表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/365

ふたりきりのお弁当作り④

 中学校の卒業式。ひっそりとした校舎裏に現れた彼を、ジェーンはあの時もこんな緊張した声で呼んだ。


「ん? なに」


 不思議そうに見つめ返す彼を前に、逃げ出そうとする体を懸命に叱咤して顔を上げる。湧き上がる恐怖と戦いながら、冷たくなった拳を握り想いをぶつけた。


「私、その、私たち、本当は……」


 うん、とやさしく応えたダグラスの声に、ジェーンは目を見張る。けれど目の前にいたのは、照れくさそうに笑ったあの日の男の子ではなく、精悍せいかんな顔を怪訝に歪める大人のダグラスだった。


「……いえ。なんでも、ありません」

「焦らなくていいよ。もしなんか思い出したらまた話してくれる? 俺ももう一度よく思い出してみるよ」


 その時鳴ったキッチンタイマーの音が会話を切り上げた。ゆで上がったパスタを水切りに移すダグラスを見つめていると、頭がキリキリ痛みはじめる。

 告白を経て恋人になったふたりがその後どうなったのかは、ジェーンにもわからなかった。夢に見る断片的な場面だけで、ダグラスに関わることでも思い出せない。

 ジェーンはダグラスがどんな高校に行き、いつ芸大に進学を決め、役者を志すようになったのか知らなかった。

 目をつむり、幸せそうに夢の中のジェーンを抱き締める《《ダグ》》を思い描く。


「私たちは終わってしまったの? ダグ。だからいらない記憶を消したの?」

「ジェーン! 野菜はどう? いい感じ?」


 記憶の空白にどんなに恐ろしい時間が横たわっていようと、今ふたりの関係は白紙に戻り笑い合えるなら、この友情を守っていけばいいのではないか。


「いい感じですよ、ダグラス。入れてください」


 フライパンからあふれるパスタに慌てるダグラスを、ジェーンはぎこちない笑みで見つめた。




 三週間が経ち、ジェーンはトイレ掃除に慣れてきた。女性と男性トイレをすっかり磨き上げ、予備のトイレットペーパー点検を欠かさずおこなっても、十一時半には完了できるようになっていた。

 しかしだからと言ってアナベラは合格の判をくれるわけでも、ましてや整備士として新しい仕事をくれるわけでもない。言いつけられるのは雑用や購買部へのお使い、そして領収書の記入作業ばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