やらかす奴は何度でもやらかすんだ
「まさか本当に海があるとはな……いや、貴様の言葉を疑っていたわけではないんだが」
「ははは、いいって。むしろ普通は信じねーだろうし」
驚きを露わに話しかけてくるアリサに、俺は笑ってそう答える。実際ここは出現したばかりのダンジョン、しかも入り口付近がアレで、ここに辿り着く通路もいい感じに隠れているので、少なくともゲームでは俺達が卒業するまでこの海の存在に気づく人物は一人もいない。
俺達が報告すりゃ別だろうけど、すぐに報告しちまうと来年から人でごった返す……どころじゃすまねーか? どこぞの商会だの貴族だのが絡むと面倒どころか入ることすらできなくなる可能性もあるから、ひとまずゲーム通り卒業くらいまでは独占させてもらうとしよう。
「それでシュヤク、サバ缶は!? サバ缶は何処に泳いでるニャ!?」
「いやだから、サバ缶は泳がねーよ! あとサバもこんな浅瀬にはいねーし」
「フニャー!? ここでサバ缶が手に入るって言ったニャ! シュヤクはクロに嘘をついたニャ!?」
「嘘じゃねーって……ったく、仕方ねーなぁ。ほら、あれ見ろ」
食ってかかってくるクロエに、俺は苦笑しつつ沖の方に視線を向ける。するとそこには小島があり、ちょうどこのダンジョンの入り口と同じように、その中央には盛り上がった大地とそこから続く穴がある。
「あそこは洞窟になっててな。中に入るとサハギンとかの魚人系の魔物が出るんだよ。それ倒せばサバ缶落とすから」
「サバ缶! すぐ行くニャ!」
「ええーっ!? せっかく海に来たんだし、まずは遊んでからにしようよー!」
「そうッスよ! 水着が自分を呼んでるッス! 露出全開でゴーッス!」
「海も興味あるけど、魔物の方も興味ある……悩ましい」
「ふふふ、水に入る前はちゃんと準備運動をしなければいけませんよ?」
「行くニャ行くニャ! すぐ行くニャー!」
「あー、だからまだ言いたくなかったんだが……」
騒ぐクロエに釣られ、洞窟に行きたい組と海で遊びたい組に分かれてしまう。どうせ両方行くつもりではあったのだが、洞窟は泳がなければ辿り着けない。スカベンジャープニョイムとの連戦を終えたばかりでもあるし、ならばしばらく海で遊んでからの方がいいのではと考えていたんだが、こうなってしまっては後の祭りだ。
「むー、こうなったらクロ一人でも先に行くニャ! サバ缶独り占めニャ!」
「でもクロちゃん、泳げないんじゃなかった? あそこまでどうやって行くの?」
「……フニャー。そうだったニャ」
何気ないリナの問いかけに、ピンピンに立っていたクロエの尻尾がしょぼんと垂れ下がる。するとそこでモブローが虚空に手を突っ込み……うわ、何かスゲー嫌な予感がするぞ!?
「モブロー、お前何する――」
「なら自分にお任せッス! いけっ、『神氷の小瓶』一〇連投ッス!」
「あーっ!?」
「キヒッ!?」
ビキビキビキーン!
