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23.もうそろそろ建国記念祭です

 その日は前触れもなく朝早くにアルベルトが屋敷を訪ねてきた。

 応接室に通したという使用人の言葉を聞き、私は慌ててそちらに向かっていた。


「久しぶり、リア。突然ごめんね、やっと少し時間が取れてさ。本当はもっと早く来たかったんだけど…この間の事件の事を聞いて本当に心配していたんだ。もう大丈夫なの?」

 中に入るとすぐにアルベルトが立ち上がって、私の顔を心配そうに見つめている。

「ええ!もう大丈夫よ!座って」

 私が席を勧めるとアルベルトはすぐにまた元のソファに座った。私もすぐに正面のソファに座る。

 執事長が私のお茶を淹れてくれるのを見ながらアルベルトに微笑みかけた。

「マティみたいに怪我もしてないし、レオが来てくれたから大丈夫だったわ」

「でも、怖かっただろう?」

 アルベルトの心配そうな真剣の表情に、あの事件を思い出す。


 …確かにめちゃくちゃ怖かった。

 ゲームで知っていた事件ではあるが、実際に当事者として体験すると全然違っていて。暴力の前に私は無力だった。


「…もう平気よ。それよりお兄様があれからずーっとべったりで大変なんだから!」 

 場を和ませるために少し茶化した物言いで、ぷーっと頬を膨らませる。

「ははは、それは仕方ないよ。ロバートはリアを溺愛しているからね」

「お兄様は過剰すぎですわ」

「でもリアも軽率だよ。マティだって悪いけど…女の子なんだしもうあんな危ない事はしちゃダメだよ」

「…そうね。みんなに心配かけたもの。今度はもっと強くなって心配かけないようにするわ!」


 もっと強くならないと!そしてもっと冷静に対処できるようにしないと。これから起こる事件を考えれば、死者の出なかった今回の事件なんて何てことないはずだ。


「いや、そういう問題じゃなくて…」

「確かに怖かったけど後悔はないもの。また同じ状況になっても私はマティを一人にはしないわ」

 私がはっきりと断言すると、彼は少し不思議そうな表情をしている。

「なんでそこまで…?」

「だってマティは友達だもの。私は友達を見捨てたりしないわ。確かに今の私はまだ弱いし足手纏いだと思うけど…それでもできる事をして後悔なんてしたくないもの。アルでもレオでも同じよ。絶対一人にしないわ」


 初めはただ生き残れればいいやと思っていた。

けど、もう今はそれができない。だってもう彼らを知ってしまったし、仲良くなってしまったから。

 考えれば前世から知らない他人にはどうでもいいという態度だったが、一度仲良くなってしまうとついおせっかいを焼いて見て見ぬふりができない性格だった。

 …だから関わりたくなかったのよね。



「俺とレオでも…?俺はともかくレオは強くて…助けなんていらないじゃないか」

「どんなに強くても一人は…きっと寂しいわ。でもレオなら確かに足手纏いだってすっごい怒られそう」

 私がレオを思い出してクスクス笑う。

 きっと彼は私を必要としないだろう。それでも一人にさせたくないというのは私のワガママなのかもしれない。


「…君は強いんだね…」

「そうかしら?アルだってきっと同じ行動をとるわ。だってアルは優しいもの」

 

 ゲームのアルベルトはいつだってヒロインのアリアに優しかった。

 レオンハルトには確かに冷たかったが、他の人たちのためにいつも一生懸命頑張る人だというのを私は知っているから。


「…それは…リアの過大評価だよ」

「そんな事ないわ」

 少なくとも未来の学園の貴方は、という言葉を飲み込んだ。


 アルベルトは何かを考え込むように暫く下を向いたまま黙ったままであった。いつもみたいに笑顔は浮かべておらす、その真剣な表情に何て声をかけていいか分からず私も黙り込んでしまう。

 

 急にどうしたのかしら…?

 あ、でも下を向いている事でまつ毛の長さがより強調されているわ。やっぱりどこの角度からもイケメンはイケメンなのねと感動してしまう。

 下を向いているのをいい事についつい遠慮なくその美しさを堪能する事にした。



「…そうだね…俺もリアの友達だと胸を張れるようにこれからもっと頑張るよ」

 やっと顔を上げて私を見て話したアルの顔はさっきよりもスッキリしていて、相変わらずキラキラした笑顔を私に向けた。

 本当に生粋の正統派王子様だわ…


「うふふ、お互い頑張りましょうね!」

 もっと魔法のコントロールに磨きをかけて、まず目指すは初級魔法!


