7. とりあえず強くなる為には地道な修行が大切なのです②
魔法について一旦は出現させる為に瞑想を取り入れてみるとして、いつ使えるかの目処が一向に立たない状態では当たり前だが強くなんてなれない。
他にも同時並行で何か別の事を始めないといけないだろう、というわけで私は全ての授業が終わった後に運動しやすい格好に手早く着替えて庭に出た。
庭の屋敷に近い所はティータイムの為のテーブルや椅子が設置されているガーデンエリアで、薔薇の花壇や噴水など見事に綺麗に整えられているが、屋敷から離れた奥の方は訓練などに使う広いトレーニングエリアがある。人の通らないような裏道に位置している為、塀外の人にも気にせずに様々なトレーニングができる。
もう夕方ではあるがまだ春の陽気の心地のよい緩やかな風が吹いている。そろそろ暗くなる気もするけど間違いない、訓練日和だわ。気合を入れよう。
勝手に拝借した倉庫に置かれていた木刀を持ち、とりあえず構えてみる。それをそのまま振り下ろしてみた。
やっぱり修行といえば剣術=素振りよね!!!
「お嬢様、僭越ながら構えが全くなっておりません」
すぐにアナの静止が入った。
…あ、やっぱり?あくまでも気分で振ってみただけで、前世でも剣道の授業は真面目に受けていなかったし、さっぱり型だって覚えていない。
「教えてもらえるかしら?」
素直に教えを乞うと、アナは頷きすぐ近づいてきて構えたまま静止している私の姿勢をテキパキと矯正していく。
お、思っていたよりきつい姿勢だわ…
「少し右足がぶれております。そうです、その位置です。そこから上下に思い切り振り下ろしてみてください。前を見て、必ず視線は落とさないでください。重心がずれています。もう少し体を後ろに落として。腹筋を意識してください」
一振りごとにアナの的確な指示が飛ぶ。
振り下ろす木刀は初めは軽かったのに、徐々に重くなっていき、30回を越える頃には上げることすらできなくなってしまった。
立っているのも辛くて思わず座り込んでしまった。汗が噴き出て、肩で息をしている私の前にアナが座り込んだ。
「すみません、黙ってみていようかとも思っていたのですがリアお嬢様は急にどうされたのでしょうか?」
「…つ、強く…なり…たいの…」
息も絶え絶えに言う私にいつのまにか用意した水の入ったコップを差し出してくれた。私はそれを受け取ると一気に喉に流し込んだ。冷たい水が喉を通り抜けていくのを感じる。めちゃくちゃ気持ちいい。
「…っぷは〜、生き返ったわ。ありがとう、アナ」
「いえ、でもどうして強くなりたいのですか?私の護衛では足りないと?」
「ち、違うのよ、アナ。でもこれから学園にも行くし、今みたいに引きこもってばかりではいられないわ。それに…私は王子であるアルたちの友達なんだもの。いざという時に足で惑いになりたくないわ」
私の回答にしばらく黙って何やら思案していた彼女は漸く口を開いた。
「なるほどですね…確かに今のままでは普通の令嬢よりも劣っているかと。リアお嬢様には剣を支える腕力も、姿勢を維持する腹筋も、支える足腰すら何一つ足りておりません。勿論体力も」
フルボッコすぎじゃないかしら?つまり何一つダメって事じゃない。
…確かに運動なんて全くした事もないし、前世と変わらない超インドアライフで言い返す言葉も見つからないわ。
このままだと5年後確実に死ぬ未来しかないじゃない!思っていた以上にポンコツな身体能力みたいだわ!
「ど、どうすればいいかしら?」
こんな時ネットでもあればググってどうすればいいか調べられけど。勿論そんなものないから藁にも縋る思いでアナに尋ねる。
「まずは体力や筋力アップなどの基礎が必要かと……私で宜しければ少しトレーニングメニューを一緒に考えましょうか?素振りの指導も致しますので」
「え!いいの?」
予期せぬ提案に思わず嬉しくて顔が綻ぶ。
流石に運動経験ゼロの私に強くなるためのトレーニングなんて考える事自体が初っ端から行き詰まるしかなかったのだ。ここは武のスペシャリストに頼るべきだろう。
「構いません、具体的にはそうですね…まず確認なのですがリアお嬢様は剣術と魔法を特訓したいのですよね?」
「ええ、その通りよ」
「それであれば魔法については先程の通りまずは瞑想して体内の魔力を感知しましょう。体内魔力を感じられなければお話になりませんので」
「分かったわ!」
「次に剣術は明日から毎日授業の合間に腕立て伏せ、腹筋、スクワット、素振りを50回ずつ。それと走り込みも始めましょう。この場所の端から端まで10往復。まずはこれらの訓練でバテる事なく熟せるようになってきたら徐々に回数を増やしていきましょう」
「さすがだわ!本当に助かったわ、ありがとう」
「いえ、得意分野ですのでお気にせずに。ただその代わりどんな強さを望んでいるのか、どこまでの覚悟がおありなのかについてきちんと考えてください。命を消すのに躊躇いのない者の前では、覚悟のない者はどんなに力を持っていても足で惑いでしかありませんから」
「…分かったわ」
いつも存在感を消して、ただ私を見守っている口数の少ない彼女とは違う、威圧感のある雰囲気に思わず少したじろいだ。
いつも通り無表情ではあるが、その真剣な瞳に少し緊張する。
でもアナの言っている事は正しい。
ただ死にたくない。そう思って単純に強くなろうと行動したが、殺意を持った相手を目の前にした時、私は戦えるだろうか?その上で殺すという選択肢を私は本当にとる事ができるだろうか?
