352話 御印の光輪②
でもだからこそ、ジェーンがここで屈してはディノの思いが水の泡となる。拘束を解いて人質を脱すれば、ディノがロンに従う理由はない。
ジェーンはロンの様子に気を配りつつ、手錠の柔軟加工を進めた。
「ロン、俺は……あんたをずっと本当の父親だと思ってきた。生まれてすぐ神官として樹上に住まわされ、両親の顔も知らない俺にはあんただけが家族だ」
「そう言ってもらえるとうれしいよ。最初僕は聖騎士としてきみのお守りをしていたけれど、今では心からきみを愛してる。我が息子として」
さあ、ディノくん。
そう言って手を差し伸べたロンの目は、息子への慈愛に満ちていた。目尻のしわは深く、だけどとてもやわらかい。ディノが一歩近づいただけで、老紳士の体は小さく感じた。
また、ディノの目と交差する。ジェーンは震える唇をほどいて、微笑んだ。あなたにならこの身を暴かれても構わない。そう伝えるためだった。そうして時間を稼ぎ、拘束具を外すことができれば望みは繋がる。
ディノは本当はこんなことしたくないと、わかっている。だから怖くはない。
しかしディノが返してきたのは、強く烈しい光を宿した決意の目だった。
「いい子だね、ディノくん。今、窓を直してあげるよ」
「――その必要はない。ロナウド」
決意の炎揺らめく目でディノはロンを射抜く。窓を修復しようとしたロンの指がひくりと震え、大きく目を見開いた。
「あんたは俺の、家族《《だった》》。父親としてあんたを愛していた。けれど今この瞬間からそれは過去になる。俺は最愛の人のために、あんたと親子の絆を断ち切る!」
ディノの手がひらめく。頭頂部に掲げた親指の先から、若葉色の光がほとばしる。
ディノが敷いた横一閃から、光はまるでつぼみのようにぷくりと芽吹き、源樹イヴの葉――スペース型を象った。そして花びらのように折り重なったそれぞれの先端には、いっそう光り輝く丸い果実が浮遊する。
「俺は源樹イヴ様に見初められし神官、ジュリー。頭が高いぞロナウド。ひかえろ」
「あれが源樹イヴ様の御印……大地の光輪……」
ディノの黒髪をあわく緑に照らす光輪の神々しさに、ジェーンはしばし我も忘れて魅せられた。




