賢しらぶって諦めるのを、「大人になった」とは言いたくねーんだ
そうしてリナがいなくなってから二週間。俺達はメンバーを一人欠いたまま、今日もダンジョンに潜り続けていた。幸か不幸か戦闘にも探索にも支障はなく、その日も無事に戦闘を終えると、俺達はダンジョンの隅で一息ついていた。
「ふぅ、これなら二三階でも十分戦えそうだな」
「そうですね。砂漠のマッピングも大分慣れてきましたから、もう少しペースをあげても大丈夫だと思います」
「クロも大分罠を見破れるようになったニャ。もう流砂には引っかからないニャ!」
「…………」
会話する仲間達を前に、俺は無言で砂の上に腰を下ろす。するとそんな俺を見て、アリサが声をかけてきた。
「どうしたシュヤク? さっきから黙り込んだままだが」
「ん? あーいや、別に……強いて言うなら、新しいメンバーをどうしようかと思ってさ」
「ふむ? 今は不足を感じていないが、この先更に敵が強くなることを考えると、フルメンバーにする方が望ましいのは確かだな」
「かといって、オーレリアさんやセルフィさんを正式に誘うわけにもいかないですよね? それは流石にモブローさんに申し訳ないですし……」
「シュヤクは誰か心当たりがあるニャ?」
「うーん、あるって言えばあるんだが……」
俺の脳内に浮かび上がってきたのは、一〇人のサブヒロイン達。そのなかには交流が進むとパーティメンバーとして連れ歩ける人物も混じっている。
だが現段階では、俺はその子達と出会ってすらいない。「ハーレム絶対阻止!」というリナの趣旨に沿ったのもあるし、俺自身もこれ以上女関係で振り回されたくないという思いがあったから、関係を持つサブヒロインは必要最低限にとどめ、残りとはあえて会わないようにしていたのだ。
そのフラグを今から回収して交流を持ち、好感度を上げて仲間にする? できなくはないだろうが、それをするくらいならもっといい人物がいる。
「来年……だから、あと半年くらいか? そのくらいして入ってくる新入生に、仲間にスカウトできそうな心当たりがあるんだよ。だから今年は『久遠の約束』の探索を緩めにやって、来年その子が入ったらまた本格的な攻略を始めるって感じにしようかと思ってるんだ」
「ほう? ちなみにそれはどんな人物なのだ?」
「アナ……えーっと、あれだ。ちょっと子供っぽくて我が儘なところもあるけど、根は素直でさみしがりな女の子だな」
アナスタシアは王女なので、名前を言ってしまうと色々とマズいことがある。なので適当に誤魔化す俺に、ロネットが呆れたような顔をする。
「また女の子なんですね……まあシュヤクさんなのでわかってましたけど」
「シュヤクは本当に節操がないニャー」
「うるせーよ! 俺だって好き好んで女ばっかりパーティに入れてるんじゃねーって!」
「なら何故男を誘わないのだ? クラスメイトでも先輩でも、生徒の半分は男なのだぞ?」
「それは……何かこう、インスピレーション? あ、こいつはやるな? っていうのを感じるのが、たまたま女ばっかりだったってだけさ」
まさか「ゲームのヒロインキャラなんだから、そりゃ全員女だろ」などと世界の裏側をぶっちゃけるわけにもいかない。苦し紛れの言い訳をする俺に、アリサが腰を曲げて顔を近づけてくる。
「ふぅん? ま、好きにするといい……だが火遊びは程ほどにな」
「何もしねーっての! 実際誰にも何もしてねーだろ?」
「そうだな。私としては節操なくというのでなければ、少しくらい手を出してくれた方がいいと思っているのだが」
「そうですね。後腐れなく経験を積むということであれば、お勧めの相手がここにいますよ?」
「……それは後腐れがないんじゃなく、後に退けなくなるやつだから遠慮しとく」
ニッコリ笑うロネットの笑顔が、果てしなく怖い。あーでも、ゲームのロネットエンドは卒業後に親父さんのところで修行して、二人でアンデルセン商会を世界最大の商会とするべく盛り上げていく……みたいな感じだったっけ? それはそれでちょっと面白そうではあるけど、まあそれはそれとして。
「ところでシュヤク。パーティに誘うというのであれば、私にも一人心当たりがあるのだが」
「うん? そうなのか?」
アリサの申し出に、俺は軽く驚いた声をあげる。だがゲームならあり得ない展開でも、現実で普通に学生をやっているアリサに友人や知人がいるのは当然だ。ステータスの関係上それを受け入れることはないにしても、話くらいは聞かねば怪しいと俺が口を開くより早く、ロネットとクロエも言葉を重ねてくる。
「奇遇ですね! 実は私も一人、是非お誘いしたい人がいるんです」
「クロもいるニャ!」
「おいおい三人もか!? そりゃ流石に無理だぞ?」
「いえ、それは平気だと思いますよ? だって……」
「私達が言っているのは、おそらく同一人物だからな」
「そうじゃなかったら、逆にビックリニャ!」
「…………おい、やめろよ」
笑顔の三人に、しかし俺は声を落として俯く。せっかく割り切ったのに……諦めたのに、今更それはねーだろう。
「本人から相談されたんだぜ? アリサ達だって、リナから直接話を聞いたんだろ? なのになんで今更、他人の俺達がそんなことすんだよ!
