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どうやら今回も助かったらしい

「……あー、既視感のある光景だな」


 目覚めた俺が最初に目にしたのは、いつかも見た保健室の天井だった。ボーッとする頭で思った事をそのまま口にすると、すぐに周囲から声があがる。


「シュヤク! 気づいたのか」


「アリサ……はは、また迷惑かけたみてーだな。悪い」


 ちょっと前、ジェイク……だったっけ? 薬草関連で犬獣人と揉め、フルボッコにされた挙げ句ここに寝かされていたことを思い出し、湧き上がる羞恥心を誤魔化すように言う。するとベッドサイドに腰掛けていたアリサが苦笑しながら首を横に振った。


「気にするな。助け合ってこそのパーティだろう? それとも貴様は、私が負傷したらその場に放り出して逃げるのか?」


「まさか! どんなに重くたって連れて行くさ」


「ほほぅ? それはつまり、私が非常に重いということか?」


「勿論。命を預けるに足る重さだ。軽かったら逆にビビるぜ」


「フッ、こやつめ」


 アリサがペシッと俺にデコピンを決めてくる。その優しい衝撃は、俺が生きている何よりの証だ。


「そういや、今回はアリサだけか? 他の皆は?」


「クロエはそこにいるぞ」


「えっ!? あー……」


 言われて寝返りを打つと、アリサが立っているのとは逆側のベッドの上……というか布団の上で、クロエが丸くなって眠っていた。


「何で布団の上で寝てるんだ? 普通に寝りゃいいだろうに」


「あれは私が寝かせたのだ。貴様を背負っている関係上、魔物や罠に出くわしたら致命的だからな。クロエは慣れない環境であればこそ全身全霊をかけて集中し、私達を安全にダンジョンの外まで導いてくれた。


 だがそのせいで相当に精神をすり減らしていたのだろう。貴様の治療を終え、もう大丈夫となったところで気が抜けたように寝てしまったのだ。流石に床に寝かせるのは忍びなかったから、それを私がベッドの上に運んだ形だな」


「そうだったのか。何ともクロエらしいというか……ありがとな、お疲れさん」


「フニャー……フニャー……」


 隣で静かに寝息を立てるクロエに、俺は心からお礼を言っておく。あとでサバ缶狩りにも付き合うとしよう。


「んで、ロネットとリナは?」


「ロネットはリナに付き添っている。だがリナは……」


「? 付き添い? まさかリナまで怪我したのか!?」


 顔をしかめるアリサに、俺は思わず身を乗り出して問いかける。だがアリサはそんな俺の体を押し留めると、静かにその口を開いた。


「いや、そういうことではない……シュヤク、貴様自分がどうしてこんな状態になったかは覚えているか?」


「うん? どうしてって……俺が油断して魔物の攻撃を食らっちまったからだろ?」


「そうだな。だがリナは、どういうわけかそれを『自分のせいだ』と言って、酷く取り乱しているのだ」


「はぁ? 何で?」


 確かにあの状況、リナの魔法でデザートスコーピオンを倒せていれば、俺が怪我をすることはなかっただろう。だがそれは俺の読み違いであって、リナはきっちり自分の仕事をしてくれた。それを褒めることはあっても、責めるつもりなどこれっぽっちもない。


 そしてそれは、アリサも共通の認識のようだ。小さく肩をすくめてから、更に話を続けていく。


「私にもわからん。ロネットからも話を聞いているが、私としてもリナの行動に落ち度があったとは思えんのだ。だが私やロネットがどれだけそう告げても、リナ本人が納得しないのではどうしようもない」


