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見えすぎるってのも、それはそれで大変だよな

「おー、こりゃまた壮観だな」


 ということで、明けて翌日の九月二日。俺達が満を持して「久遠の約束」の二一階に降り立つと、そこにあったのは何処までも広大な砂漠であった。


 一見すれば壁もなく、限界など感じられない高い青空はまるで外の世界のようだが、振り向いたところに見える明らかに不自然な上り階段が、ここがダンジョンであることを明確に現していた。


「二一階層からは砂漠なのか。随分と見通しがいいが……だからこそどっちに進んでいいのかわからんな」


「盛り上がってるところが壁で、へっこんでるところが通路だって言われたニャ」


「なるほど、それなら迷わなくてすみそうですね」


 その光景を前に、アリサ達もまた口々に感想を述べる。とはいえ通路と壁の差は精々三〇センチくらいなので、普通に歩く分にはともかく、戦闘などになるとうっかり踏み越えてしまいそうではある。


「ふーん、現実だとこういう感じなのね……あっつ!?」


「リナ? お前何やってんだ?」


 と、そこで突然リナが変な叫び声をあげた。見ればリナが右手を猛烈にヒラヒラさせ、フーフーと息を吹きかけている。


「ほら、二〇階までの森の壁は入ったら駄目だったでしょ? こっちはどうなのかなと思ったんだけど……シュヤクもちょっとやってみなさいよ」


「えぇ? 痛い目みるのわかってるのに?」


「ふむ。うっかり踏み越えてしまう可能性を考えれば、事前に体験してみるのは悪くないな。なら……ぐっ!?」


 俺が嫌な顔をしていると、代わりにアリサがそっと壁……というか、砂が少しだけ盛り上がっている方に手を伸ばす。するとすぐにその表情が苦悶に歪み、素早く手を引き戻した。


「アリサ!? 大丈夫か!?」


「ああ、平気だ。しかしこれは……」


「チッ、仕方ねーなぁ……ふぁっ!?」


 アリサまで試したなら、俺も試さないわけにはいかない。何もない空間にそっと手を伸ばすと、壁と通路の境界と思われる場所を越えた瞬間、まるで焼けた鉄板を押しつけられたようなジリジリとした激痛が指先を襲った。


「あっ……ぐぉぉ……なるほど、こういう感じか」


「あの、これ私もやった方がいい流れでしょうか?」


「クロは嫌だニャ。やらないニャ」


「ははは、いいよやらなくて。どうもここは、壁判定のところだけ気温がとんでもなく高いみたいだ」


 俺の体感だと、夏場にクソほど熱くなった車のボンネットくらいの温度だろうか? 一瞬でそれなのだから、もっと深く、もっと奥まで移動したとしたら、多分もっと熱くなるのだと思う。


 そうか、ゲームでの「見えない壁」を、今度はこういう表現にしたわけか。これを無理矢理突っ切ったら、あっという間に焼き人間……うむ、間違いなく「壁」だ。こんなの通れる気がしねーからな。


「ちょっと壁に入り込む程度なら、多分条件反射で体を引っ込めちまうと思うけど、うっかり転んで壁側に倒れ込んだりすると大やけどするかも知れねーから、全員できるだけ通路の中央付近を歩くようにしてくれ。


 まあ見た感じ道幅は結構あるから、よっぽどヘマしなきゃ平気だとは思うけど」


「うむ」「了解ニャ!」「わかりました!」「オッケー」


 俺の言葉に、他の四人がそれぞれに頷く。ちなみにへこんでる部分……つまり通路の幅は、上階よりも広く五メートルほどはありそうだ。壁際に安全マージンをそれぞれ一メートル取ると中央部分は三メートルとなるが、それなら今までの階層と同じ広さなので、戦闘時の動きを変える必要がなさそうなのはありがたい。


「ところでシュヤク。この階層にも罠はあるニャ?」


「うん? あー、数は少ないけどあるとは思うぜ?」


「どんなのニャ? クロは砂漠の罠なんて見当もつかないニャ」


「そっか、そりゃそうだよなぁ。えーっと……」


 クロエの問いに、俺はしばしかつての記憶をかき回す。日本にいた頃はあえて思い出すこともなくなっていた「プロエタ」の記憶を、この世界に転生したことで頻繁に思い返すようになった。だが元から曖昧になってしまっていた部分に関してはどうしようもない。


