22.情報収集は一筋縄ではいかないようです
以前読もうとしていた『わかりやすい建国神話の解説』の本はすぐに見つかった。
元居た場所まで戻ると既にテーブルでロバートが読書をしていた。彼はソファの背もたれにはもたれかからず、まっすぐな綺麗な姿勢で座って読んでいる。
やっぱ傍から見るお兄様の美しさって素晴らしいわ…ただ座っているだけでのあの湧き出る品の良さとか…まるで絵本の中に出てくるような王子様みたいで。黙ったままだと本当に目の保養なのに…
改めて恰好いいなと見惚れていると、本から顔を上げたお兄様と目が合った。
私の視線にいつものように優しく微笑んでいる。
その優しい笑みに微笑み返してから、テーブルまで歩いて行きそのまま向かいに腰を下ろした。
私もお兄様と同じように本を開いた。
内容は今住んでいるアトラス大陸に各地に残っている神話や伝承、叙事詩、伝説などがいくつか紹介されながら、リアタタール王国の建国神話について載っていた。
かつてアトラス大陸は天界と密に繋がっていて、神様など天界に住む者たちが自由に行き来をしていたそうだ。
その中でとても繁栄している王国があり、神はそこの王を気に入り一緒に天界に住まないかと誘い出し地上から国ごと連れ出した。
ただこれも諸説あり、元々王さま含めて神が作り、気に入った者たちだけをそのまま天に残して、あとは地上に住まわせていたという伝承もあるそうだ。以前読んだ絵本だと此方の内容を参考にしているように思う。
連れていかれた国の住人はそのままそこでレムリアという国を作り、豊かに暮らしていたそうだ。しかし、月日が過ぎるに従って段々と対立していき分かれて争うようになった。
この争いの原因に関しても諸説あり、神の秘宝を盗んだとか、神を殺そうとしたとか、覇権の争いだったとか色々と伝承が残っているらしい。
そしてついに神の禁忌に触れた事で、神は争いを止めるために人々を天界から追い出し、それぞれ言語を分けて地上に落とした。
更に国民の責任としてレムリアの国王は、その血に死の呪いを受けたそうだ。王家に双子が生まれたらその魂が揃って成人を迎えると、大陸が滅びていく呪いになるというものである。
ただこれも諸説あり、二つの分割した魂とあるので双子でない可能性も指摘はされていらしい。
少なくとも王家から生まれる者が二人、呪われた魂を持って生まれてくるらしい。
アトラス大陸はレムリアから落とされた人々が各国に散って行ったが、地上に戻ったレムリアの王様は一部の国民を引き連れて、新しくリアタタール王国を建国した。
それが今のリアタタール王国となるそうだ。
ざっくりとそんな内容が書かれている。
「うーーーーん…」
思わず唸りこんでしまう。
ざっくりしすぎていて全然よく分からないわ!!
あくまでも伝説や伝承などと紹介されているが、実際呪いとか言われるとよく分からないし…分割された魂の下りもいまいちよく分からない…
魔法の世界だし、呪いとか普通なのかしら…?それより気になるのはレムリアというワードの聞き覚え…これ前世の時に聞いたことあるわ。
オカルトで有名だった幻の大陸名よね…こっちの場合は天にあったからまた違うかもしれないけど幻という意味では類似性高いわ。
…日本人の作ったゲームだから、といえば元も子もないけど。
もしかしたらレオンハルトルートだとレムリアとかも出ていたのかしら…ゲームにないものが多く出てきていて想像以上の複雑な世界なのかもしれない。
そもそももうゲームの世界に似た別世界の可能性ですらある。リアーナ・グランが転生者であるように。
ゲームで呪いという言葉を使っていた張本人であるレオに直接聞くのかどうなのかしら?
…まだ知らない可能性もあるし、怪しすぎるわよね…
あれ、でも王家の呪いって絵本で出てくるくらいポピュラーなら二人の王子も何か知っているのではないだろうか?
