切り札は隙を生じぬ二段構え
「……よし、扉は開いたままだな」
全員が室内に入ってなお、背後の扉は閉じる様子がない。つまりこいつからは逃げられるということだ。勿論逃げたら再挑戦できるかは別の話なので、一度部屋を出たら扉が閉まって二度と開かない……という可能性も十分あるわけだが、それでも強敵を前に撤退が選択肢に入るのはありがたい。
「ギギギギギ……」
「動き出したぞ!」
「クロエ、頼む」
「了解ニャ!」
指示を出しつつ、俺は改めて室内を見回す。広さは縦横二〇メートルくらいはあるだろうか? 天井も相当に高く、おそらく一〇メートルくらいはある。
そして目の前のマギメタルゴーレムは、およそ五メートルほどの身長がある。昭和レトロとでも言えそうな無骨な金属人形が拳を振り上げると、予想よりも大分手前でクロエが慌てて踵を返した。
すると次の瞬間、ゴーレムの拳が何もない床を叩く。途端途轍もない振動が世界を揺らし、尻尾をブワッと膨らませたクロエが、涙目で俺に訴えてきた。
「あれは無理ニャ! これ以上は近づけないニャ!」
「十分だ! こっちに走れ!」
俺の言葉を聞いて、クロエがこっちに走ってくる。するとゴーレムもまたそれを追いかけ足を踏み出し……よし、これなら!
「ロネット!」
「えーいっ!」
かけ声に合わせて、ロネットが鞄から取り出した瓶を投げる。それがゴーレムの体に当たると瓶が割れ、中からこれまた途轍もない轟音と共に、目もくらむような強烈な雷が迸った。
ドガガガガガガーン!
「ヒニャーッ!?」
「うっわ、すっごい威力ね」
「だな。流石は裏ダンのアイテムだぜ」
裏ダンの魔物が落とす、超強力な攻撃用消費アイテム「神雷の小瓶」。俺がヤバい状態になった時にレッドドラゴンに使った奴より更に強力なそれは名に恥じぬ威力を発揮し、たった一発でマギメタルゴーレムが動かなくなった。
だがそれも当然だ。耐性貫通を備えた一二〇レベル相当の消費アイテムに、五〇レベル程度の魔物が耐えられるはずがないのだ。
「ビックリしたニャ! ビックリしたニャ! 話に聞いてたのの何十倍も凄かったニャ!」
「大丈夫かクロエ? 尻尾が凄いことになっているぞ」
「はわはわはわ……わ、私とんでもないことをしてしまったんじゃ……? こんなの使っちゃってよかったんですか?」
「大丈夫よロネット。モブローからパク……もらったんだから元手はタダだし、そもそも消費アイテムは売っても大した金額にならないんだから」
「そうだな。あー、いや、現実なら違うんだろうけど……仮に大金になったとしても、あんなの迂闊に売れねーだろ」
「そ、そうですね。私も流石に、流石にこれは…………」
あまりの威力にオロオロするロネットが、動かないゴーレムを見つめながら言う。今回はロネットの「消費アイテムの使用効果二〇%アップ」が乗っていたとはいえ、それを差し引いてもこいつの威力はとんでもない。持ってると知られるだけで衛兵に捕まるレベルだろう。
ちなみにこれがここにあるのは、王都に戻った際にモブローに会ったからだ。念のためのお守りが欲しかった俺が誠心誠意お願いしたことで、快く提供してくれたものである。やはり持つべきものは後輩だな……いや、今は同級生だけども。
(……ん? 何だ? 何か違和感が……?)