そもそもアリサもロネットもクロエも、リナの言い分に納得したんだろ!?」
「ああ、そうだな。私はリナの決断を尊重する」
「私も、学生寮とかでは普通に会ってますから、正直今の状況でも以前とそれほど変化を感じていません。なので不満はないです」
「クロもニャ。ダンジョンは一緒じゃないけど、学園の広場で一緒にビラ配りするのとか、ちょっと楽しかったニャ」
「だったら――」
「だが、貴様は違うのだろう?」
苛立つ俺に、鋭いアリサの言葉が突き刺さる。思わず顔をあげると、そこにはまっすぐに俺を見つめる六つの瞳があった。
「リナがいなくなってから、シュヤクはずーっとピリピリしてるニャ」
「いつもどこか落ち着かない感じで……それに気づいてますか? あれからシュヤクさん、全然笑わなくなってますよ?」
「俺が? ハハハ、冗談言うなよ。ほら、今だって……」
「そんな愛想笑いが貴様の笑顔であるものか」
「はは……ははは…………」
正面から指摘されてしまったことで、俺の心の鎧がガラガラと崩れていくのを感じる。そうして殻を失えば、大人の自制心で押し留めていた感情が溢れて零れて流れていく。
ああ、そうだ。俺はリナと一緒に冒険がしたかった。ステータスとかそんなのどうでもいいから、最後まで一緒に走り抜けたかった。どれだけ深く押し込めたって、その気持ちがなくなることはない。
「だが不甲斐ないことに、私にはリナを説得する手段がなかった。誰かを守って戦うには、私はまだまだ未熟過ぎるし……何よりそんな戻り方を、リナは望まないだろうからな」
「強力な武具を用意できればとも思ったのですが、私の権限で手に入るものだとそこまでの品はなくて……すみません」
「でもシュヤクなら、きっとどうにかできるニャ!」
「…………」
信頼……いや、確信に満ちた目で見つめられ、俺は言葉を失う。
そりゃ今までだって、俺は様々な問題を解決してきた。だがそれはあくまでゲームのシナリオにそう定められていたからであって、俺はその流れに乗っていただけにすぎない。
だというのに、こいつらは俺を信じている。俺なら何とかできると、ただ一片の疑いすら持っていない。
冗談きついぜ。いくら主人公様だからって、モブキャラのステータスなんてどうしようもない。主人公の有り余っているステータスを譲渡でもできりゃ別だが――
「……………………あれなら」
「シュヤク?」
訝しげな声をかけてくるアリサを手で制し、俺は自分の中に浮かんだ突拍子もない可能性を精査していく。ゲームでなら絶対に無理だった。だが現実なら……?
「……一つだけ、思いついたことがある。かなり危険が伴うし、皆にも死ぬほど迷惑かけるし、絶対上手くいくなんて保証もねーけど……それでも…………」
「皆まで言うな。貴様にもリナにも何度も世話になっているからな。私にできることなら、全力で力を貸そう」
「私もです! シュヤクさんは勿論、モブリナさんも大事なお友達ですからね」
「クロも頑張るニャ! サバ友は永遠なのニャ!」
「お前ら……ったく、お節介な奴ばっかりだぜ」
泣きそうなくらい嬉しいが、礼は言わない。感謝の言葉を口にするのは、全てをやりきった一番最後だ。
だから……やってやる。見てろよリナ、今までは散々振り回されてきたけど、今度は俺が我が儘を押しつけてやる番だ!





