の動きも回復した。ロネットがレベル四五で覚える全体回復技……つまりロネットは最低でも四五レベルになってるということだろう。
するとそこに、今度は「誘える悪魔」の黒い光が降り注ぐ。高確率で「睡眠」の状態異常を与え、かつこちらのMPを削ってくる全体攻撃。MPを削られることで回復や攻撃が難しくなるだけでなく、睡眠が通ってしまうと攻撃を食らうまで寝てしまうので、下手な対処をすると一気にパーティが瓦解しかねない、これもまた危険な攻撃なのだけれど……そんな黒い光が、物理法則を無視してギュンッと一カ所に集中する。
「やらせんぞ! オールガード!」
アリサ様の本領たる防御技、一度だけだが全体攻撃のターゲットを全て自分に引きつける技だ。あれを使えるならパッシブで状態異常耐性を持っているだろうから……ああ、やっぱり「睡眠」は抵抗した。それでもMPは大きく削れているだろうけど、アリサ様の場合はMPの総量そのものがそこまで多くないから……
「アリサさん、これを!」
「助かる!」
ロネットが投げたMP回復ポーションを受け取り、アリサがグイッと飲み干す。ただそれだけで誘える悪魔のもたらした被害は差し引きゼロとなった。
「いくニャー、黒影乱舞!」
そうして技発動後の硬直に見舞われている悪魔に、クロちゃんの連撃が決まっていく。一発命中するごとに威力の増加する連撃は見事に六発全部が命中し、最後の確定クリティカルによって悪魔の石像がダンジョンの霧に変わった。
ピカッ!
「ハッ、またそれかよ! 種が割れてりゃそんなの怖くもなんともねーんだよ!」
そんな折、背後からまた天使の光が放たれる。アタシが振り向くと、そこではシュヤクがニヤリと笑って天使の石像に躍りかかっていた。
「どんだけ弱らせたって、とどめがさせねーなら無意味だからな! えいっ! やあっ! たあっ!」
いつ見てもちょっと気持ち悪い、綺麗過ぎる動きの通常攻撃三連コンボ。以前に聞いた話だと、シュヤクはゲーム的な動きを意識すると、その通りに体が動くらしい。
つまり、あの動きに限るなら、HPのないシュヤクが瀕死状態であろうとも十全に活動できるということ。割合ダメージ……絶対に自分を殺せないという確信があればこそ、シュヤクは大ダメージを負った状態でも敵に迫れるのだ。
一、二、三と綺麗に入った剣の攻撃で、天使の石像が砕けて消える。その瞬間真っ青な顔色をしたシュヤクに思わず駆け寄りそうになったけれど……
「シュヤクさん、これを!」
「はぁ、はぁ……ああ、悪い」
それはもう、ロネットの役目だ。ただ守られるだけのアタシは、ここから一歩も動けないし、動いてはいけない。今のアタシのレベルでは狙われたらあっさり殺されてしまうので、敵の気を引く一切の行動が……攻撃は勿論、誰かを助けることすら許されていないのだから。
「シュヤク、こちらは終わったぞ!」
「了解。こっちも平気だ」
「リナは大丈夫だったニャ?」
「え!? ええ、大丈夫よ」
だって、何もしてないし。胸の内から湧いてきた皮肉の言葉を、アタシは笑顔でねじ伏せて飲み込む。自分の不甲斐なさを大好きなヒロインにぶつけるなんて、あまりにも情けなさ過ぎるもの。
「よし、このダンジョンもあと少しだ。皆、気合い入れていくぞ!」
「「「オー!」」」
シュヤクのかけ声に、アリサ様が、ロネットたんが、クロちゃんが声をあげる。でもアタシは声をあげられない。皆のなかに、もうアタシは入ってないんだから。
「何だよリナ、お前が大人しいとか気持ち悪いんだが? それともまさか怪我でもしたのか?」
「うっさいわね! ちょっとそういう気分じゃないっていうか、アタシだって色々考え事とかあるのよ! それなのに忙しいのを押して来てるんだから、さっさと目的を済ませなさいよね!」
「へいへい、仰せの通りに」
アタシの強がりを、シュヤクはまるで何もごともなかったかのように苦笑して流す。それがあまりにもいつも通り過ぎて……少しだけ、胸が苦しくなる。
でも、それはほんの一時のことだ。だってその後の光景は、アタシにとってあまりにも残酷な現実だったから。
「食らうがいい! 残月一閃!」
「シャドウステップ……背中ががら空きニャ!」
「ハイエス・マナボルト! ロネット!」
「いきます、ポーション乱れ投げ!」
(ああ、皆本当に強くなったなぁ……)
目の前で繰り広げられる戦闘は、アタシの想像を大きく超えるものだった。そこにアタシなんかが入る余地はないってことを、嫌と言うほど教えてくれる。
たった一ヶ月……自分がいなければ、シュヤク達はここまで効率よく強くなれるのか。そんな現実から目を背けることもできず、アタシはただジッと手を見て俯くだけ。
世界が違う。存在が違う。パーティを抜けると決める前は、アタシだってアタシなりにこっそり努力を続けていたけれど、本物の才能の前にはそんなの何の意味もなかった。
(前にアリサ様が、自分にどんな才能があるかなんてわからないから、最後の最後まで努力するって言ってたけど……じゃあ才能の有無が明確にわかってる場合は、どうしたらいいの?)
プロミスオブエタニティというゲームに、モブキャラがメインキャラと一緒に戦うようなシステムはなかった。でも周囲を見てみれば、その他大勢と主人公勢の違いなんて嫌でもわかる。
この世界の平均からみれば、きっとアタシは才能豊かな秀才なのだ。でも世界に選ばれた頂点である主人公や、そんな彼と一緒に戦うヒロイン達は別次元。アタシはそれを知っているから、そこから目を反らして「頑張れば何とかなる」なんて思えない。
ダンジョンを進めば進むほど、一緒にいればいるほどに、アタシはその差を見せつけられ、打ちのめされていく。アタシが考えていた通り、アタシの中にあったほのかな甘えが打ち砕かれていく。
そうしてしばし。せっかくだから最後らしく楽しもう……そんな強がりすら挫けてしまった頃。
「ふぅ……ようやく着いたか」
アタシ達が辿り着いたのは、巨大な女神像の建つダンジョンの最奥だった。