◆プロローグ
馬車が止まり、お兄様の手に引かれて鬱々とした気持ちで外に降り立った。
太陽の光に反射して輝く美しく、壮大で豪華な王城を目の前に内心小さくため息をついた。
私の名前はリアーナ・グラン。
リアタタール王国の四大公爵家の内の一つ、グラン家の長女である。
お父様譲りの水色の長い髪は緩くウェーブがかかっていて、歩くたびにひらひらと揺れている。水色の長いまつ毛に縁取られたブルーサファイアのような大きな青い瞳は、その儚い見た目をより引き立てている。薄い桃色のドレスは上品な白いフリルがたくさんあしらわれていて、その美しさはまるでドール人形のようであった。
今日が十歳の誕生日。
緊張でガチガチになって現在王城を歩いているのは、誕生日のお祝いの挨拶をさせて欲しいと、初めてギルベルト国王に招かれて登城したからだ。
そしてそんな私の手を取り、隣を歩いているお兄様の名前はロバート・グラン。
私の色味と少し異なるシルバーに近い水色の髪はサラサラのストレートヘア、アクアマリンのような水色の瞳は少し垂れ気味で、柔和な印象を与える美男子である。
彼は既に王子たちの友人として毎日のように登城している事もあり、落ち着いた様子で時折、私の視線に気付き嬉しそうにニッコリと微笑んでくれる。
緊張でどんどん重くなっていく足は、お兄様がエスコートしてくれなかったらそろそろ歩みが止まってしまいそうだ。
国王に会うだけならまだしも、同い年の王子二人に会うのは更に気が重くてもっと緊張する。
重度のシスコンであるお兄様とそれ以上に娘を溺愛するお父様のコンビのせいで、同い年の男の子に会う機会はほとんどなかった。そもそも女の子の友達ですらいない。
お茶会の参加もほとんどしないし、婚約者のいない兄弟を持つご令嬢の家に遊びにいく事ですら禁止されているから仕方ない事ではあるが。
まだあまりよく理解できないが、中立派である我が家はとても偉いから権力バランスの関係で今の情勢だと色々と難しいらしい。ただこれは建前で本音はリアーナを外に出すのを良しとしない溺愛コンビが阻んでいるからである。
ちなみに今の情勢というのが先程出てきた王子たちの話に遡る。
彼らはリアーナと同い年で、通常であれば双子だが決して双子ではない。とてもややこしい事だが正妃と側妃が同じ日に産んだ王子達。双子であった方が大問題ではあるが。
時間帯も似通っていたらしく、正妃の産んだ王子を第一王子に、側妃の産んだ王子を第二王子とした。
総合的に優秀な第一王子と飛び抜けた天才の第二王子、派閥が国を二分としているという何ともややこしい状況なのだ。
ただ穏やかで優しい性格の第一王子と、通称・死神王子と呼ばれ恐れられている悪評高い粗暴な第二王子、今のところ大半の平民からの評判の軍牌は第一王子であろう。もちろん貴族はまた異なってくるだろうが。
シェロであれば緊張しないし、いっぱいお喋りしたいのに。と内心またため息をつく。
シェロは男の子で、たまにふらりと我が家にやってくる唯一のお兄様には内緒の私にとっては初めてのお友達だ。
少し癖のある長めの美しい金髪に、ブルートパーズを思わせる美しい大きな瞳。
門の外で半泣きで歩いている彼を最初に見た時は絵本に描かれているような天使かと思った。いや、実際に自己紹介されるまでは真剣に天使だと思っていた。
何故かワンテンポ反応が遅れたお父様より先に素早く声をかけて、庭に招き入れて慰める為にお茶会に誘ったのだ。
お気に入りのお菓子であるマカロンを差し出すと、とても愛らしい笑顔で食べていた。
そこから仲良くなり、話したり遊んだりするようになった。ただ彼は忙しいのかいつも急にきて、一時間もしないうちにすぐ帰ってしまう。
何より私はシェロの家名を知らない。
だってお父様の知り合いみたいだし、許しが出た以上怪しい人物でなければ別にいい。余計なことを言って会うのを禁止されるのが嫌だった。
まぁ、いつかきちんと挨拶できればいいなとは思っているけど…
現実逃避をしているうちに、気づいたら目の前には大きな華美な扉が見えた。
両サイドに立っている近衛兵が扉を開き、私たちは中に入って行った。
奥にはギルベルト国王が豪華な王座に腰をかけており、その横には私を見て和かに笑うお父様が立っているのが見えた。
奥にある美しい女神をモチーフにしたステンドグラスの大きな窓から降り注ぐ太陽の光をキラキラと浴びて輝く美しい金髪と、トパーズのような金の瞳、黄金比率の見本のような完璧な容姿はリアタタール国の国王陛下、ギルベルト・ヒュンメルシュタイン。
小さな顔は整っており、長い脚、程よくついた筋肉、存在そのものが彫刻のように完璧である。時が止まったかのような美しさは不老不死や年齢不詳とも言われている。
そして私達と同じ水色の髪色で短髪、エメラルドのような碧の鋭い瞳を持つのがお父様、リアタタール王国の宰相であり、四大公爵家であるグラン家当主、オースティン・グラン。
実際の身長よりも更に大きく見える存在感、がっしりした筋肉と鋭い目つき、口髭がとても似合うダンディな姿は常に堂々としていて非常に頼もしい。自慢のお父様である。二人は同い年ではあるが全く見えない。お父様に貫禄がありすぎるのか、国王陛下が年齢不詳すぎるのか…難しい問題である。
「此度はわざわざ済まなかった。今日は無礼講だ。呼びつけるつもりはなかったのだが、こいつが譲らなくてな」
