希望の夜明け①
軽く頬をはたかれてようやく、ジェーンはラルフに話しかけられていたことに気づいた。
消去作業の危険なところだ。性質変化は複雑な想像を必要としない。ゆえに、作業自体は単調だ。しかしだからこそ、思考が働かず没頭してしまう。
加えて消費魔力に対し、あまりにも進まない成果が使い手の感覚を狂わせる。
「うーん。四分の一ってところか。まずまずだな」
「でも疲れてくるともっとスピードが落ちると思います。あっちのシェルターも消さなくてはいけませんし」
無事だった壁に背中を預け、ジェーンはラルフが差し出してくれたスポーツドリンクをひと口飲む。
時刻は夜十一時を回っていた。二回の休憩を挟み、青い金属の消去はやっと四分の一だ。シェルターにいたっては手つかず。ラルフのほうもまだ床と天井の修復が残っている。
「シェルターのほうは俺がやる。お前はとにかく補強した金属に集中しろ。いいペースだと思うぞ」
ジェーンの頭をくしゅりとなでて、ラルフはにかっと笑う。
ジェーンよりも経験豊富なラルフのほうが、この厳しい状況を深く理解しているはずだ。それでも気楽に笑って見せてくれる姿に、知らず知らず張り詰めていた心がほぐれる。
「しかしシェルターの屋根を三角にするとは、ジェーンもなかなかやるな。知ってたんだろ? 三角形が最強の強度を誇るって」
両手で三角を作り、片目で覗き込んでくるラルフにジェーンはくすりと笑みをもらす。
「はい。本で読みました。三辺がお互いを支え合う均整のとれた構造体だと」
「……お前はいい創造魔法士になるよ。だから、負けんなよ。権力に酔ってる女帝なんかに」
「でも私のせいで、余計な手間が増えてしまって」
「違う。ジェーンの補強がなかったら、塔の崩壊だってあり得た。そしたらもう、明日に間に合わせるなんて最初から無理だったよ。俺とニコライはアナベラに弱味を握られるだろうし……いや。死んでたかもしれない」
しみじみとつぶやいて、ラルフは体ごとジェーンに向き直った。あぐらをかいたひざに頬づえをついて、じっとジェーンを眺める。
「レイジとクリスが急にやる気になった理由がわかった。ジェーンは希望を運んできてくれたんだな。そう、ジェーン自身が希望だ」




