アンタには人の心がないわけ?
ここから三話ほどリナの一人称となります。ご注意ください。
「お願いしまーす! 猫耳水着メイドカフェの実現に向けて、ご協力をお願いしまーす!」
一〇月も目前に迫ったとある日の朝。アタシは今日も、自らの野望を達成するために地道なビラ配りをしていた。
無論、内容が内容だけに表立って受け取ってくれる人は少ない……かと思ったんだけど、意外と面白がってくれる人が多く、鼻の下を伸ばしたモブローみたいな男子より、むしろ女の子の方が興味を示してくれたりする。
ふふふ、やっぱりモブローの案を蹴って、小悪魔的な可愛らしさを強調したチラシにしたのが功を奏したみたいね。このまま波を広げていけば、一クラス分くらいの場所と人員は確保できるはず。後はこれを一過性のブームではなく、受け継ぐべき伝統として定着させれば、いずれは学園全体で猫耳水着メイドカフェを開くことだってできるはず!
「うーん、夢が広がるわね。これなら三年なんてあっという間――」
「ねえねえ、今日はどのダンジョンに入るの?」
「そろそろ秋っぽくなってきちゃったから、『春の木漏れ日』を攻略しちゃわない?」
「いいよー。そしたら次は『久遠の約束』の続きだね。今度こそボス倒しちゃうんだから!」
「ボスは無理でしょ! まだ辿り着いてもいないのに」
「「アハハハハ!」」
「……………………ハッ!? いけないけない」
聞こえてきた何気ない会話に気を取られていた事実に、アタシは自分の頬をパンパンと叩いて意識を切り替える。
そう、今のアタシは大忙しだ。生徒会への根回しや先生方への印象操作、衣服のオーダーに空き教室の確保と、学園祭に向けてやることは幾らでもある。とてもじゃないけどダンジョンに潜ってる暇なんてない。
それにアタシは、選ばれし主人公様やヒロイン達を抜きにした一般生徒のなかでは、ダントツに強い。流石に卒業間近の三年生まで含めたら違うけれど、ゲームの設定から推測するなら、一年生どころか二年生まで含めても、今のアタシはかなり上位の実力者のはずなのだ。
……だから決して、ダンジョンに潜りたくないわけじゃない。今は潜る必要がないだけ。他の意味なんてないし、その気になればいつだって――
「お、いたいた! おーい、リナ!」
「……シュヤク?」
と、そんな事を考えていると、爽やかなイケメン顔が親しげにアタシに近づいてきた。この世界の主人公にして、アタシの元パーティメンバー、シュヤクだ。
「何よ、アンタが声をかけてくるなんて珍しいわね?」
「そうか? あー、そういえばそうだったかも?」
「そうよ。ま、仕方ないけどね」
パーティを抜けて以来、アタシとシュヤクはほとんど話さなくなった。と言っても避けていたとかじゃなく、単純に顔を合わせる機会が激減したからだ。
だってそうでしょ? 授業はクラスが違うし、放課後もシュヤク達はダンジョンに潜るけど、アタシは猫耳水着メイドカフェのための活動で忙しい。寮も男子と女子でわかれているから、接点がないのはむしろ当然だ。
だから会わないのが普通。別に顔を合わせづらいとか、そんなことは決してない。ないったらないので……アタシは普通にシュヤクと会話できる。
「ロネットから聞いたけど、アンタ達、最近は随分調子がいいみたいね?」
「おう! 大分ダンジョン攻略も進んだよ。そっちはどうだ?」
「アタシ? アタシだって毎日充実してるわよ。賛同者もそこそこ増えてきたし、野望の達成は目前……いえ、確定ね!」
「あんなとち狂った提案が通るのか……? いや、この場合は通したリナがスゲーのか」
「フフーン、まあね! このアタシの偉大さに震えなさい!」
呆れと感心の入り交じったシュヤクの言葉に、アタシは小さく胸を張る。そう、これはアタシの努力の結果。RPGではなくなっちゃったけど、ギャルゲーとしてのプロエタを楽しみ尽くそうという、アタシなりの覚悟の形。
だから今、アタシは幸せだ。やりたい事が沢山あって、クロちゃんの手も借りたいくらい忙しい。実際たまに手伝ってもらってるけど……ああ、クロちゃんにあげるサバ缶だけは、その内ダンジョンに潜って補給しなくちゃかな?
