21.まるでそれはおとぎ話の騎士のようで
レオの言った通り、あれから二日後にみんなに会えた。
お父様にもお兄様にも散々注意はされ、アナにも二度とこんな真似をしないよう約束させられた。
少し前よりも制限はあるがやっと日常生活に戻った。
あのまま軟禁生活が続いていたら発狂していたかもしれない。本当に良かった。
「お父様、今日図書館に行きたいのですがよろしいでしょうか?」
外出時は暫くの間は朝食時に相談する事になってしまった。少しだけ面倒ではあるが仕方ない。
「一人はダメだ!僕も行く」
お父様が口を開く前にお兄様が声を上げた。
あれからお兄様の過保護度は爆上がりをして、屋敷内はずっとついて回ってくる。
まるでカルガモ親子のようである。使用人たちはその様子を微笑ましく見ているようではあるが、流石にどうなのだろうとは思っている。
「…まぁ、あんな事があった後だからロバートの言いたい事も分かるが…今日も登城しないのか?」
「勿論です。父上に宣言した通り今月中だけでも私はリアの側にいます」
「うーん、ロバートがいたらそれはそれで安心だけど…でもな…」
お父様は唸って悩んでいる。
「いいじゃない、貴方。リアはあんな怖い目にあったんだもの。ロバートが側で見てくれたら私も安心だわ。最近のリアったらお転婆さんなんだから」
そんなお父様をおっとりと笑ってお母様が嗜める。
私の事件でお母様はショックで倒れて、暫くの間寝込んでいたらしい。
この家にはリアーナの過保護な面々しかいないみたいである。愛されているしいい事ではあるのだが、ゲームのリアーナが全く使えなかった理由がとてもよく分かる。
「分かった。リアもロバートとなら今日行っても構わない」
「ありがとうございます。お兄様、宜しくお願い致しますわ」
お兄様と準備出来次第すぐに出かける約束をして、部屋に一旦戻った。
「お待たせ、僕の可愛い姫」
部屋で待っているとロバートが訪ねてきた。一緒に馬車まで移動する。後ろには当然でがあるがアナとロイも連いてくる。
最近はこの四人でゾロゾロ移動するのが当たり前になってきている。
図書館の地下への階段前でアナとロイとは別れて、ロバートにエスコートされながら地下一緒に降りて行った。
中に入って以前マティに教えられた棚に向かって歩いて行く。
「…リア…」
通り過ぎようとしたところで、以前と同じ場所にマティが座っていた。私たちを見て驚いた表情をしている。
「マティ!久しぶり!よかった、会いたかったわ!ねぇ、元気?あの後は大丈夫だったかしら?」
嬉しくてマティに駆け寄る。
私のテンションの高さとは対照的に、彼はバツが悪そうな戸惑った様子である。
「…巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」
立ち上がったマティが、私達に向かって頭を下げる。
彼の態度の意味がわからなくて、後ろにいるロバートを見ると冷ややかな目でマティアスを睨みつけていた。
「僕は許さないよ。リアを巻き込んでおいて」
「お兄様!!」
カッとなって大きな声でお兄様の言葉を遮って咎めた。
「私がマティに無理を言ってついて行ったのよ。マティは悪くないわ!それでもマティを責めたらお兄様を嫌いになるわ!」
手を広げてマティを庇うように立って、お兄様を睨みつけた。
お兄様はすぐに困ったように眉を下げて、しょぼんとした表情をしている。
何か言いたそうにしていたが、暫く考え込んだ後口を開いた。
「…ごめんよ、リア。マティも頭を上げてくれ」
お兄様の言葉にやっとマティが顔を上げてくれた。それでも相変わらず視線は合わない。
「…あたしが悪いのよ…こんな事になるんて…」
「何も無かったわ!それよりマティだって私を庇って蹴られていたでしょ?怪我はもう大丈夫なの?」
そもそももっと早くに誘拐事件に思い至ればよかった。ゲームでの時間の流れが分からないとはいえ、自分自身が軽く見すぎたところもある。
「…ええ、大丈夫よ。自分で治療したわ」
「杖も取り戻せたのね。よかったわ」
彼の表情は相変わらずいつもと違って暗いままだし、ちゃんと視線が合わない。
マティを助けたかったのに。
こんな表情をさせたかった訳じゃないのに。
悲しい気持ちと、何だか無性にイライラする気持ちが募ってくる。
「お兄様、少しだけマティと二人だけで話をさせてください」
「…わかったよ。本を選びに行くよ」
お兄様はその場を去っていくのを確認するとマティと向き合った。
マティに近づくと、彼の頬を両手で包み込んだ。
驚いたように目を見開く彼とやっと視線が合った。ニコッと微笑んでから、遠慮なく表情筋を動かすようにムニムニと揉んでいく。
「…にゃに、すんのよ」
ムニムニされているせいか、上手く発音できていないマティに思い切り吹き出して笑ってしまった。
「ふふふ、にゃに…にゃにって…」
ちょっとツボに入ってしまって、お腹を抱え込んで笑ってしまった。
「…あんたねぇ…もう~、人が真剣に落ち込んで悩んでいたのに…」
呆れたように、それでも少し笑ってくれたマティに嬉しくなる。
「改めてお礼を言うわ。あんたのお陰で助かったわ」
「私こそありがとう。マティがいたから怖くなかったわ」
実際あの状態で一人だったら怖すぎて、シナリオが分かっていても動けなかったかもしれない。マティがいたから私は動けたのだ。
「…あんたってほんとに…もういいわ…」
呆れたように微笑んでいたマティが少しため息を吐き出すと、急に真面目な表情に変わった。
彼は私の目の前で優雅に跪いた。
その動作はまるで騎士のようではあるが、彼がすると何だかとても気品があって美しい。真剣な表情で見上げられるとついドキドキしてしまう。
「次は必ず守るから」
驚いて黙って立っている私の右手を取ると、その手の甲に彼は口づけを落とした。
その視線と、その唇の感触に思わずぞくりとした。
さっと耳まで熱が帯びて、すぐに真っ赤に染まっていく。
私のそんな様子を彼はいたずらっ子のようにニヤリと笑って、右手のひらに何か小さなものを握らせて立ち上がった。
「ふふふ、ほっぺのお返しよ。もう行くわ。またね」
「も~、だからあまりからかわないでよね!またね」
ちょっと口先を膨らませながら抗議する。それでも彼が元気になって本当に良かった。
マティの後ろ姿が扉に消えたのを見てから、ツカツカと以前彼に教えてもらった棚に向かって歩き出した。
建国神話の置かれている棚まで来る。お兄様の気配はない。
手のひらを開くと、小さく折り畳まれた紙が握られていた。それを破かないよう気を付けて開いていく。
手紙はお手本のような綺麗な字で端的に書かれていた。
[7/4 16:00 君の家の裏庭にて待つ]
来月の日付で指定されている。
この時間であればいつも通り裏庭でトレーニングしている時間帯だろうし、来月であればお兄様ももう登城していていない。何か二人だけで話したい事があるのだろう。
…きっとあれよね…
すぐに思い当たる。
あの事件時、私はマティにゲーム知識の話をして的中させた。
どこまで話せばいいのか…この日までに私は考えないといけないだろう。
忙しくて忘れていました