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9話 私はだれ?①

「彼女はやはり解離性健忘かいりせいけんぼうと見て間違いないでしょう。いくつかの質問やテストをおこなったところ、その中でも全般性健忘であると診断しました」

「全般性? それはどういったものなのでしょうか」

「ええ。まず解離性健忘は、なんらかの強いストレスやトラウマを経験することで起こる記憶障害です。失われた記憶の期間や内容によって症状は分類されるのですが。全般性健忘は自己同一性や過去の経験すべての記憶を失った状態です」

「では彼女は……」

「はい。自分の名前も覚えていません。ですが体で覚えた技能――スプーンの使い方や文字の読み書き、そして一般常識の情報は失われていませんので生活に支障はないでしょう」


 私はベッドヘッドに背中を預けて、医師が病室を訪ねてきた男性に話す内容をぼんやり聞いていた。

 ジュリー女王とダグラスの乗った船の上で、激しい頭痛に見舞われた私は、病院に搬送された。それから医師に幼稚園児にするような質問をくり返されたが、そんな問答がなくても自分の状態はわかっていた。

 見知らぬ病院のベッドで再び目覚めた時、辿り着いた洗面台の鏡に白髪はくはつの女性が映っていた。驚いた顔で口に手をあてがう。私とまったく同じ動作を相手もしてはじめて、それが自分だと理解した。

 年齢はわからないが成人のように見える。髪は白で胸元まで伸びていて、下でふたつ結びにした青いリボンがほつれていた。目は青だ。肌の色はジュリー女王と比べると色白かもしれない。

 リボンを取って結い直してみると、自分でも驚くほどきれいに結べた。手が勝手に動く。そんな感覚だった。医師から渡されたスプーンもペンも同じ要領で扱うことができたし、道路の交通規則なんかも覚えている。

 だけど自分の名前は出てこない。住所も両親の名前も顔もわからない。


「外傷もなく、体は健康そのものです。すぐにでも退院はできるのですが……」

「わかりました。彼女と僕で話してみます」


 そう言って男性は医師に頭を下げ、退室していく白い背中を見送った。

 この男性とは初対面、のはずだ。灰色がかった白髪しらがと目尻や口元のしわから六十歳前後に見える。襟つきシャツにベストとループタイを合わせた格好は、品の良さがうかがえた。

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