「む、それは…………」


「だからまあ、あれだ。元気になったなら、貴様がリナに声をかけてやってくれ。また貴様に頼ることになって申し訳ないが」


「はは、何言ってやがる。今まさに世話になったところなんだから、そのくらいお安いご用だ。そもそも俺だって気になってるしな」


「そうか。では頼んだぞ、シュヤク。私はそろそろ寮に戻ろう。ほらクロエ、お前もいい加減起きろ」


「フニャ!? クロのサバ缶は何処にいったニャ!?」


「きっと夢の世界を泳いでいってしまったのだろう。早く自室に戻らないと、もっと自由に泳ぎ去ってしまうぞ?」


「それは大変ニャ! ならクロはすぐ帰る……あ、シュヤクが起きてるニャ!?」


「おはようクロエ。逃げてったサバ缶はあとで俺も一緒に取りにいってやるから、今日はもう帰って寝とけ」


「やったニャー! それじゃ、また明日ニャ!」


「また明日だ、シュヤク」


「おう、またな」


 二人を笑顔で見送ると、俺は改めてベッドから起き上がり、軽く体を動かしてみる。うーん、やっぱり何処にも異常がない……そしてその事実がちょっと怖い。マジで即死しなけりゃ何でも治るんじゃねーか?


 あーでも、学生じゃなかったら治療費がいくらかかってるかわかったもんじゃねーしなぁ……ファンタジー世界でも容赦ない格差社会。怖いねぇ。


「っと、しまった。リナが何処にいるのか聞いときゃよかった」


 これがギャルゲーなら簡易マップが表示され、何処にどのキャラがいるか一目でわかったんだろうが、残念ながらプロエタには……そして何より現実にはそんな便利機能は搭載されていない。


 というか、ふと窓の方を見ると、外は既に暗い。何だよもう夜かよ! ならリナも女子寮にいるのか? うーん、できれば早い内に会って話をしたいところではあるが、流石に夜に女子寮を訪ねるのはなぁ……


「…………よし、明日にしよう!」


 ひとしきり悩んでから、俺はそう結論を出して保健室を後にした。余程の緊急事態ならともかく、流石にちょっと気になるからという理由で夜に女子寮は訪ねられない。リナが完全に一人というならともかく、ロネットがついていてくれていることだしな。


 ということで、俺はそのまま夜の学園を歩いていったわけだが……


「ん?」


 ふと視界の片隅に、黒い影が映った。その正体が不審者か警備員か、どちらにせよ俺には関係ないことだが、何とはなしに気になって、俺はその後をついていく。


 すると黒い影は迷うことなく学園の中を進んでいき、俺達がいつも集まっている広場で立ち止まった。瞬間空を覆っていた雲が晴れ、月明かりが黒い影を照らす。


「……リナ?」


「えっ!? シュヤク!?」


 思わず声をかけてしまった俺に、リナが猛烈に驚いた様子で振り向く。だがすぐに俺の側によってくると、しげしげと俺の体を見回し始めた。


「ちょっ、何でアンタこんなところをフラフラしてるのよ!? 大丈夫なの!?」


「ああ、もう平気だぜ。リナだってこの世界の医療……医療? とにかくファンタジーの力くらいよくわかってるだろ?」


「そうだけど…………はぁぁ」


 おどけた調子で言う俺に、リナが大きくため息を吐く。そのまま近くのベンチに腰を下ろしたので、俺もその隣に座った。


「うわ、すっごい星空。さっきまで曇ってたのに……」


「だな。日本じゃお目にかかれない光景だ」


「あー、そう言われるとそうね。アタシはここで目覚めてからもう何年も経つから、そろそろそういう感覚も薄れちゃってるけど」


「そうなのか? まあ、そうか……」


 俺がシュヤクとして目覚めて、およそ五ヶ月。まだまだ日本人としての記憶や意識の方が強いが、このままここで何年も過ごせば、そっちが当たり前になるのは時間の問題だろう。


「そうだよな。俺達はこの世界で生きてるんだから、そうなるよな」


「そうね。今はこれが現実なんだから、アタシもいい加減現実を受け入れないとね……


 ねえ、シュヤク?」


「うん?」


「アタシ、パーティ抜けるね」


 真っ白な月の光の下、リナはそう言って真っ白な笑みを浮かべた。

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