何とも既視感のある光景と共に、モブローの投げた小瓶が海に着水する。すると周囲にとんでもない冷気が吹き荒れ、海の水があっという間に凍っていった……あと何か変な声が聞こえた気がしたけど、まあそれはそれとして。
「ふっふっふ、どうッスか? これなら歩いて洞窟まで行けるッス!」
「あー、やっちまったか……」
「馬鹿じゃないの! モブロー、アンタこれでどうやって水遊びするわけ!?」
「えっ?」
「流石に凍った海で泳ぎたいとは思えないな……風邪を引く程度では済まなそうだ」
「これは私の魔法でも溶かせない」
「あらあら、残念ですけど、今日は泳ぐのは諦めるしかありませんわね」
「えっ? えっ!? み、水着は!? キャッキャウフフしながら水の掛け合いとか、嬉し恥ずかしのポロリイベントとかは……!?」
「なしに決まってんだろ。あーこれ、明日には溶けるのか……?」
「モォォブゥゥロォォォォォォォォ!!!」
「ヒェェェェェェェェ!?!?!?」
情けない悲鳴をあげて逃げるモブローを鬼の形相を浮かべたリナが追いかける様を眺めつつ、俺は改めて海を見てみる。マギメタルゴーレムを仕留めたのと同じランクの消費アイテムの効果は絶大であり、生じた道は幅三〇メートル、長さは三〇〇メートルほどはあるだろう。観光名所としてなら満点だが、ここで泳ぎたいとは思えない……というか、物理的に泳げない。
とはいえ所詮は三〇メートル。普通ならちょっと横に移動すればいいのではと考えるところだが、残念ながらここはダンジョン。魔物が入ってこないセーフエリアはそこまで広くないので、下手に移動すると普通に水中にピラニアみたいな魔物とかが出ることがあるのだ。
そんなところで水着で泳ぐ? ハハハ、ご冗談を。モブローみたいにHPがありゃ大丈夫なんだろうが、俺達が同じ事をすると血まみれのスプラッタになってしまうので、この氷が溶けるまでは海はおあずけということになりそうだ。
「ぷごっ……ふぉ、ふぉんとうにもうしわけないっしゅ……」
「フンッ! 反省しなさい!」
と、そんな物思いに耽っていると、いつの間にやら追いかけっこは終了したらしい。泣き顔で正座するモブローに、リナがグリグリと拳を押しつけている。
「なあモブロー、それ痛いのか? お前HPがあるんだろ?」
「そりゃあるッスけど……うぎぎぎ、痛い! 痛いッス!」
「ふふふ、HPって割と抜け道があるっていうか、こうやって優しく接触してから力を入れると、ちゃんと痛いみたいなのよ。これならまたアンタがアホみたいなことを言い出しても、ちゃんとお仕置きしてあげられるわ」
「アッハイ、それは何て言うか、お手柔らかにお願いします……」
まさかHP貫通攻撃があるとは。同じ轍を踏むつもりはねーけど、それはそれとして気をつけよう……
「シュヤク、そろそろいいか?」
「ん? いいって……あー」
「クロエが限界だ」
「離すニャ! サバ缶がクロを呼んでるニャー!」
不意に声をかけられて振り向くと、今にも飛び出しそうなクロエをアリサが苦笑しながら押さえ込んでいた。洞窟内の魔物は今のクロエのレベルなら別に苦戦はしないだろうが、それでも一人で行かせるわけにはいかねーもんなぁ。
「こりゃ止められそうもねーし、仕方ねーから皆で洞窟行って戦うか」
「うぅぅ、皆の水着が見られると思ったのに……っ! チッ、使えねぇダサ坊が!」
「ヒッ!?」
リナの綺麗なヤクザキックに、モブローが悲鳴をあげる。HPがあるので痛くも痒くもないだろうが、そうわかっていても睨まれて蹴られたら怖いんだろう。
てか、前から時々思ってたんだが、リナのワードセンスは一体どうなってるんだろうか? ダサ坊とかリアルどころか漫画やドラマですら聞いたことねーぞ……?
「アァン? 何? アンタも何か言いたいわけ?」
「いーや、何も!」
「落ち着けリナ。如何に強力な魔導具とはいえ、海を凍らせた状態がそう長くは続くまい」
「そうですよモブリナさん。水が溶けたら皆で泳ぎましょうね」
「一晩寝たら魔力も回復する。そうしたら私も魔法で解凍を手伝う」
「あ、あの! 今更なんスけど、自分が炎系のアイテムを使ったら――」
「そんなことしたらクロが洞窟に行けなくなっちゃうニャ!」
「それに氷を溶かすほどの熱を出したら、今度は海水が沸騰してしまうのではありませんか? どちらかというとそちらの方が致命的な気がしますけれど……」
「使えねーなぁ! 本当に使えねーなぁオイ!?」
「わ、悪かったッス! もう蹴らないで欲しいッス!」
「やめとけよリナ。お前も今相当ヤバいオーラが出てるからな? ほら、皆もドン引きしてるから!」
「えっ!? あはは、やだなー! アタシなんてただの善良でか弱い女の子なのにー! キャハ!」
俺の言葉にヒロイン達の視線を受け止め、リナが変なポーズを決めて可愛さを全力アピールしてくる。今更そんなもんで誤魔化される奴はここにはいねーと思うけど……まあリナだからいいか。
「シュヤク! 早く! もう我慢できないニャ! クロまっしぐらニャ!」
「わかったわかった、行くって! それじゃ皆、モブローの尊い犠牲を無駄にしないためにも、洞窟に向かうぞ」
「「「オー!」」」
「出発ニャー!」
アリサが拘束を解いた瞬間駆け出したクロエを追いかけ、俺達は氷の道を渡り、小島の洞窟へと向かっていった。