ダンジョン、ダンジョンか。やっぱりダンジョンには潜らないと駄目よね。そのうちクラスメイトでも誘って……ううん、アタシ一人だけ強いとバランス悪いから、やっぱり当分はソロでいいかな?
そうよね、そうしよう。手持ちのサバ缶がなくなったら……アタシ一人で、ダンジョンに潜ろう。今はまだ、誰かと組むのは時期尚早なのよ。
「リナ? どうかしたか?」
「えっ!? あ、ううん、何でもない。それよりシュヤク、わざわざ声かけてきたってことは、アタシに何か用?」
「ああ、それな。実はリナに、ちょっと頼みがあるんだよ」
「頼み? 何よ?」
「……俺達と一緒に、ダンジョンに潜って欲しいんだ」
「……………………」
シュヤクの言葉が、アタシの胸に染み渡る。ギュッと締め付けられるような感覚は、しかし今のアタシにとっては嫌悪感に等しい。
「ちょっと、やめてよ今更。何の為にアタシがパーティを抜けたと思ってるの?」
「そりゃわかってるけど――」
「わかってるなら! わかってるならやめてよ。今更そんなの、無理に決まってるじゃない!」
同情? それとも気を遣った? どんな思惑があるにせよ、アタシにとってはいい迷惑だ。せっかく見切りを……区切りをつけて、新しい生活に馴染もうとしているのに、それを邪魔するなんて、いっそ嫌がらせにすら思えてしまう。
「アタシはもう、ダンジョンには潜らない……いえ、潜るけど、アンタ達と一緒にはいかない。そう決めたし、アンタだって納得したでしょ?」
「ああ、そうだな。だから誘うのは、これが最後だ」
「っ……」
これが最後の機会。その言葉に、アタシの胸中がまたも激しくざわめく。でもだからこそ、アタシは意地でそれを押さえ込み、表情になんて絶対に出さない。
「お生憎様。最後だろうと何だろうと、アタシの意志は変わらないわよ。誘うなら他の――」
「見届けて欲しいんだ」
「……? 見届ける? 何を?」
「俺達は今日、『忘れられた神殿』に行く」
「えっ、もう!?」
真剣な顔のシュヤクの言葉に、アタシは思わず驚きの声をあげる。「忘れられた神殿」は、物語の中盤で行くダンジョンだ。推奨攻略レベルは五〇。一ヶ月前のシュヤク達が活動できるような場所じゃない。それに……
「あー、そっか。そういうこと。確かに区切りとしては最適かもね」
あそこに行けば、あれを見れば。確かにアタシは諦めるしかなくなる。ありもしない可能性に惨めに縋り続けることすらできなくなり、モブリナとシュヤクは違うのだということを、これ以上ないほど思い知ることができるだろう。
「……言っとくけど、アタシそのダンジョンじゃ本気で足手まといにしかならないわよ?」
「そこは俺達がしっかりガードするから、任せとけ!」
皮肉交じりのアタシの言葉に、シュヤクが無邪気な笑みを浮かべて言う。普通の女の子なら「しっかり守る」なんて言われたら嬉しいのかも知れないけれど、シュヤクが自分を「守らなければならない存在」と認識している事実に、アタシはキュッと拳を握る。
違う、これはアタシの望んだ結果。だからアタシはこれを受け入れるべき。そしてそのためには……確かにあそこに行くのがいい。
「はぁ、わかったわ。ならしっかり守りなさいよ?」
「おう! それじゃ放課後、いつもの所に集合な!」
ため息交じりに答えたアタシに、シュヤクがそう言って立ち去っていく。気づけば持っていたチラシはグシャグシャに握られていて……ああ、これはもう駄目ね。
「ホント、駄目ね……」
空に輝く太陽を背に、アタシの呟きは黒く濃い影の中へと吸い込まれていった。





