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4話 犯罪者疑惑

 生きていれば、不思議なことも起こる。


 そういうセリフや考え方は、現実だけじゃなく、映画やドラマの世界でもよく言われてることだ。


 けれど、ひねくれていた僕は、今の今まで、それをただの綺麗事だと思い込んでいた。


 人をむやみに死なせない。


 前向きにさせよう。


 そういう勢力たちによる、自分勝手でエゴイストっぽいキラキラした言葉。


 そう思い込み続けていたわけだ。


 でも、それはたった今変わった。


「着いた。ここが私の家」


 年齢も素性もわからない、夜の森の中で出会った女の子。


 彼女に手を引かれ、その森の中を駆けて、導かれるままに辿り着いた先。


「本当に……家だ……」


 僕の目の前には、一軒の家があった。


 言われた通りで間違いない。


 木々が生い茂った森の中に、綺麗で整えられた家があったのだ。


「ね? 言った通りでしょ? ここが私の住んでる家。一人暮らしの秘密基地みたいな場所」


 くるっとワンピースのスカートを翻し、僕の方へ振り返りながら言う流川さん。


 走っていたから、息は途切れ途切れだ。


 幽霊だと思っていた彼女も疲れてる。これで少しは生身の人間だという信用も僕の中で生まれた。


 生まれたんだけど。


「……ちょっと今さらながら質問していいかな?」


「何でもどうぞ。……あ、やっぱり待って」


 荒くなっていた呼吸を落ち着かせながら、彼女は僕に手のひらを見せ、待ったをかけてくる。


 僕は言われた通りそうした。


 頷き、いったん押し黙って流川さんを見つめる。


 彼女は、すぅ、はぁ、と深呼吸し、やがて「よろしい」と元気よく言ってくれる。


 おおよそ、この深夜の森には似合わないテンションだ。


「その、君は何者?」


「めちゃくちゃ核心を突くような質問来た! え、私が何者かぁ?」


 万歳するような仕草でわざとらしく驚いてみせる彼女。


 それから、すぐに腕を組み、悩ましそうに眉間にしわを寄せた。


 家から漏れている光もあってか、今は流川さんの顔がよくわかる。


 やっぱり綺麗な人で、歳もまだちゃんと聞いてはいないけれど、僕と同じくらいのように見えた。


「んんん~、そこはやっぱり流れ星に憧れているということで、流れぼ――」


「――流れ星、なんて回答はちょっと今置いておいて。本当は?」


「えぇぇ! ダメ!? 流れ星ダメなの!?」


 僕は呆れるように頭を掻き、それからため息をついた。


「どっちかというと真面目な回答が欲しい。場合によって、僕は今から君を通報か何かして、警察に送り届けなくちゃいけないかもしれないから」


「私、犯罪者じゃないよ!?」


「なんて主張されても、初対面の僕からすれば流川さんはそう見えるんだよ。君のことを詳しく聞かせて欲しい。年齢とか、素性とか、この家のこととか」


「女の人に年齢は聞くなって教えられなかった?」


「それは年齢を簡単に言えないような歳って風に受け取ってもいい?」


「十六歳です。ごめんなさい」


 長い髪の毛をたなびかせ、頭を下げる流川さん。


 まさかの同い歳。


 近いだろうとは思ってたけど、ぴったり同じだとは。


「あれ。なんか驚いてる? もしかして、共は私の年齢に驚くほど歳下だった?」


「いや、ぴったり同じだったから驚いてる。僕も十六歳」


「ふむふむ。同い歳ですかい。こりゃまた気が合うねぇ、私たち」


 言って、歩み寄り、流川さんはニマニマしながら僕との距離を詰めてきた。


 僕は後退し、彼女との距離をあくまでキープする姿勢。


 それを見て、流川さんはさらに面白そうにして、追いかけるように詰め寄って来た。


 完全にからかわれてるな、これ。


「別に歳が同じだからって相性が良いとはならないんじゃない? そしたら、僕は同じ学校に通ってる同じ学年の人たち全員と相性が良いことになる」


「うん。良いんだと思うよ? 相性」


「……いやいや」


 後退するのをやめると、流川さんも立ち止まった。


 けれど、距離は明らかにさっきよりも近い。


 まるで恋人同士が愛の言葉を今から囁こうとでもしてるような距離感だ。僕は思わず顔を横へ逸らしてしまう。


「考えてみてよ。この地球上にさ、私たちと同じ十六歳の人たちってきっと一億人くらいいると思うんだよね」


「詳細にはどうかわかんないけどね」


「たぶんいると思うの。それでだよ? そんな一億人の中から、たった百人くらいが同じ学校、同じクラスメイトとして集まるの。どう考えても相性良くない? 運命だと思わない? 奇跡的なことでしょ?」


