343話 扉を開けて③
そこはバルコニーだった。ガーデンの、雲の城で見たものとよく似た欄干があった。
ジェーンがそこに手をついた時、爆音が後頭部を殴りつけあたりが巨影に覆われる。空に目を向けると、腹が大きくふくれた巨大飛行船が飛び立っていった。
青空を黒煙が縦断している。
「これ、は……」
眼下の白い街並みからは火の手が上がっていた。道路には白い戦車や装甲車が隊列を成し、郊外に向かって絶えず砲撃をおこなっている。
そのすぐ後ろでは少ない荷物を抱えた民間人が逃げ惑い、銃を持つ人々が必死に守っていた。
戦車に掲げられた旗が波打つ。先端がハート型の二枚羽根――神鳥アダムの羽根を交差させた国章だ。
「知ってる……。あれは大空の国の……」
正面、中央の大通り。黒煙の向こうにも、風にひるがえる別の旗が見える。目視では細かいところまで見えなかったが、ジェーンにはその紋がはっきりとわかっていた。
スペード型の大樹を挟み、狼が向かい合って座る国章。それは大地の国のものだ。
「大空と、大地の国が争ってる……。これは神話の、違う。過去の戦争……!」
「さっき爆撃機が飛んでいったろ」
そこへ後ろから声がかけられ、ジェーンは息を呑んだ。
「あれが大地の国に着く頃、大空の国にも大地の潜地底艦が侵入してきて、両者ともに自爆する。そうして俺たちは……人類は滅んだんだ」
逃げ出したい。今すぐ自分の頬を殴ってこの夢から覚めたい。
震える心をジェーンはきつく拳を握って叱咤した。何度も大きく呼吸をくり返しながら、覚悟を決めて振り向く。
「ダ、グ……っ!」
ワッと顔を覆った。涙が一気に押し寄せてきて、発作を起こしたように体がガクガクと震え出す。
ダグは外壁に背中を預け、手足を投げ出し座っていた。ジェーンが着ていた、整備士の青い制服に似た軍服をまとっている。
しかしその腹部には、大きな赤いシミが広がっていた。
ふと、彼が弱々しく手を持ち上げた。ジェーンは涙を散らし、血だらけのその手を両手で迎えにいく。ダグの顔は青ざめ、かさついた唇の端からは血が垂れている。




