表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
364/365

364話 未来へ引き継ぐ④

「いつかわかってくれると信じてる。……父さん」


 目を見開くロンからディノへ視線を映す。陽だまりのようにあたたかい瞳が、ジェーンに注がれていた。互いの手をぎゅっと握り合ったのを合図に、短剣を腹へひと思いに押しつける。

 アダムの言う通り痛みはなかった。けれどにわかに刺したところから熱くなって、重い睡魔が全身を浸す。ゆっくりと沈んでいく感覚に包まれながら、ジェーンは幼い男の子の声に呼ばれた。


『ロジャーさま、ジュリーは今日かけっこでいちばんになりました! すごいでしょ! おえかきもお歌もがんばっています。早くロジャーさまにもお見せしたいな』


 ぽかぽかとした陽気の中で、男の子がにこにこ笑っている。黒髪で、小さな褐色の手には紙のメダルがぴかりと輝いていた。

 保育園であったことを無邪気に聞かせてくれる男の子を、ジェーンは微笑ましく思っていた。


『ロジャー様っ、風邪をひいてませんか!? 寒くないですか!? イヴ、ロジャー様の周りにもっと葉っぱを生やして。だいじょうぶ、俺が守りますから』


 大雨の日、男の子は自分も髪を濡らしながら、ジェーンにレインコートをかけに来てくれた。迎えにきたロンに連れていかれるまで、ジェーンの手をあたためていたその凍える手を握り返せなかったこと、今でも強く後悔している。

 すらりと身長が伸び、声も低くなった男の子は、たまにしか姿を見せなくなった。会いにきてくれても、前のように一日のできごとを話してくれない。遠くからじっとジェーンを見つめて、しばらくすると去っていく。

 ジェーンの胸はツキリと痛んだ。それでも心は恋人ダグを求めて、彼のいない世界から目を背けるように眠りつづけた。

 ふと触られていることに気づいて、ジェーンは水面下まで意識を浮上させる。あの男の子だった。源樹の枝やつるに絡まるジェーンの髪をひと房すくい上げて、唇を寄せていた。


『あんたはやわらかくて、きれいだな。目はきっとやさしい色をしているんだろうな。……もっと違う出会い方をしたかった。こんな痛みなんか知らないで、あんたに好きだって言える世界で……!』


 ひりつく雨が手の甲を打っても、この体は石像のように動かなかった。知らないと耳を塞ぎ、知らないと目を閉じ、世界を拒んでジェーンの意識は暗闇を漂いつづけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