「奇跡的だとは思うけど、だからってそれが好相性に繋がるとは思えない」


「好相性なんだってば。神様っていうのはね、きっとそういうのも色々考えて人間を一つの場所に集めてるの。私、そういうオカルト信じる派だから」


 腕組みし、一人でうんうん頷きながら言う流川さん。


 結局オカルトなのか、とツッコみたくなったけど、僕はそれをグッとこらえる。


 反論すれば反論するほど、話が明後日の方へ行ってしまう。


 咳払いし、話題を元に戻すことにした。


「わかったよ。じゃあ、それはとりあえず置いとくとして……」


「置いちゃダメ! 相性良いんだから! 共の通ってる学校のクラスメイト達とか、私とも!」


「はいはい。了解ですよ。嬉しいです」


「全然嬉しそうじゃないじゃん! もっと全力で喜ばなきゃ! こんなに美少女で、流れ星に憧れてて、願いを叶えてもらえる存在に出会えたんだから!」


「清々しいくらいに自己肯定感高いね。僕も流川さんみたいになりたかったよ」


「なればいいよ! 今からでも全然間に合うから!」


「はは……」


 今から、か。


 その『今から』より先を、僕はさっき絶とうとしていた。


 なのに寸前のところで流川さんに出会って、こんな面白可笑しい会話を今は繰り広げている。


 まるで神様が僕の自死を止めたみたいに。


 って、そんなこと考え始めると、僕だってオカルトマニアみたいだ。


 そういう類の話を信じるつもりはない。


「わかりやすく私みたいになろうと思ったら、まずは出会ったばかりの相手のことを下の名前で呼ばなきゃね。私の名前は星乃」


「自己紹介ならさっき聞いたけど?」


 僕が言うと、彼女は頬を軽く膨らませた。


「自己紹介じゃなくて、リピートアフターミーって意味だったんだけど! 知ってるよ! 名前ならさっき言った! 覚えてくれててありがと!」


「どういたしまして。それよりも君の素性の続きを聞かせて欲しい。君はどうしてこんなところに一人で住んでるの? 殺人でも犯して隠れてる最中とか?」


「そんなわけないでしょ! 犯罪者でもないってさっきから言ってるのに! ていうか、私の話聞いてた? リピートアフターミー!」


「でも、やっぱり怪しいよ。僕と同い歳の人がこんないい家に一人で住んでるって。しかも、深い森の中だし」


「もぉ!」


 地団駄を踏み、流川さんは幼子のように不機嫌になる。


 どうしたって無理だった。


 ほの。


 下の名前で彼女のことを呼ぶなんて。


「ごめん。人にはできることとできないことがあるみたい。僕はやっぱり流川さんにはなれない。下の名前で呼ぶとか無理だ」


「何で? 呼ぶだけじゃん。共。みたいにさ~」


 その『だけ』ってやつが無理なわけだ。


 できる人にはできない人の気持ちがわからない。


 何なら、下の名前で呼ばれるのも恥ずかしかった。あまりにも慣れない。


「まったく。しょうがないなぁ、共は。さっきの相性の話といい、後ろ向きなんだから」


 前向きになれる要素があまりないからね。


 そんなことを口走りそうになったけど、あまりにも空気を悪くしそうだったから、僕はそれを喉辺りで留めておく。


「私だって別に誰彼構わず話しかけるわけじゃないんだからね? 相性の良い悪いを見極めて、特に相性良さそうだなって人にだけ声掛ける」


「そうなの?」


「そうだよ。じゃないと、私はそのまま流れて行って、見えなくなっちゃうから」


「……?」


 彼女の言った言葉の意味がわからなかった。


 つい首を傾げてしまう。


「どういうこと? 流れて行って見えなくなるって」


「あははっ。さぁ、どういうことでしょう?」


 わからないから聞いてるんだが。


 これもまた、そう言いたいのは山々だったものの、喉の辺りで留めた。


 どうしてだろう。


 流川さんの笑う顔がいつもよりもどこか悲しそうに見えた。


 それを見て、僕は追及することができなかった。


 その言葉の意味を。


「って、色々会話してたらキリないね。家の中入ろっか」


「……うん」


「共は疑ってるみたいだけど、ここは正真正銘私の家なので」


 ジト目で言われ、僕は思わず苦笑してしまう。


 それはどこか安堵にも似た苦笑だった。


 悲しそうだった表情を、すぐに明るいものに戻してくれたから。


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