いずれ直接聞いてみるというのもアリなのかもしれない。
「もう読み終わった?」
本を閉じてうんうんと唸っている私に、お兄様が声をかけてきた。
「あ…はい。一応…読み終わりました…」
「ははは、釈然としない感じだね?あくまでも本として残る歴史や伝承は、時の権力者にとって都合のいい事しか残っていなかったりするしそのまま受け止めても難しいよ」
「えー、それって嘘ってことですか?」
「うーん、嘘というとまた語弊があるけど。物事の見方はどの視点から見るかで正反対にもなるって事だよ。王家や四大侯爵家で秘密にしている事もあるだろうし」
「そ、そうなんですか!?我が家でも?」
「勿論、我が家だって色々あるさ。建国当初から唯一ある古い家系だからね。王国の事であれば城内の図書館の方が色々あると思うよ。勿論、閲覧が制限されているものも多いけど…」
「な…なるほど」
言われてみれば、日本でも天皇の古墳が見つかっても内部の発掘調査がされていないものもあったし、剣山など入る事すらできない所もあった。ロバートの言う事はもっともである。
…そもそもレオンハルトに殺されなくても、何故同じ日にリアーナは自ら死を選ぶのだろう?
リアーナ自身の、グラン公爵家を探るというのもアリなのではないだろうか…?
そこまで考えていたらお兄様にもうそろそろ帰ろうと言われたので、もう他の本を読む気にはなれなかった私はそのまま図書館を後にした。
城内の一室である会議室、定例会で集まる大臣たちと国王が席に着いていた。建国記念祭に関しての最終確認のみで終わる予定の、いつもの他愛もない会議のはずであった。
「…最後に一つ宜しいでしょうか」
終確認を終えてそろそろ終わるかという流れで外務大臣であり、ベイリー公爵家の当主であるモーリッツ・ベイリーが重々しく口を開いた。
「何だね?」
議長でもあるギルベルト国王が彼の発言を促す。
「急遽ですが…十日後から始まる建国記念祭に共和国から来賓の申し入れがありました」
「は?」
「共和国…?」
彼の言葉に会議内がざわついた。それぞれの反応は困惑の色が強かった。
それもそのはずだ。
テーレ共和国はその時の任期の大統領の方針によって外交についての方針はまちまちで、今期のロックハート大統領はほとんど行なわれていなかった。
ただ、最近はゾーレ連邦を訪問したりなどの話も上がっていたし、少しずつ外交に力を入れ始めている事から王国としても外交の打診は考えていた。
「五年ぶり…ですね」
ポツリと呟いたのは財務大臣である伯爵家のミリー・サリバンだった。
瞳の色と同じ茶色の緩く編んである三つ編みの先を指先でくるくる巻き付けながら左上を向いて何やら考え込んでいる。
彼女は平民から大臣にまで上り詰めた非常に優秀な女性で、その優秀さからサリバン伯爵に見初められて今は伯爵夫人となっている。
彼女の活躍で王城内にも有能な女性が職を求めて、女性の雇用率が非常に増えてきている。
「そうなるな。五年前の就任時以来だ」
ギルベルト国王がそれに答える。
「それはまた…何かあったのですかね…」
少し眉を顰めて法務大臣である侯爵家のサミュエル・キャロルがベイリー公爵を見た。彼はこの場の一番の年長者であり、前国王から支えている。家督も既に息子に譲っているので普通なら既に引退していてもおかしくない身であるが、優秀なためギルベルト国王に引き止められてまだ在任している。
彼は侯爵家でありながら、貴族が嫌がっていた女性や平民の積極的雇用の変革などを推し進めた非常に有能な人物である。またそれを実行できる人脈とリーダーシップがある。
「いや、それが…ロックハート大統領の希望というよりも一緒に来られる国宝の希望との事だそうで」
少し歯切れが悪そうにベイリー公爵が答える。
「国宝…まさか…」
首相であるグラン公爵が眉を顰めて呟く。会議場内は更に騒然とするのも無理がない。
