あー、そういう感じっすか……
強敵を退け、更なる強敵を退け、そうして漸くお宝を手に入れた俺達は、無事に遺跡ダンジョンを脱出できた。ダンジョン前にて集まる俺達に、ヘンダーソンさんが改めて頭を下げてくる。
「本当にありがとうございました。皆さんでなければ、きっとこの成果は得られなかったと思います」
「お役に立てて何よりです」
「ははは、それは本当は私が皆さんに言わないといけない台詞なんですけどね」
「あー、確かに」
苦笑するヘンダーソンさんに、俺も同じように笑って言う。今回のサブクエは、活躍目覚ましい俺達パーティを後援したいと言ってくれる人との関わり……つまり本来俺達はお世話される側だ。
だが今回、俺達はダンジョン攻略に際して持ち出しで武器を新調しており、金額的には赤字だ。まあ唯一無二のお宝は手に入ったので狙い通りではあったのだが、「ヘンダーソンさんに後援された」という感じは薄い。
「でも安心してください。これからも私は全力で皆さんを後援……応援させていただきます! 金銭的な援助は難しいと思いますけど、未知の遺物の鑑定や問い合わせなんかは最優先で受け付けますし、私の発見したもので皆さんの仕事に有用そうなものがあれば、安価でお譲りさせていただきますので」
「そこはタダじゃないニャ?」
「す、すみません。私にも生活があるので……」
「無理言っちゃ駄目よ、クロちゃん」
「そうですよクロエさん。それにこういう関係は、どちらか一方が寄りかかるとあっという間に駄目になってしまいます。互いに適切な利益を与え続けることが、結果としていい関係を続けることになるんです」
「フニャー。何か難しいこと言われたニャ」
「以前の薬草と同じだ。一方的に全て毟ってしまえば二度と採取できなくなってしまうが、肥料を与えたりして世話をすればずっと手に入れられるだろう? 有用な遺物や魔導具という薬草を分けて貰う代わりに、金という名の肥料を渡して世話をする……どうだ?」
「おおー、それならわかるニャ! クロはおっちゃんを大事にするニャ!」
「「ははははは」」
拳を握って宣言するクロエに、皆が笑い声をあげる。何とも緩い空気のなか、ヘンダーソンさんが俺に向かって手を伸ばしてきた。
「というわけですから、シュヤクさん。それに皆さんも、これからも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
その手をグッと握り返し、他の皆も笑顔で頷く。それを確認すると、ヘンダーソンさんが地面に下ろしていた大きなリュックを背負った。
「それじゃ、私は近くの村に行って、そこから馬車で帰ることにします。皆さんはまだここに残るということでしたから、野営道具はそのまま使って下さい。大分ショボいですけど、追加報酬ってことで」
「いいんですか? ありがとうございます」
「いえいえ、構いませんよ。では皆さん、お気を付けて。またお会いしましょう」
「おっちゃんも気をつけて帰るニャー」
立ち去るヘンダーソンさんを手を振って見送ると、この場には俺達だけが残された。ということで、俺達は手際よく野営道具を片付けていく。
そりゃそうだ。ダンジョン経由のショートカット能力は流石に教えられねーから「もう少し潜りたい」と言っただけで、実際にはすぐ王都に帰るつもりだからな。
「断るのも不自然だからもらっちゃったけど、鍋とかテントとかって、言うほど安くないよな?」
「後ほど学園の方に遺物の買い取り金を持ってこられると思いますから、その時にお返しすればいいかと思います」
「そうね。それじゃ丁寧に片付けて、そしたら遂に……」
「海か」
アリサの呟きに、皆が目を輝かせる。だが不本意ながらも、その期待には水を差さざるを得ない。
「いやいや、流石に一日二日は休もうぜ? ボス戦までやったんだしさ」
「そうだニャ。ずーっと罠を調べまくってて、クロのおつむはお疲れなのニャ。柔らかいベッドでぐっすり寝たいニャ」
「むぅ、今すぐ海は行きたいけど、一応あそこもダンジョン攻略しないとだし、無理は禁物よね。まあいいわ、アタシにはこれがあるし……フフフ」
不気味に笑うリナの脇には、現代日本でワイシャツとかを買ったときに包んでいるような、パッツリした袋が抱えられている。真っ黒で見えないそれの中身が例の水着なんだろうが……ここまで厳重に隠蔽するって、マジでどんなデザインなんだ?
