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楽しんでくれてるなら何よりだ

「うぅ、臭いッス。汚いッス。このままじゃ汚名挽回しちゃうッス……」


「お前、そのネタはもう一億回は擦られた……いや、今回は間違いでもない、のか?」


 泣きながらスカベンジャープニョイムを駆除し続けるモブローに、俺もまた手を動かしつつ首を傾げる。こいつを倒し続ける限りは、臭い、汚いと言われ続けるのは間違いないからな。


「いくわよ、ミード・ウォーターボール!」


「合わせます! フリーズポーション、えいっ!」


「ミード・フリーズストーム」


「ピュリフィケイション! 状態異常はすぐに解除してしまいますわ!」


 なお、俺達はいじめっ子ではないので、戦っているのは勿論モブローだけではない。まあ色々迂闊な言動のせいで一番先頭で戦ってるのはモブローだが、俺達だってちゃんとスカベンジャープニョイムを倒しているのだ。


 何せ俺達のところには、このダンジョン中の魔物が集まってきてるからな。そしてそれこそが今回のクエストの肝。ここで一定数倒しておかないと、海で遊んでいる時に大変な事になるのだ。


 ゲームならほぼ初年度だけの楽しいアクシデントだが、現実でこいつらに纏わりつかれるのは絶対に嫌だ。だからこそ常識破りの二パーティ同時行動で、効率よく魔物を集めているというわけだな。


 ということで、近い未来の惨劇を避けるべく、俺達はひたすら目先の汚物を処理し続ける。そうして小一時間ほど戦い続けると、徐々に押し寄せてくる敵の数が減っていき……


「これで終わり……?」


「そうね。一区切りっぽい感じはするわね」


 オーレリアの呟きに、リナが答える。目に付く最後の一匹を倒し終えると、それに続くプニョイムの影はひとまず見当たらなくなった。


「ならシュヤク、一応あれ(・・)言っときなさいよ」


「あれ? ……ああ、あれか。んじゃ言うぞ。『ふぅ、どうやらこの辺の魔物は倒し尽くしたみたいだね』」


「おお! ゲームで聞いたことある台詞ッス!」


 ゲーム時代は無限エンカなので、魔物を倒しきることなどできない。なので必要な量を倒し終えると、主人公がこう呟くのだ。まあこっちは現実なのでこんなこと言わなくても一日に湧く魔物の量は限りがあるだろうし、言ったところで湧きが止まるわけでもないだろうが、そこはお約束ってやつだな。


「やっと終わったニャ? クロはもう三回くらいゲロゲロしちゃったのニャ……」


「大丈夫かクロエ? 外で待たせてやれればよかったんだが……」


 魔物は全部俺達に寄ってくるんだから、クロエ一人でも引き返してダンジョンの外に出ることは十分可能だろう。そして外に出てさえしまえば、ダンジョン内部の臭気が伝わることはない。


 だがゲームにおいては、この手のカウントフラグはダンジョンを出入りする度にリセットされていた。なのでクロエ一人が出たり入ったりした結果もう一度倒し直しになったり、最悪気づかずに海に行った結果、水着の状態でこいつらに襲われるという悲劇は避けたかったので、可哀想ではあったが少し離れたところで我慢してもらうことしかできなかったのだ。


「別にいいニャ。それにクロだけのけ者は寂しいのニャ。クロだって海に……皆と海に行きたいのニャ……」


「ウィンドストーム……これで少しはよくなった?」


「おおー……結構違うのニャ。オーレリア、ありがとうニャ」


「いい。もうあんまり魔力がなかったから、弱い風しか起こせなかったし」


「ふふ、そんななかでも仲間に気を使えることこそが素晴らしいのだ。私からも礼を言おう、ありがとうオーレリア」


「……別にいい」


「ウヒョごふっ!?」


「フンッ! ウヒョもごもご!?」


「はい、モブリナさんも少し黙りましょうね」


 クロエとアリサに感謝の言葉を告げられ、オーレリアが照れ顔をそっと反らす。何かアホなことを言おうとしていたであろうモブローの腹にリナのパンチがめり込み、アホなことを言おうとしたであろうリナの口をロネットが塞ぐ。実に素晴らしい連携にニコッと笑ってサムズアップを送ると、俺は改めて周囲を見回した。


