別に油断してたわけじゃねーんだけどなぁ
そうして満を持して踏み出した、二一階の探索。だがそれは俺が思っていたよりも、ずっと困難な道のりだった。
「フニャッ!?」
「おっと、危ない」
突然足下に出現した流砂に飲まれそうになり、アリサがクロエの腕を引く。音もなく渦巻く砂は結構な勢いでへこんでいくも、すぐに同じ勢いで盛り上がり、ほんの一〇秒ほどで他と変わらない砂の大地へと戻っていった。
「大丈夫かクロエ?」
「助かったニャ。アリサ、ありがとうニャ」
「まだ見分けるのは難しいか?」
アリサに礼を言うクロエに声をかけると、クロエは尻尾をクニャリと曲げながら難しい表情になる。
「難しいニャ。砂漠なんて初めてだから、どうやって罠を見分けたらいいのかがわからないニャ。
それにどうやって解除したらいいかもわからないニャ。というか、これは解除できるものなのニャ?」
「どうだろうな? 一応ダンジョンの罠だから、無効化する手段くらいはありそうだと思うんだが……」
自然現象としての流砂は、下に空間があって砂が流れ落ちるとか、あるいはアリジゴク……ウスバカゲロウの幼虫がいい感じに作ってるとか、そういう原因と結果があるものだ。
だが今の挙動からもわかるように、少なくともこの階層の流砂トラップは一般的な物理法則とは違う力が働いている気がする。少なくとも俺にはこれを解除する方法なんて見当もつかない。
「魔法的な力が働いているなら、オーレリアさんがいればわかるかも知れませんが……」
「クロは魔法なんて使えないニャ」
「だよなぁ。ならまあ、全員で気をつけるしかねーだろ」
まさかゲームのように、ダメージ覚悟で強引に突破するなんてことはできない。高密度の砂に飲まれて全身を締め上げられたら、よくて骨折だからな。レベルがあがって……というか実家の研究が進んでロネットの回復ポーションの効果もあがっているが、流石に骨折を瞬時に治すほどの効果はない。
つまり、大怪我をしたら負傷者を庇いながら撤退しないといけないわけだ。あまりにも当たり前の結論だが、未だにどっかズレてることのある俺やリナ、モブローなんかはしっかり自覚しとかねーと駄目な部分だな。
「ニャニャ! 前から魔物が来てるニャ!」
「おっと、お客さんか」
と、そんなことを考えていると、今度は魔物がやってきたようだ。ズザッと砂の床からせり上がってきたのは、一メートルくらいあるでかいサソリ。
「デザートスコーピオン三! 私が受ける!」
後衛組が下がるなか、アリサが一歩踏み出して盾を構える。するとそこに大きな爪が振り下ろされるが……
ガンッ!
「フフッ、何だか軽く感じるな」
余裕の顔で言うアリサ。デザートスコーピオンの方がレベル的には上なんだが、単純な攻撃力はレッサーストーンゴーレムの方が上だからな。あっちをガンガン食らいまくった経験があるおかげか、砂の足場でもアリサの体勢は揺るがない。
これなら通常攻撃は大丈夫だな。あとは……っ!
「アリサ、それは食らうな!」
「むっ!?」
俺の言葉に反応し、尻尾の刺突をアリサが咄嗟に受け流す。すると尻尾の先端がガリガリ擦れた盾の部分から、嫌な臭いと共に白い煙がわずかに舞い上がった。
「盾が!? 毒があるだろうとは思っていたが、腐食性の溶解毒なのか!?」
「細かいことは知らん! だが下手な盾だと貫通される可能性があるから、尻尾だけは正面から受けたら駄目だ」
「わかった! ならばクロエ!」
「名誉挽回しちゃうのニャ!」
アリサが一歩下がると、代わりにクロエが飛び出す。そこを目がけてデザートスコーピオンが尻尾を繰り出したが、クロエはひらりと余裕を持って回避する。
「ふふーん、当たらないニャー!」
「振り回す線の攻撃と、ハサミを押しつけてくる面の攻撃もあるから油断すんな! んじゃ俺も――」
「キャッ!?」
「ロネット!? チッ、バックアタックか!?」
悲鳴が聞こえて振り返ると、背後の砂が盛り上がり、新たなデザートスコーピオンが姿を現した。慌てて駆け戻ると、俺はロネットとリナを守るように剣を構えて立つ。
敵は二体で、こっちは三人。前衛は俺一人だけだが、この戦力差ならどうにでもなるだろう。
「俺が引きつける! 二人は援護を!」
「了解!」「わかりました!」
いい返事が聞こえてきたので、俺はそのままデザートスコーピオンに向かって踏み込む。振り下ろされるハサミの一撃をステップで避け、距離感を狂わせる勢いでまっすぐ向かってくる尻尾の針に……ここだ!
