閑話:責任の取り方
今回は三人称です。
「おいデルトラ! こりゃどういうことだよ!? お前の考えた作戦、全部駄目じゃねぇか!」
「キーッヒッヒッヒ! そうだよぉ! アタシなんて氷付けにされちまったんだよぉ!?」
「むぅ、申し訳ナーイ……」
通常の世界とは隔離された、豪華な一室。仲間達の怒りの声に、デルトラは自慢のヒゲをしんなりさせながら謝罪した。その原因は、勿論シュヤク達が自分の策を悉く無効化してしまったからだ。
「まったくお前らしくもねぇ。どうしたってんだ?」
「それは私の方が聞きターイよ……」
素直に謝罪するデルトラを見て、ガズが幾らか溜飲を下げて声をかける。しかしそれに答えるデルトラの表情は困り切ったもののままだ。
そもそも今回の作戦は、何重にも策を巡らせた完璧なものだった。まず第一段階であるガズの勧誘だが、ここでシュヤク達が乗ってきた場合、彼らには本当に、自分達が用意できる最強の武器を渡す予定だった。
だがそれは甘美な罠にして諸刃の剣。あらゆる敵を簡単に倒せる強力無比な武器はそれまでの命のやりとりを一方的な搾取と変え、最終的には作業にまで貶める。
その結果増長して好き放題するのか、あるいは全てに飽きて投げやりになるのかはわからないが、それがどんな形であっても「等身大の人間」ではなくなったシュヤク達は、デルトラ達にとって理想的な存在と成り果てたことだろう。
またそこで断られても、当然次の手がある。ダンジョンに干渉して出現させたゴーレムは、彼らからすると格下であるにもかかわらず、倒すのに苦労する魔物だ。その厄介さを実感させたところで、改めてガズを登場させるのだ。
ガズの貸し与える武器の強さに、シュヤク達は驚くだろう。だがすぐに取り上げられ、その力は夢幻と消えてしまう。
だが人間、一度楽を覚えてしまうとなかなか元には戻れない。「あの武器があれば」と不満を抱きながら戦い続けたところで、満を持してアルマリアが登場する。自分の「お願い」を聞いてくれれば、ガズが貸したのと同じくらいに強い武器を貸し与えるという話を持ちかけるのだ。
それを受けたならば良し。今後は事あるごとにアルマリアが顔を出して「お願い」でシュヤク達の行動を縛り、「強い武器」で人間性を失わせていけば、行き着く先は同じとなる。
対して断った場合、苦労して辿り着く最後のボスは、絶対に倒せない強敵だ。「あの誘いを断らなければ」という心の棘がシュヤク達の中に残り、彼らの間に不和の種を蒔くことで、次に繋げる。そういう隙のない計画だったのだが……
「自分で武器を調達してしまうのは、私としても盲点だったケード……何より問題なのは、ガズ。キーミがあの駒に大量に与えたアイテムダーヨ?」
「キーッヒッヒッヒ! そうだねぇ。馬鹿が馬鹿やって馬鹿みたいな力をやり過ぎたせいだねぇ」
「ゲッ、オデのせいかよ!? でもカイルの体とあのモブじゃ、基本スペックが違い過ぎる。あのくらいの力をやらなきゃ、対抗馬にはならねぇだろ!?