 うむ、実にフラグっぽい台詞を口にしたにも拘わらず、新たなプニョイムは出てこない。ということは本当に狩り尽くしたんだろう。


「よし、マジで平気そうだな。ならそろそろ奥に行くか」


「フニャ!? ここより奥に行ったりしたら、もっと臭くなるんじゃないニャ?」


「大丈夫よクロちゃん。ダンジョンは不思議パワーで換気してるから、奥に空気が籠もったりしないもの」


「そうですね。おそらくここから遠ざかれば、その分臭いは弱くなるかと」


「ならすぐ移動するニャ! クロの鼻はもう限界を超えているのニャ!」


「うぉぉ、限界突破! 一度は言ってみたい台詞ッス!」


「モブロー? もう一回プニョイムに沈んで限界突破する?」


「……しないッス。自分に限界突破は一〇〇年早かったッス」


 オーレリアに睨まれ、モブローが大人しくなる。そこで俺は、そっとモブローに近づいて声をかけた。


「なあ、モブロー」


「何スか?」


「もしお前達が以前のままの関係だったら、多分オーレリアはお前に怒ったりしなかったと思うんだが……お前的には今と昔、どっちの方がよかった?」


「えっ!? えーっと……」


 俺の問いに、モブローが少しだけ考えてからその口を開く。


「正直、よくわかんないッス。でもなんか今の方が、生きてるって感じがするッス。だから今のままでいいッス!」


「はは、そっか」


 本音を言うなら、俺はモブローを現実に引き入れたことに、少しだけ引け目を感じていた。だってそうだろ? 心からゲームを楽しんでる奴に「それはゲームだから現実とは違う」と冷や水を浴びせるなんて、実に無粋なやり方だ。


 だからこの結果は、俺のエゴだ。俺が皆を人間として見て欲しくて、モブローに現実を押しつけただけだ。モブローが「現実なんて最悪だ! 俺はずっとゲームの世界に浸っていたかった」と嘆いていたなら、俺は大人として人間として、価値感を押しつけた責任を取らなきゃいけないと思っていた。


 だがどうやら、モブローはそれを受け入れ、現実を楽しんでくれているらしい。何だか安心したし、嬉しいとも感じてる。その自分勝手さに我ながら呆れちまうところだが……それでもこうして皆が幸せそうにしている姿が、俺にとってたまらなく嬉しいのだ。


『そうだね。僕も本当に嬉しいよ』


「……?」


「シュヤクさん? どうしたんスか?」


「あ、いや、何でもない」


 不意に誰かの声が聞こえた気がしたが、このダンジョンには俺達しかいないのだから、そんな声が聞こえるはずがない。またガズみたいな変なNPC……いや、通りがかりの一般人がいる可能性も考えたが、少し待っても人も魔物もやってくる様子はない。


「ちょっとシュヤク、いつまでボーッとしてんのよ! アンタが奥に行こうって言ったんでしょ!?」


「早く移動するニャ! クロは少しでも鼻を落ち着けたいニャ!」


「ほら、シュヤク」


「シュヤクさん」


 俺に向かって、アリサとロネットが笑顔で手を伸ばしてくる。そんな美少女からのお誘いを華麗にスルーして歩いて行くと、わざわざ戻ってきたリナが俺の尻を蹴っ飛ばしてきた。


「いってーな、何すんだよ!?」


「何となくよ!」


「む、なるほど。手を伸ばすのではなく、自分から掴みに行くべきだったか」


「あるいは掴みたくなるほど魅力的なものを手に乗せておくのもありでは?」


「サバ缶が乗ってたら、クロなら飛びつくニャ」


「自分なら何もなくてもむしゃぶりつくッス!」


「モブローは『待て』を覚えるべき」


「手は意外と汚いですから、不用意に舐めてはいけませんよ?」


「スゲーなセルフィ、今の台詞からその反応になれるのかよ……」


 セルフィの溢れ過ぎる母性に若干の戦慄を覚えたりしつつ、俺達は先へと進んでいく。もう魔物はいないし、落ちてる宝箱も大したものは入ってないので完全スルーし、正解と思われるルートを進むことしばし。ゲームで見覚えのある岩壁に辿り着くと、ジグザクに重なり合った狭い隙間を抜けると……


「おおー……」

「これは……」

「フニャー!」

「遂に来たわね!」

「凄いです!」

「やっと着いたッス!」

「…………」

「素晴らしい光景ですわ!」


「「「海だー!」」」


 臭くて狭い洞窟から一転、抜けるような快晴の空とそれを写した美しい海。その清々しい光景に、俺達は揃って声をあげるのだった。

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