少しは結果を考えてから行動しろよ!
とりあえずリナには、俺が思いついたいくつかの対策を教えておいた。正直あまり加担はしたくなかったんだが、変に暴走されても困るし、そもそもリナには随分と世話になってるから、放置するのも忍びない……いや、本当はもっと違う形で借りを返したかったんだが……まあ言うまい。
ということですっかり機嫌が直り、スキップしながら部屋を出て行ったリナを見送り、その後はしっかり休暇をとったり、酷使したバトルハンマーをミモザに見せたりと細々した雑用をこなしたりしてから、モブロー達と合流して改めて王都を出発。退屈な馬車の旅を終え、目的地近くまでは徒歩で移動していたのだが――
「ドスコイ!」
「ドスコイ!」
「ドドドスコイ!」
「「ごっちゃんです!」」
「ドスコイ!」
「ドスコイ!」
「バッチコイ!」
「ごっちゃ……あっ!?」
「ニャフフ、またセルフィの負けニャ!」
「うぅ、どうもこういうのは苦手です……」
「ドンマイッス、セルフィ! ちょっと抜けてるところも可愛いッス!」
「モブロー様……ありがとうございます」
「えっと、それはフォローなんですか?」
「モブローだから仕方ない」
「おーい、お前ら! もうそろそろ着くからな?」
リナの考えた何だかよくわからんゲームで盛り上がる仲間達に、振り返ってそう声をかける。実は俺も誘われたのだが、ああいうノリはどうも合わないので遠慮しておいた。
てか、あれを素面でやるとか、若いってスゲーなぁ……いやまあ、今は俺も同い年の一五歳ではあるんだが。
「ははは、楽しそうだな」
「そう思うならアリサも混じってきていいんだぜ? この辺は魔物もいなそうだし」
「そうもいくまい。それに私にもあれは無理だ」
「そうか? オーレリアがやれるならアリサもいけそうだけど」
「逆だ。やるとなったら本気で勝ちにいきそうでな。だがあの遊びは、そういうものではないのだろう?」
「あー、それは確かに」
ああいうのは勝ち負けなんてどうでもよくて、雰囲気を楽しむものだ。そこに本気で勝利を追求する人物が交じったら、そりゃ空気が変わっちまうもんなぁ。
「っと、シュヤク。ひょっとしてあれではないか?」
「ん?」
そんな会話をしていると、不意にアリサが前方の一点を指差した。その示す先にあるのは、こんもりと盛り上がった大きな岩と、そこに開いた黒い穴だ。まだ距離は結構あるが、周囲は特に何もない平原なので割と目立っている。
「うわ、予想の三倍くらい目立ってるな……それなのに俺達しかいねーのか」
「確かに不思議な話だな。新しいダンジョンを発見したとなれば、もっと人が集まっているのが普通だが……?」
俺の呟きに合わせて、アリサが軽く首を傾げる。何かゲーム的な力が働いている可能性もあるが……
「シュヤク、忘れたの? ここに出る魔物って、アレよ?」
「……ああ、そう言えば」
「あれ? 一体どんな魔物が出るんですか?」
「そりゃまあ、入ってみりゃわかるよ」
問うロネットに、俺は意味深な笑みを浮かべながら謎の穴……今回のクエストの目的地であるダンジョンの方へと近づいていく。それから全員で足並みを揃えて中に入ると、その瞬間強烈な臭気が襲いかかってきた。
「うぐっ! 覚悟してたけど、これは……」
「フギャー!? めっちゃ臭いニャ!? 鼻がもげ落ちるニャ!」
「これはまさか、毒ですか!? いけません、皆さん、すぐに避難を――」
「違う、毒じゃない」
慌てるセルフィの言葉に、オーレリアが顔をしかめて言う。皆が口元を覆うなか、オーレリアだけがあえてクンクンと鼻を動かし……
「……臭い」
「オーレリア? それは言わずとも皆わかっていると思うが……?」
「そうじゃない、アリサ。臭いけど、臭いだけ。刺激臭じゃなく、腐敗臭。不快なだけで有害じゃない」
「凄いッス! 流石はオーレリアッス! さすオーッス!」
「臭いだけで判別できるって、普通に凄いわよね」
「モブローとモブリナは、この臭いの正体を知ってる?」
「俺もな。説明してもいいけど、自分の目で確かめた方がいいだろ。どうせすぐ出てくるだろうしな」