元々魔道具大国としてテーレ共和国は有名である。
公用語が古代語というのもあって、魔道具の開発・発展が著しい国であった。ただ、そこからの発展で移民も魔力のない者たちが集まり、今では魔力のない国民の多い国となっている。
そんな中で珍しい画期的な魔道具を次々発表する商会が現れた。
今や飛ぶ鳥落とす勢いの魔道具商会、ハーヴィー商会は瞬く間に、テーレ共和国内でトップに躍り出て、今この大陸内で知らない人はいないくらいの有名な魔道具専門店として知られるようになっている。
高価なものから安価なものまで、非常に幅広いラインナップで貴族から平民まで大人気の商会である。
そのハーヴィー商会を押し上げたのが、他でもないハーヴィー家の娘にして、天才魔道具として名高いラナ・ハーヴィーである。
まだ十二歳という若さなのも驚異的ではあるが彼女が天才なのは、誰にでも作れる魔法陣の考案で大量量産の珍しい安価な魔道具を作り出せることと、また彼女しか作れないとまで言われる緻密で精密な魔法陣で作製される高クオリティな魔道具まで多才であるからである。
ちなみに王子と側近を繋ぐイヤリングの魔道具は彼女の商会のものである。リアタタール王国の王家も御用達なのである。
彼女は大統領が直々に国宝として扱っていて、手厚い保護と待遇を受けているという話は王国内の上位貴族の中であれば有名な話である。
特注で彼女の作成する魔道具は大陸内で予約数年待ちが普通のレベルである。待って作れたらいいが、気難しい性格で受けない事も多いそうだ。
「残念ながらそのまさかです…あのラナ・ハーヴィー嬢のご指名です」
こめかみを抑えながらベイリー公爵がそれに答える。
「…なんでまた?」
この会議のメンバー全員が知りたかった、ごもっともな疑問を更にグラン公爵が聞く。
「魔法が見たいそうで、建国祭で披露される催しに興味を示されたとかで…」
「ほう…」
「中央都市内全ての市街地での祭りにも参加されたいそうなので…」
「…あちゃー、また頭が痛い話だな」
軽い口調で声を上げたのは軍務大臣であり、ナイト公爵家当主であるアンドリュー・ナイトであった。
彼が今回の警備などを取り仕切っているから当然の反応だろう。
そもそも王家でもてなすような来賓の人たちは通常であれば城から出ない。あくまでも外交目的で来る事が多いというのも起因している。
「適任としては護衛の能力ではレオンハルト第二王子になるでしょうが、会話などを考えるとアルベルト第一王子が良いと思いますし…」
「よし!もういっそ、二人つけちゃえば?」
ベイリー公爵の言葉にナイト公爵が自分の仕事が減ったとばかりに押し付けようとする。
「…ただ二人ともパレードなどの参加や仕切る催しもあったりするのでずっとの護衛は…」
「いちいち変えるのもなぁ…」
ベイリー公爵の言葉にグラン公爵が相槌を打つ。周囲もため息をつきながらそれに同意している。
「そこでだが…できるなら君のとこが一番適任かと」
ベイリー公爵の視線がグラン公爵に向く。それにより全ての視線がグラン公爵に集まった。
「…ロバートか」
ため息を吐きながら、言いたくなさそうにグラン公爵が答える。
「そう、彼なら全て問題ないだろう。古代語も話せるし何よりハーヴィー嬢とも同い年だ」
「…わかった。ロバートに伝える。他に騎士からも護衛を」
「そこは問題ないぞ。うちから選りすぐりのエリートを2名つけてやる」
ナイト公爵が親指を上げて、ウィンクしながらにやっと笑う。
「勿論、うちの影も2名貸しますよ」
すかさずベイリー公爵もフォローする。
彼は外務を取り仕切る中で、優秀な諜報組織も持っているが、更にそれとは別に影と言われる対象から隠れて護衛をする非常に優秀な組織も持っている。
「助かる…」
「では、これにて終了だ。後は頼んだ」
ギルベルト国王の言葉でその日の会議は終了した。
大人の登場人物たくさーん。設定考えるは好きです。