「それにしても本当に元気でよかったよ。なかなか会うのをグラン公爵が許してくれないし…そうこうしているうちに建国記念祭の方で忙しくなっちゃったからさ。本当はもっと早く会いにきたかったのに」

「あら、アルも建国記念祭の準備で忙しいのね。お父様も全然帰って来ないわ」

「そうだよ、今年から本格的に携わっていてね。俺は最終日の夜の光の演出の担当になったから」

「すごいじゃない!私あれ綺麗で大好きなの!」

 思わず興奮して声を上げた。


 フィナーレとして王城から花火みたいにたくさんの光を飛ばす演出があるのだ。夜空にキラキラと光って上って落ちていく光は本当に綺麗で、建国記念祭のメインイベントの一つでもある。


「光魔法は誰よりも得意だからね。それに演出とか考えたり、チームで何かを作り上げるというのが意外に面白くて。人をまとめたりするのは向いていないと思っていたんだけど、とても遣り甲斐があって楽しいよ。そういえばリアは建国記念祭どうするの?ほら…今年はロバートがいないわけだし…」

 途中まで楽しそうに話していたアルが、段々と声のトーンが下がり少し言いづらそうに聞いてきた。


 先日お父様から告げられたテーレ共和国からのゲストの護衛の件だろう。

 今回それをロバートが担当することになったので、彼は建国記念祭の前日から四日間の間お城に滞在する事になっている。

 だから毎年お兄様と見に行っていた建国記念祭に一緒に行く相手がいない。


「ええ、今年はお兄様と最後の参加になるから楽しみにしていたんだけど…でもお父様から許可は下りていてアナと他に警護を増やして参加するわ。だから初日のパレードでアルたちを見られるの楽しみにしているわね」

「そうだよね…本当にすまない…本来なら俺たちがゲストをもてなすんだけど…」

「いいのよ、公爵家としては重要な来賓のもてなしは当たり前だから!アルも気にしないでね」

 少し落ち込んでしまったアルに慌てて声をかける。


 来年からお兄様は王立魔法学園に入園する為、長期休暇以外は基本的には帰ってこなくなる。今年最後であったのでそれだけは少し残念ではあるが、その残念さがつい出過ぎてしまったみたいである。

 

 その後も少し会話した後、アルベルトは急いで帰って行ってしまった。

 



 夕方、全ての授業や業務が終わった後に、俺は一緒にいたレオに声をかけた。

「ちょっといいかな?今から時間とれない?」

「…うん、いいよ。どうしたの?」

 俺が声をかけて引き止めたのが意外だったからか、いつもは全て終わると逃げるように去っていくレオは不思議そうな表情をしている。


 ロバートの計らいで顔を合わす機会は増えたが、一度開いた溝は会う回数が増えたからといってなかなか埋まる訳でもなく。

 毎日お互い顔を合わせているのに、会話をする事なんてほとんどなかった。


「外で…剣術の手合わせを願いたいんだ」

「……分かった」

 少し驚いたように一瞬目を見開いたレオは、何かを言いたそうではあったが結局何も言わずに俺の言葉に従ってくれた。


 二人で城内を並んで訓練場まで歩いていく。

 こうやって二人だけで歩く機会すらほとんどなかったなと今更気づいた。



 騎士たちの訓練場に着くと、まだ稽古をしている何人かの騎士が残っていた。急にやってきた二人の王子の登場に一様に彼らは戸惑い驚いた様子である。

「あれー。レオ様じゃん。最近来てくれないのから寂しいっすよー。」

「そうですよ、また稽古つけてください」

 レオは何人かの騎士に声をかけられて捕まっている。


 気さくに話しかけられていることから慕われているのだろう。俺自身はここにほとんど来たことがないから知らなかった。

 魔法の練習場とはまた場所が異なるからここに顔を出す事はなかった。



「アルベルト殿下どうされましたか?今日はもうオスカー様はおりませんが…」

 剣を探そうと辺りを見回して居たら、フィル団長に声をかけられた。

 彼は三つある騎士団、白薔薇・赤薔薇・青薔薇の中でも平民のみで構成された魔力なしの青薔薇騎士団の団長である。その実力は申し分ない上に、リーダーとしての気質も高い。

 

「騒がせて済まない。ちょっと二人で試合をしにね。剣を二本貸してくれるかな?」

「少々お待ちを。おい、お前ら、そこにある剣を持ってこい」

 フィル団長は近くにいた騎士に練習用の剣を持ってくるよう指示にした。レオも囲まれていた集団から抜け出して此方にやってきた。

 すぐに二人の元には剣が手渡された。周囲の騎士たちもその場にとどまり好機の色で、この成り行きを見守っている。


「では私が審判をしませしょう」

「よろしく頼むよ」

「まずルールを確認させてください。魔法はどうされますか?」

「勿論なしで。補助魔法も全て。剣術のみで。それでいいかな?レオ」

 正面に立つレオを見ると、彼も頷いた。

「…わかりました。それでは両者構えてください」

 フィル団長は一瞬困惑気味な表情をしたが、すぐにまた表情を引き締め直した。

 魔法のないアルベルトの剣術では勝敗なんて火を見るより明らかだ。だからこそ彼は戸惑っているのだろう。

 