今の私には覚悟も求める強さも何一つ分かっていない。
ただ死にたくない。というだけで実際どれくらい強くなれば死なないかも検討もつかないのだから。
だからこそどうなりたいか、改めてちゃんと考えて自分と向き合わないといけないのだろう。何よりリアーナ・グランが何故18歳を超える事ができないのか、それについちゃんと考える必要がある。
夕食後に改めて机の前に座り、ノートを広げた。それぞれの攻略対象者についてざっくり書き出してみる。
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・アルベルト・ヒュンメルシュタイン(同い年)
第一王子。弟と不仲。王位を継ぐと帝国と戦争になる。
→何故第二王子の時は戦争が発生しないのか?
・レオンハルト・ヒュンメルシュタイン(同い年)
第二王子。死神王子。王位を継ぐとリアーナを殺して狂王となる。
(王国の呪いが関係するらしい?)
・ロバート・グラン(二歳年上)
筆頭公爵家長男。リアーナの兄。シスコン。
・マティアス・ベイリー(同い年)
外交を得意とする公爵家長男。第二王子側近。
二人の王子どちらかが死ぬ事件で原因となる魔力暴走を起こし殺す人物。
・ルカ・スコッチ(十歳年上)
魔法研究で名高い子爵家長男(ブラック公爵家血筋)。魔法学園の古代魔術担当の講師。
→入園しないと会えない
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ストーリーはざっくりいうと学園での生活がメインとなる前半と、卒業後の王国の話の後半に分かれて話が展開する。
入学してアリアは5人のヒーローに出会い、彼らとの出会いを通して大聖女としての力を開花させていき、ヒーローの抱える闇を時には解決して愛を育んでいき、ヒーローを支えて呪われている王国を救うのがメインストーリーである。
学園で最初に起こる事件。
リアーナの最短での死亡事件はマティアス・ベイリーに寄って引き起こされる。彼は不仲な妹に嵌められて、魔力暴走を誘発する薬を服用させられて暴走するのだ。そこに居合わせた王子二人とリアーナ、ルートによってはヒロインが巻き込まれる。いや、むしろ巻き込むために彼女に仕組まれている。
ただし、マティアスのルートでは魔力暴発は起きない。ヒロインの手によって妹との仲が改善されるからだ。
それでも王子たちのどちらかは死ぬ。その際は同じ日に暗殺されるのだ。その犯人はルートを完全攻略していないせいで分からない。
伏線回収含めて色々知らない事の方が正直多いのが現状だ。ゲーム知識にすべて頼る事が一切できない。それなのにここは現実で選択肢を間違えれば何度でもやり直せるゲームの世界ではない。やり直しは不可能だ。
私が生き残るのにはストーリーを変えないと、大人しく死ぬしか道はない。
その為には恐らく彼らとの関りが重要になるだろうし、回収されていない伏線や、事件の黒幕などを考察して探してそこから断たないと意味がないだろう。私は選択肢を何一つ間違える事が許されないのだ。
そこまで考えて思わずゾッとした。
怖い…
その事実に身がすくむ。
本当に運命を変える事なんてできるの?
たかがただのサブキャラの私に。
諦めて死んだ方がもしかして楽?
気弱な気持ちが胸の中でぐるぐると渦巻き、逃げ出したくなる。
でも逃げたくない。だってまだ死にたくない。前世の私だってきっと若く死んだ。今度こそもっと長生きしてみたい。同じ後悔ならしなかった後悔より、醜く足掻いて足掻いてから後悔でも遅くない、そう私は信じたかった。
だから私は一人で足掻けるだけ醜く足掻いていくしかない。少しでもストーリーを変えるために、ストーリーとは違う展開に持っていけるよう学園前の今から、この三年間で違う未来を導き出さないといけないのだから。
そして頑張って生き残ったら好きなだけやりたい事だけやって平穏な生活を送りたい。間違っても王妃とかそんな面倒なのは嫌。ヒロインに押し付けよう。
全力で狙うはグラン公爵家のニート枠!!!!
私は改めて決意して、まずは情報収集をしながら今の自分にできる事を更に探すことに決めたのだった。
まだ出てきていないヒーローの名前だけ公開です。