悪夢①
ジェーンは安堵の息をついて額に手をやる。すべての片づけが終わった時の記憶が、今になってあふれてきた。
「そうだ。四時半には終わって、ちょっと休憩しようってなったんだっけ。そのままふたりとも寝ちゃったんだ……」
ジェーンはラルフの元に戻り、彼の腕時計をちょっと拝見した。八時七分。始業時間までまだ余裕がある。ジェーンは壁に背中を預け、しばし朝の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込んだ。
あと二十分くらい大きないびきを響かせても、鳥たちだって許してくれるだろう。
「遅いねえ、まったく。コピーに何時間かかってるんだい」
事務所前で待ち構えていたアナベラにそう嫌味を言われたのは、広報部のコピー機を借りに行った帰りのことだった。もちろんこれもアナベラに言いつけられた雑用だ。
十分もかかってない。ジェーンはムッとしたが、昨夜の疲労と眠気から言い返す気力が湧かず「すみません」とてきとうに流す。
「来な」
ところがアナベラは唇をひん曲げ、ジェーンの腕を突然引っ張った。痛いほどの強さに思わず足を突っぱねるものの、無理やり女子トイレへ押し込まれてしまう。
アナベラは出口を塞ぐように仁王立ちした。
「さっきねえ、若い男が三人、お前を訪ねてきたよ。『ジェーンはいますか』『ちゃんと出勤してますか』とね」
ジェーンはすぐにダグラスとルーク、ディノだと気づいた。
昨日の事故処理に追われ、シェアハウスに電話を入れることもできなかった。そしてそのまま出勤してしまったのだ。ルームメイトたちには心配をかけたに違いない。
今追いかければ三人に会えるだろうか。しかしアナベラがずいと詰めてきて許さない。
「男をたらし込むことだけは一流のようだね、この薄汚いネコが!」
「や、痛い! やめてください……!」
ふたつに結ったおさげ髪をわし掴みにされて、ジェーンは嫌がる。振り払おうとした時爪が当たり、アナベラの鋭い舌打ちがトイレに響いた。
次の瞬間、ジェーンは強く突き飛ばされ尻もちをつく。コピーしてきた書類が床に散らばった。
「ああ。汚い水で濡れちまったね。コピー、やり直してきな。今すぐだよ!」