「そもそもリアに紹介はまだ早いです。不要です」
「そう言うな。あと何年待たす気だ」
二人の気さくなやり取りは想像以上に親密な関係みたいである。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます。グラン公爵家長女、リアーナと申します」
少し呆然として遅れたが、落ち着いて美しいカーテシーを披露してみせた。お母様にみっちり鍛えられた挨拶には少し自信がある。
「ご無沙汰致しております、陛下。いつも殿下達にはお世話になっております。本日はリアのエスコートで参りました」
私とお兄様の挨拶にギルベルト国王はにこやかに頷く。
「ロバート、久しいな。いつも二人の面倒を見てくれていてむしろ感謝している。それにしてもなかなかオースはリアーナ嬢だけには会わせてくれなくてな。私の中ではコイツの中の幻だと疑った事もあったのだが、実在していてよかった。本当に幻のような美しい令嬢だ」
「お褒めの言葉至極恐縮です」
何とか噛まずに言えて内心ホッと胸を撫で下ろした。
「リアーナ嬢、改めて10歳の誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、ギルベルト国王様」
ギルベルト国王は近くの近衛兵たちに目配せをすると、そのうちの一人はそのまま外に出ていった。
「これから二人の息子たちを紹介させて欲しい。知っているとは思うが同い年だ。いずれ王立魔法学園でも一緒になる。自慢の息子たちだ。これを機に仲良くしてほしい」
「はい、ありがとうございます」
不満そうなお父様の視線を完全に無視して、国王陛下は私に向かって微笑んだ。
いよいよ王子たちとの対面。
お兄様から二人の事はあまり聞いた事がない。
というのも、以前興味本位でどんな人たちかと尋ねてみたら、お兄様は大暴走し「リアは王子がいいの?嫁ぐなんて僕が許さない」「ああ、それでもうちの家系では…いや、絶対に許さん」と色々ヒートアップしていったので、それ以来、お兄様には王子殿下たちの話を聞かないようにしている。
とても優しく、賢いと評判の自慢のお兄様だが、私に対しては溺愛しすぎていて少々ポンコツ気味になる。
「…えっ」
入ってきた二人の王子たちを見て目を見開き、思わず声が出てしまった。
私の反応に横にいるお兄様が訝しげに私と王子たちを見比べながらも、渋々後ろに下がていった。
先頭を歩く彼はどう見てもシェロだ。でも王子たちの名前はシェロではない。どうやら仲良しの男友達であるシェロは王子であったみたいである。
彼に釘付けになりながら思わず目をぱちぱちと何度も瞬かせる。
そんな私の様子と視線に気づいた彼は少し困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、少しだけいたずらっ子のようなニヤッとした表情を覗かせて最初に口を開いた。
「初めまして、グラン家公爵令嬢。私は第一王子、アルベルト・ヒュンメルシュタインだ」
その名前を聞いた瞬間、一瞬だけ鋭くズキンとこめかみに痛みが走った。
「…シェロ」
「ごめん、驚いたよね」
痛みは気のせいかと思い直し、私は改めてカーテーシを披露した。
「ふふっ、初めまして。アルベルト殿下。グラン家公爵長女、リアーナと申します」
言った瞬間、ガンと先程よりも頭を思い切り殴られたようなかなり強い衝撃があった。物理的な訳でない。思わず表情が歪みそうになるのを何とか抑えて顔を下に向けた。
「アル、次は僕もいいかな?」
「…っ、あぁ」
無機質な声を聞き顔を上げると、彼の隣には色違いのお揃いの服を着た少年が立っていて、私に向かって一歩前に歩み出た。
シェロとは異なる色合いの黒い髪色に、国王陛下と同じトパーズのような金色の瞳、整った美しい顔立ちは無表情でまるで彫刻のようであった。
「僕は初めまして。第二王子、レオンハルト・ヒュンメルシュタインだ」
愛想も何もない無表情なその金色の瞳に射抜かれて、もう一度大きく頭が揺さぶられた。
たくさんの返り血を纏う漆黒の衣装。
目で殺せるくらいの鋭い視線。
頭に流れ込むよくわからない膨大な映像の記憶。
立っていられなくなるくらいの頭痛に、思わず平衡感覚が失われて体がふらつき、一、二歩と前に足が出た。ぐわんぐわんと頭が揺れていて、まるで酔っているかのような気持ち悪さ。
「大丈夫ですか?」
前に倒れそうになった私の体を、彼は素早く手を掴んで引き寄せて、真正面から支えた。
お互いの顔の距離がなくなり、彼の腕の中で間近な金の瞳に見つめられた瞬間に全てが繋がった。
私は前世、此処とは別の世界を生きていた事。
そしてこの世界はその時の私が直前までプレイしていて、まだクリア途中の乙女系RPGのオンラインゲーム。
【呪われた王国~紡ぐ二つの魂~】
どのルートもあまりに救いがないと聞いて、初めてプレイしてみた乙女ゲーム。悲恋や暗い系のストーリーは大好物だけど、それは第三者視点だからいいのであって自分に降りかかるのは冗談ご免である。絶え間ない頭痛と絶望感に目の前が真っ暗になっていく。
「…レオンハルト国王…」
声に出ているかどうかも分からない言葉は、果たして彼に届いたかも分からないうちに視界が暗転して、私はそのまま意識を手放した。
初投稿です。
宜しくお願い致します。