「んじゃ、俺達も帰るか」
「「「おー!」」」
野営道具をしっかり片付けると、俺達はもう一度ダンジョンに戻り、今度こそ王都の学園に帰還した。その後はとりあえず今日と明日を休日とし、俺はひとまずヴァネッサ先生に学園に戻ったことの報告と、ついでに海に行くための必須クエストである「謎のダンジョンを調査せよ!」を発生させておき、後は疲れを癒やすべく自室でゴロゴロしていたのだが……
コンコン
「ん? 誰だ?」
夕方。不意に部屋のドアをノックされ、俺は首を傾げながら起き上がる。クラスメイトのキールやハンスならノックなんてお上品なことをせずに飛び込んでくるはずだが……
「シュヤク、いるんでしょ?」
「リナ!?」
まさかの来客に、俺は驚きながらも部屋の扉を開ける。するとそこには小さな荷物を抱え、何やら困ったような表情を浮かべるリナが立っていた。
「どうしたんだよリナ。何かあったのか?」
「うん、ちょっと……ねえ、部屋に入ってもいい?」
「おう、そりゃいいけど」
俺は室内にリナを招き入れ、そのまま扉を閉める。するとリナは大事そうに荷物を抱え、無言のまま俺のベッドに腰を下ろした。
「……………………」
「あー、すまん。お茶の一杯くらい出せりゃいいんだが……」
「ううん、いいの。アタシが押しかけたんだし」
「そうか……で、どうしたんだ?」
物の本によると、こういうときに女にいきなり本題を問うのは駄目らしい。が、俺は別にリナを口説きたいわけじゃないので、そんなのは気にせず問う。するとリナが抱えていた袋を、徐に俺に差し出した。
「? これって、例の水着が入ってた袋だろ?」
「うん。見て」
「いいのか? ネタバレがどうとか言ってただろ?」
「いいから」
「…………わかった」
言われて、俺は封を切られた袋に手を突っ込み、中に入っていた水着を取り出す。だが……
「……うっわ、マジか?」
その水着は、水着ではなかった。いや、水着は水着なんだろうが、水着としての体を為していないというか、隠すべき場所が隠されていないというか、むしろそこだけ見えるようになっているというか……あれだ。端的に言ってしまうとアダルトグッズの下着みたいなデザインだった。
これを水着と言い張るのはかなり厳しい……あー、なるほど。「水着と表現するのは怪しい」から「あやしい水着」なのか? とんだダブルミーミングじゃねーか。このグラフィックが実装されてたら、担当した奴は会議室に呼ばれて二時間は詰められることだろう。
「そんなの……そんな下品なデザインの水着、推しのヒロイン達に着せられるわけないじゃない!」
「お、おぅ? そうだな。俺は今、お前に一欠片の良心が残っていたことに心底感動してるんだが……え、話ってそれか?」
「そうよ! せっかく頑張って手に入れたんだから、どうにかしてそれを生かしたいの! でもそんなのどうやっても生かせないじゃない!」
「わかってんなら止めとけよ。これはどうやったって無理だ。諦めろ」
「諦めきれないのよ! そりゃ下品だけど……でもひょっとしたら、アリサ様なら着こなせるかも? とか、ロネットならお子様体型だから許される? とか、クロエなら獣人だからケモセーフでいけるかな? とか、そんな妄想が止まらないの!
見たい! 見たいのよ! 公式でやられたらドン引きするけど、二次創作ならアリなの! アタシのなかの獣が、これを着せろと叫ぶのよ!
お願いシュヤク。アンタなら……アンタの主人公パワーなら、この難問を解決できるはず! だから力を、知恵を貸して!」
「知らんがな」
もの凄く真剣な表情で世界一嫌な頼られ方をし、俺は心底どうでもいいと思いながら、しょっぱい顔でそう告げるのだった。