そう言って、俺は先頭に立って歩き始める。ゲームではそんなことなかったんだが、現実において鼻の利く獣人であるクロエは、このダンジョンではおそらく役に立たないだろう。それにここは罠の類いはないはずなので、俺が先頭でも問題ない。
ということで、俺達は連れだったままダンジョンを進んで行く。本来ならこの人数が一緒に行動するのはマズいんだが、今回はフロア内の全部の魔物を倒す必要があるため、むしろ魔物が集まってきてくれた方が都合がいいからだ。
そうして歩みを進めれば、どうしてこのダンジョンに人がおらず、探索が進んでいないのか……その答えが向こうからやってきてくれた。
ベチョッ、ベチョッ……
「む、あれは……!?」
「ウンコが動いてるニャ!?」
「こらクロちゃん、女の子がそんなこと言っちゃ駄目よ」
「ですが、あれはそうとしか……」
現れたのは、べちょっとした茶色い塊。勿論ウンコではないが、大きな括りだと間違ってはいなかったりする魔物だ。
「マッドプニョイム?」
「残念。こいつはここにしか出ない魔物で、スカベンジャープニョイムだ」
泥のようにベチョッとしているが、その正体は腐肉や排泄物などのなれの果てである。通常のプニョイムが丸くつるっとしているデザインなのに対し、こいつは取り込んだモノが皮膚? から溢れてベチョッとしているため、見るからに汚い。
しかし、うーん……ゲームなら「何か汚そうな見た目してるな」くらいだったけど、現実だとダイレクトに臭くて汚くて、これは触るどころか近づくのも嫌だな……
「臭いッス! 汚いッス! こんなところまでリアルになるのはいらないッス! こんなの秒で瞬殺するッス!」
「あ、おい待て!?」
「食らえッス!」
俺が慌てて声をかけるも、間に合わずモブローが赤い何かを放り投げた。それが地面に落ちた瞬間、猛烈な炎が吹き上がる。黒焦げになったスカベンジャープニョイムはすぐにダンジョンの霧となったが、そこには強烈な置き土産が存在してしまう。
「ふがーっ!? 超臭いッス!?!?!?」
「だから待てって……ぐぅぅ……」
「皆さん、これを!」
ロネットが皆に素早く布きれを配ってくれたので、俺達はそれで口元を抑える。唯一床に倒れ伏すモブローだけは臭すぎて近づけず渡してもらえなかったようだが、自業自得なので仕方ない。
「ぐぇぇぇぇ……ぐざいっず、ぎぼじわるいっず…………」
「当たり前だ馬鹿! 何でよりによって燃やしたんだよ!?」
「だってこいづ、ゲームなら炎が弱点だっだっず…………」
「弱点を意識するほど強敵じゃねーだろ! それよりこんなの燃やしたらどうなるかを想像しろよ!」
確かにスカベンジャープニョイムの弱点は炎だ。モブローの消費アイテムなんてチートを使わずとも、オーレリアの魔法で焼き払ってしまえば簡単に倒せる。
だが想像して欲しい。腐った肉を火で焼いたりしたら、その悪臭は猛烈にパワーアップするのだ。ましてやそれが洞窟っぽい場所という閉鎖空間であったらどうなるか? その答えがこれである。
「ミード・フリーズストーム」
と、そこでオーレリアが冷気系の全体攻撃魔法を発動させてくれた。空気が冷えたことで、悪化していた悪臭がギリギリ我慢できるくらいまで弱まっていく。
「ふぅぅ、助かったぜ……」
「皆、大丈夫か?」
「クロはもう駄目ニャ。鼻がもげて落ちてるニャ」
「気分が悪いようでしたら、私が魔法を使いますので申し出てください」
「今なら新鮮な空気にお金を出せる気がします……」
「オーレリアちゃん、ちゅきちゅき! モブロー死すべし、慈悲はない!」
「ごめんなざいっず……自分もだずげてほじいっず……」
「モブロー」
床に倒れ込みピクピクしているモブローの前に、オーレリアが立つ。
「オーレリア……だずげてぐれるっずが……?」
「はぁ、全く仕方ない――」
「あ、このアングルだとパンツが見え――」
「ミード・フリーズ」
カキーン!
「……反省する」
まるでギャグ漫画のように氷付けになったモブローに対し、同情の視線は何処からも向けられなかったという……合掌。