トラブル発生①
「まさかっ。そんなつもりじゃなくて、ついうっかりで……!」
わかってるよ。一段とやわらかなロンの声がそっと鼓膜を揺らす。暖かなぬくもりがジェーンの頭をやさしくなでた。
「きみの記憶喪失だからって甘えない、ちゃんとしようとする姿がね、笑みがこぼれるくらいなんだか愛しいんだ」
ああ、そうだね。ロンはひとりうなずき、ジェーンの髪をすく。
「かわいいんだ。きみはかわいいよ、ジェーンくん」
心の奥底をむずがゆいしびれが駆け巡った。ロンのおだやかな笑顔を見ていると涙がにじみそうになり、サンドイッチの紙袋を抱えてうつむく。
「こんなおじさんに言われても困るね」
ジェーンは震えそうな言葉の変わりに、力いっぱい首を横に振った。
「昼食は心配しないで、って言われてもなあ。給料日まで一ヶ月くらいあるし……」
とぼとぼと整備部事務所に戻りながら、ジェーンは別れ際ロンに言われたことを考えていた。恩人は約一ヶ月分の昼食代も出すつもりでいる。
「どうにかならないかな」
サンドイッチが入っていた紙袋をていねいに畳みつつ、ジェーンは事務所の扉を開けた。
「ない! ない! メモがない!」
すると、なにやら机を引っ掻き回しているレイジの姿が飛び込んできた。ペンやファイルが床に散らばろうと構わず、引き出しを片っ端から開けていくレイジに、戻ってきたクリスやノーマンも注目している。
しかし探し物は見つからなかったのか、レイジはうっとうしそうにフードを払いのけ、髪を掻き乱した。頬は強張り、わずかに血色が悪い。よほど重要なメモだったのだろう。
そう思いながらジェーンが案じていると、レイジの目がギョロリとこちらを向いた。彼は険しい表情のままずんずん近づいてきて、ジェーンの肩に掴みかかった。
「お前が捨てたんだろ!」
「へ?」
「確かに机に置いたのにメモがない! お前が机を拭いた時落として、ゴミといっしょに捨てたんじゃないのか!?」
「そんなっ。作業をされていたのでレイジさんの机には触っていません。物を落とした覚えもありませんよ」