「えいっ!」
ガキン!
刺突を正面から斬って防ぐなんて、俺の技量じゃとても無理だ。だが通常攻撃がかち合うことで発生する、ゲームの仕様である「カウンター」ならその限りではない。
システム上は大丈夫でも明らかに力負けするような相手に試そうとは思えなかったが、鋭くはあっても重くはないこいつの攻撃くらいならいけるだろうという俺の読みは、どうやら当たってくれたようだ。
「リナ!」
「ミード・ウォーターボルト!」
カウンターの衝撃によりノックバックしたデザートスコーピオンに、リナの水魔法が炸裂する。よし、これで一匹! 残るは――
「シュヤクさん!?」
「ん? なっ!?」
「ギシャァァァ!!!」
リナの魔法を食らってなお、デザートスコーピオンは倒れなかった。不意を突かれた俺の脇腹に、大きなハサミがぶち込まれる。
「ぐふっ!?」
「何で!? 水は弱点でしょ!?」
「今ポーションを……」
「いい! それよりもう一匹を仕留める……っ!」
驚くリナと駆け寄ってこようとするロネットを制し、俺は死にかけだった一匹に返す刀でとどめを刺すと、残った一匹に向き合う。ズキズキと痛む脇腹が意識を手放せと訴えかけてくるが、同時にこの痛みがあればあと少しくらいは戦えそうだ。
「えいっ! やあっ! たあっ!」
自力なら苦痛でブレるだろう剣筋も、脳内ボタンを押してやれば関係ない。内心の悲鳴を噛み殺せば、俺の体は普段と変わらず動いてくれた。ただ細かい狙いをつける余裕はなかったので、その攻撃はデザートスコーピオンの硬い外殻に防がれてしまう。
だが、それでいい。とどめを刺すのは俺の役目じゃない。
「今だ!」
「あ、う…………」
「リナ!」
「み、ミード・ウォーターボルト!」
再度の呼びかけに、リナの手から水の太矢が迸る。それは今度もデザートスコーピオンに命中したが……やはり今度も一撃では倒せない。
「えいっ!」
だが今度はそれを見越して、ロネットもポーションを投げていた。追加の一撃は明らかにリナの魔法よりも大きなエフェクトを発生させ、今度こそデザートスコーピオンをダンジョンの霧に変えた。
「ふぅ、何とかなったか…………っ」
「シュヤクさん!」
「シュヤク!」
うわ、何だ? スゲー脇腹痛い。何で……って、そうか。自力じゃ動かせない体を無理矢理動かして剣を振ったんだもんなぁ。
でもそれにしたって、脇腹に一発くらった程度で大げさじゃね? そんなに酷い怪我になるわけ……
「マズいな、呼吸が速い。折れた肋骨が内臓を傷つけている可能性が高そうだ」
「すぐ回復ポーションを! シュヤクさん、飲んで! 飲んでください!」
あれ? 何か世界が横向きになってね? 俺倒れてる? 飲みゃいいのか? ん? 何か飲み込めない?
「ロネット、やめるニャ! 無理に飲ませると胸に水がいって、陸溺れになるニャ!」
「私が背負って運ぶ! クロエ、先導を! ロネットは……リナを頼む」
「うぶっ!?」
俺の体が揺れた瞬間、理解できない強烈な衝撃が襲ってくる。痛い? 苦しい? わからん。もう何もわからん。舌先に感じる鉄錆の味だけが、俺の意識を現実に繋ぎ止めている。
「アタシのせいだ。アタシのせいだ。アタシの……」
「モブリナさん、大丈夫。シュヤクさんは大丈夫ですから……だから落ち着いてください」
「急ぐぞ」
「ロネット、地図貸すニャ!」
声が、光が、何もかも遠い。そう言えば前にもこんなこと……あれはいつの、何だったっけ?
ああ、遠い。意識が、記憶が、全てが遠い……
悪いな、ちょっと……寝かせてもらうぜ…………