  

 アルベルトとレオンハルトはお互い剣を構えて向かい合った。

 その様子を騎士たちが固唾を飲んで見守っている。ギャラリーも来た時より大分増えているみたいである。



「はじめっ!」

 フィル団長の声が辺りに響き渡った。

 それでも俺は一歩も動けずにいた。対面して改めて思い出す。レオには全く隙がない。どこからどう攻めても勝てるパターンが見出せない。


 それでも、いつもみたいに諦めているのでは意味がないから。

「いやあっ」

 短い掛け声とともに真正面からレオに振りかぶる。

 それをレオは受け止める事無く、剣先が見えているかのようにギリギリで避けてそのまま俺に剣を振り下ろしてきた。

 レオほど華麗に避ける事なんてできずに少し右腕辺りが切れる。それでも少し服が切れた程度のかすり傷だ。すぐに剣を彼に向ける。今度は接近戦という事もあり、彼はそれを剣で受け止めた。ギリギリと刃が交わり、純粋な力比べとなる。

 単純な力では勝てないのは分かっているので、すぐに反らして一度距離を取る為に後方に下がる。が、彼はそんな隙も与えてくれず一気に距離を詰めて剣を突き刺してきた。

「くっ」

 体制が崩れていた事もあり受け止める事もできず、そのまま剣は跳ねて自身の体も後方に吹っ飛んだ。俺の剣は宙を飛び地面に突き刺さった。

 

 本当にあっという間の勝敗だった。



「ははは…やっぱ強いな、レオは」

 もう暗くなりつつあり、橙色と紫色の混じった空はが目の前一面に広がっている。

 以前は劣等感しか感じなかったのに、今はとても清々しい気持ちだった。笑みが自然に出てきた自分の心境の変化に少し驚く。



 考えてみればレオは以前より無口にはなってしまったけど、いつだって俺との対戦で手を抜いたりする事はなかった。周りの言葉に流されて俺はそれを馬鹿にされているように思っていたが、いつだってレオは真剣に俺に向かい合ってくれていた。


 リアと話していて、あの時初めてレオを独りにしている事に気づいた。彼は強いから自分はいても足手纏いだと思っていたから。

 でも彼女は足手纏いでもできる事をすると言ってのけたのだ。俺にないその発想は、忘れていた小さい時のお兄ちゃんとしての約束を思い出した。



 息が上がって仰向けになっている俺の上に、呼吸一つ乱れていないレオの顔が覗き込んできた。彼は相変わらず無表情で何も言わずに、俺に向かって手を差し伸べてきた。

 以前はその手を振り払っていたけど今は…

「ありがとう」

 その手をしっかりと握りしめる。

 レオは少し驚いたように目を見開いたが、俺の手を掴んで引き上げてくれた。


 あぁ、きっとレオはその手が受け取られないと思っていても、それでも俺にいつも手を差し伸べてくれていたのだ。彼の言葉や表情で勝手に怒って卑屈になっていて、彼の行動をちゃんと見ていなかった今までの自分が更に恥ずかしくなった。


「俺ってほんとださいお兄ちゃんだったよな…レオは今でも俺の自慢のカッコいい弟なのに」

「え?」

「今までごめん。レオはもう…昔の約束なんて忘れていると思うけど…もっと強くなって頼れるお兄ちゃんになれるよう頑張るから…」

「忘れてないよ。アルは…どこにいても僕の味方で僕を助けてくれるのだろう?僕だって今でもアルは自慢のお兄ちゃんだよ」

 まっすぐと見てくる視線が眩しい。

 ああ、レオはずっと忘れていなかったんだ。何だかそれがすごく嬉しくて笑ってしまった。

「あははは、なんだ。ほんと…もっと早くちゃんと向き合えばよかった。これからはもっとお互いちゃんと話さないか?俺は今でもレオが大好きだし大切だよ」

「っくくく、アルは…ほんと、もう昔からストレートすぎ。うん、僕もごめん。これからはもっとちゃんと話したい」

 久々に見たレオの笑顔は昔と変わっていなくて、それも何だか嬉しかった。



 その光景にとても嬉しそうに見守る騎士の口は軽かったので、すぐ城内にはアルベルトとレオンハルトの仲睦まじい様子が知られることになった。


すれ違っていた兄弟はめでたく仲直りです。


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