「あ、あの!」
と、そこでいつの間にか尻餅をついていたヘンダーソンさんが声をあげた。俺が手を伸ばすと、それを掴んでヘンダーソンさんが立ち上がる。
「ああ、どうも」
「いえ。こちらこそすみません、驚かせちゃったみたいで」
「ははは、確かにビックリしました……あんな威力の魔導具なんて初めて見ましたけど、何か特別なものだったんですよね?」
「ええ、まあ。あんまり詳しくは言えないですけど」
「ふふふ、聞きませんよ。むしろ怖くて聞けないです。ただ……」
「? 何ですか?」
「いえ、あのゴーレムが消えないのは、そのアイテムの効果なんですか?」
「っ!?」
そう言われて、俺はハッとしてゴーレムに目を向ける。確かにあれで仕留めたならば、とっくに消えているはずだ。なのにまだそのままってことは……
「ギギギギギ…………」
「嘘だろ、あれで仕留め損なった!? ボス属性でステータスが増加されてんのか!?」
「シュヤク、どうする!? 一旦退くか?」
「……いや、まだ手はある! クロエ、俺と一緒に前に出てくれ! アリサは引き続きリナとロネットを……あとヘンダーソンさんもガードを!」
「アタシの水着はアンタに託したわ!」
「シュヤクさん、私――」
「行くぞ!」
「ニャー!」
ロネットが何か言いかけていた気がするが、ゴーレムが動き出した以上、あまり悠長に話し込んではいられない。俺達が駆け寄った時には奴は既に立ち上がっており、その巨体から隕石の如き拳が打ち下ろされる。しかし……
「あれ? さっきより弱いニャ?」
「やっぱりな! これなら……!」
最初にレッサーストーンゴーレムと戦った時、俺は「魔物側にHPが適用されないのはデメリットだ」と考えたが、今それはクルリと反転している。
何故ならこいつは、さっきの大ダメージで明らかに動きが鈍っているからだ。もしHP制であればどれだけ削ろうと万全の状態で動き続けていたわけで、そうなれば俺にはこいつの攻撃を回避も防御もできなかっただろう。
だが今、「神雷の小瓶」を食らったマギメタルゴーレムの動きは大きく劣化している。質量が変わってるわけじゃないので攻撃力の高さはほぼそのままだろうが、振るう腕の勢いは弱く、攻撃も単調。これなら十分、俺達で戦える!
「ほらほら、こっちニャー! フニャッ!?」
チョロチョロと足下に纏わりつくクロエに、ゴーレムの拳が振り下ろされた。だがなまじ人型をしているだけに、上体を倒して床を殴るなんて姿勢、隙以外の何物でもない。
「足下がお留守だぜ! えいっ!」
グォォォン!
「ギギギギギ……」
俺のバトルハンマーが、マギメタルゴーレムの足をぶっ叩く。その瞬間攻撃対象が俺に移ったので、どうやら多少ではあってもダメージは通っているようだ。
ならば後はそれを繰り返すだけ。こっちの武器が壊れるのが早いか、それともマギメタルゴーレムが倒れるのが早いか。互いの命を賭けたチキンレースの開始だ。
「もう一発! えいっ!」
グォォォン!
「ギギギギギ……」
「シュヤクは狙わせないニャ! ほれほれ、尻尾フリフリニャー!」
俺が殴り、クロエが挑発してヘイトを取り戻す。それを地道に繰り返していったが……そのサイクルが唐突に終わる。
「えいっ! っとぉ!?」
「シュヤク!?」
俺のハンマーの一撃を、ゴーレムが足を上げて回避した。これまでにない動き、しかもそのまま踏み潰されれば俺なんてあっさりぺしゃんこになるだろうが……
「リナ!」
「ミード・ウォーターボール!」
事前に色々話し合っていたこともあり、俺の意図を読んだリナの魔法がゴーレムの上げた足に炸裂する。しかし魔法防御の高いマギメタルゴーレムに、リナの使う魔法は全くダメージを与えられない。
「えーいっ!」
だがそこに、ロネットが追撃する。投げられた瓶が割れると、中から現れた白い霧が濡れたゴーレムの足を凍結させる。飛び込んできたクロエが俺の体に抱きついて押し倒すと、さっきまで俺がいた場所にゴーレムが凍った足を下ろし……
ツルン! ドッスーン!
「ハッハー! ざまあみやがれ! よし、ここで決めるぞ!」
足を滑らせたゴーレムをたこ殴りにして終わらせるべく、俺は改めてバトルハンマーを構えた。だが不意に、背後から予期しない言葉が追加で届く。
「クロエさん、シュヤクさん、逃げてください!」
「あん? 何で今……っ!?」
「ちょっ、何持ってるニャ!?」
ロネットが手にしていた小瓶を目にして、俺とクロエは慌ててゴーレムから離れる。その間にゴーレムは滑る足で起き上がろうとしていたが……時既に遅し。
「これで終わりです! えーいっ!」
ドガガガガガガガガーン!!!
「ギ……ギ…………」
二つ目の「神雷の小瓶」を食らい、今度こそマギメタルゴーレムはダンジョンの霧と変わるのだった。