 なので必死に頭を捻っていると、横からリナが助け船を出してくれた。


「この階層の罠は、足を取られる流砂とかね。単に移動を阻害するだけなのと、落ちたら抜けられない底なし流砂の二種類があったはず。あとは魔物が砂の中に潜んでて、不意打ちしてくるとかかしら?」


「あー、そうだった! 確かそんなだったよな」


 上の階が蔦を使ったスネアトラップや矢の代わりに種を飛ばしてくるようなものだったように、ここもまた環境を生かした罠が設置されているんだった。うんうんと頷く俺の前で、クロエもまた腕組みをして考え込む。


「フニャー、見つけるのが大変そうなのニャ。でもまあ、何とかするニャ」


「頼むぞクロエ。戦闘中に足を取られるのは致命的だからな」


「底なし流砂は怖いですね。ジワジワ沈んでいくのは、一気に落ちるより怖そうです」


「だな。クロエに任せっきりにしないで、俺達もしっかり気をつけようぜ」


 ゲームだとダメージで済んだはずだが、現実で頭まですっぽり流砂に落ちたら、普通に窒息して死ぬだろう。それに効果が終わったらぴょいっとキャラが飛び出してくることもないだろうし、何なら助けようと手を伸ばした方まで流砂に落ちてしまうことだって考えられる。


 うーん、そう考えると砂漠の罠もヤバいな。ゲーム的には移動阻害がウザいくらいでそんな脅威には感じなかったんだが、やっぱ現実だと違うよなぁ。


「では皆、慎重に進むとしよう」


「「「了解」」」


 アリサの言葉に、俺達は改めて砂の上に足を踏み出していく。足裏に伝わる感触は思ったよりも硬く、変に滑ったりもしない。この辺は普通の砂漠というか、砂とは違うようだ。


「凄く見通しはいいのに、誰もいませんね……これって本当に私達しかいないんでしょうか?」


「どうだろうな? 一年はともかく、二年とか三年ならこの辺まで来てるパーティは普通にいるんだよな?」


「今の時期だとまだ三年生しかいないんじゃない? かなり優秀な二年生でも、二〇階を抜けるのは二学期に入ってからって話だったし」


「それでも三年生はいるわけか。なら我々が見ている景色は、実際の景色とは違うのかも知れないな」


「クロは知ってるニャ! そういうのを蜃気楼って言うニャ!」


「おー、クロエは賢いなぁ」


「フニャー、照れちゃうニャ」


 俺が褒めつつ頭を撫でると、クロエが嬉しそうに尻尾を揺らす。リナが鬼の形相を浮かべたのですぐに手を離したが……いかんな、どうもクロエは俺の中でペット枠というか、見た目は普通に美少女なんだが、他意なしで可愛がっていい感じの存在になっているようだ。


「ゲフンゲフン……しかし蜃気楼か」


 ゲームにおける「見えない壁」は、それ以上移動できない場所であると同時に、その向こうが描写されないという意味でもあった。それが現実化したことで「通れないだけで丸見え」と変わってしまえば、ダンジョンの攻略難易度は大きく下がるし、距離によっては壁の向こうにいるパーティと会話できる可能性すらある。


 それはダンジョン側としては都合が悪いだろう。なので壁越しに見える景色は全て蜃気楼であり、実際には壁を挟んだ向こう側に誰かいたとしてもそれが見えることはなく、互いの音も聞こえないというのは納得出来る。


(砂丘の数で向こう側に通路があるかどうかわかるから、思ったより簡単に制覇できるかと思ったんだが、そんなに甘くはないわけね、はいはい)


 それを理解したうえで振り返って見てみれば、俺達が降りて来た階段がある方角には何も見えない。となれば壁越しの景色は実際のものと違うということで確定だろう。本当に視界を遮るものがないなら、空から伸びてる階段なんて、どっから見たって見えるはずだからな。


「うぅ、マッピングが凄くやりづらいです……」


「頑張ってロネット。アタシも手伝うから」


 見えすぎるほどに見えるのに、見えているものが真実ではないと聞かされ、ロネットが眉根を寄せながら地図を書き込み、それをリナが助けている。そんな二人の姿に俺も内心でエールを送りつつ、俺もまた己の役目を真っ当すべく、警戒しながら最後尾を歩いていった。

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