大体、あの野郎があっさり懐柔されるのが悪いんじゃねーか! オデの落ち度じゃねぇっての!」
「そうダーネ。だから私も反対はしなかったケード……それが今回の失敗を招いた一番の要因だったってことダーネ」
「……ケッ」
「キーッヒッヒッヒ! じゃあアタシが氷付けにされたのは何でなんだい? そっちの納得のいく説明が欲しいんだけどねぇ?」
「むぅ、それは……」
遺跡ダンジョンでの作戦が完全に失敗してしまったことで、デルトラは慌てて次の作戦を立てねばならなかった。 そこで思いついたのが、海で遊ぶシュヤク達に干渉することだ。
とはいえ、まさか遺跡ダンジョンでの作戦が全く何の成果もあげられないというのは、流石のデルトラでも予想外であった。故に海での作戦は単純なものにせざるを得ず、その内容は……アルマリアの魔法を用いて、ちょっとエッチなハプニングを連発させるというものであった。
一見すると急激に知能指数が下がったような内容だが、「現実ではあり得ないものの、ゲームではあり得る」という現象を頻発させることは、シュヤク達の存在をそちら側に傾ける力を引き寄せることに繋がる。「シナリオ通り」の世界を望む彼らにとってはそれこそが最適であり、決定打にはならずとも、そのきっかけを生み出すには十分な作戦であった。
故にあの時、アルマリアは水着でポロリ大作戦のため水中に留まり、一人魔力を練っていたのだが……
「……言い訳と指摘されればそれまでダーガ、まさか海で遊ぶために来た若者が、初手で海を凍らせるとは思わないダーロウ?」
「キヒッ……そりゃまあ、そうだねぇ」
苦り切った顔で言うデルトラに、アルマリアの一〇〇の目が全部まとめてしょっぱい感じに細められる。海に入るのを延期するくらいならまだ予想の範囲内であったが、まさかマギメタルゴーレムを倒す時に使ったのと同等のアイテムを同時に一〇個も使って海を凍らせるなど思うはずがない。
「しカーモ、それに捕らわれた君の魔力が干渉し、アイテムの効果が継続されるトーハ……それがなければ翌日には氷が溶けて、奴らも海に入ったと思うんだガーネ」
「それをアタシに言われても困るよぉ? 何せアタシはカチコチに凍らされた挙げ句、ずーっと助けてもらえなかったんだからねぇ」
「それこそ仕方ないダーロウ? 奴らの前に姿を晒すわけにはいかなかったカーラね」
もしシュヤク達がダンジョンから出てくれれば、その隙にアルマリアを助けることもできた。だが近くの洞窟に行った程度では、救助作業の音で気づかれたり、うっかり鉢合わせしたりする可能性が残る。
一度も姿を見せていないデルトラの存在をこんなところで知られるわけにはいかないし、かといってガズとアルマリアが繋がっているということを知られるのもまた、今後の作戦行動において大きな足かせとなってしまう。
一応ガズもアルマリアも当時人間型のアバターを身につけてはいたが、二人共キャラが濃いため、会話をすれば容易に同一人物だとバレてしまう。なので迂闊に行動できず、結果としてアルマリアを救出できたのは、シュヤク達が完全にダンジョンを立ち去った後であった。
「キヒィ……何だかアタシゃ疲れたよぉ。無視されたり凍らされたり、もう怒る気力もありゃしないねぇ」
「オデはまだ元気いっぱいだぜ。あいつらを叩き潰せって言うなら、いつだってやってやる!」
「それは本当に最後の手段ダーヨ。我々はあくまで影。表舞台に立ってしまえば……」
「そうだねぇ。まかり間違ってシナリオに巻き込まれたら、ぜーんぶ消えてご破算さぁ! キーッヒッヒッヒ!」
「……でも、それで上手くいくのか?」
「「……………………」」
それまでと違う落ち着いたガズの言葉に、デルトラとアルマリアが声を失う。今の世界が始まってからまだたったの四ヶ月半だが、既に世界がズレてきていることを、あるいはデルトラ達こそがもっともわかっているからだ。
「次はオデが行く」
「ん? またモブを使うのかぃ?」
「いや、オデだ。オデが直接行ってけりを付ける」
「それは流石に時期尚早じゃナーイかね?」
「キーッヒッヒッヒ! そうだよぉ。アタシ等が直接出向くのは、せめて三年目に入ってからでいいだろぅ?」
「甘ぇよ! 今のペースで世界がズレていったら、その頃にゃどうやったって元には戻らねぇだろ!
今だ! 今しかねぇ! 今ならまだどうにでもなる! だからデルトラ……」
「……わかった」
「キヒッ!? デルトラ、アンタ本気かいぃ!?」
本気のガズの言葉にデルトラが頷くと、アルマリアが驚愕で目を見開く。その瞬間予期せず大量の情報を取り込んでしまい、激しい頭痛に襲われたアルマリアは思わず顔をしかめた。
「ぐっ……ガズ、やめときなよぉ! アタシがちゃんとフォローしてやるから、またモブを造って送り込みゃいいだろうぅ?」
「駄目だ。あいつらに対抗するならモブローくらい気合いをいれた駒を造らなきゃだが、それまで取られたら更に状況が悪化する。
なぁに、オデが自分で出向くからにゃ、上手くやってやるさ。大船に乗ったつもりでいやがれ! ゲハハハハハハハハ!」
「ガズ……ふぅ、本当にアンタは言い出したら聞かないねぇ」
「私の全力で、君をバックアップしよう。だから思う存分やりたマーエ、ガズ」
「おう! オデの晴れ舞台、よぉくその目に焼き付けとけ! ゲハハハハ!」
辛そうな顔をするアルマリアと、決意を込めた目をするデルトラを前に、ガズはそういって高らかに笑い声をあげた。