10話 私はだれ?②
老紳士はベッド脇の丸イスに腰かけ、私を見ると青緑色のおだやかな目を細め、褐色の頬をほころばせた。
「自己紹介が遅れてごめんね。僕はロナウド。気軽にロンと呼んでくれるとうれしいな。きみがいたクリエイション・マジック・ガーデンの園長だよ」
私は目をぱちくりと瞬かせた。
「クリエイション・マジック・ガーデンですか?」
「そう。あそこはね源樹イヴとそのひざ元に栄えた大地の国、神鳥アダムとその翼に抱かれた大空の国がかつてあったとされる、神話の世界をテーマにした公園なんだ。うちの演劇部のパレード中に、きみは現れたんだよ」
私が首をひねるとロンは困ったように眉を下げた。神話は知っていて当たり前の知識だったのだろうか。自分が情けなくなり、ベッドの上かけを握り締めうつむく。
するとロンは、そっと肩を叩いて微笑みかけてくれた。
「だいじょうぶだよ。知らないことは恥じゃない。大事なのは知ろうとすること。きみはここからまた覚え直していけばいいんだよ。焦らずにね」
「はい。ありがとうございます、ロンさん。それと、パレードを台無しにしてしまってすみません……」
「きみはさぞかし混乱していたんだろうね。悪気はないとわかっているよ。記憶もなにかの拍子に戻る可能性もあるとお医者さんが言っていたから、前向きに考えていこう」
ロンが垂れ下がった目尻でにっこり笑うと、春の陽気にあてられたかのように胸がぽかぽかと暖かくなる。柔和な彼の笑顔を見れば、どんなに人見知りの子どもも自然と引き寄せられるに違いないと思った。
「それで、今考えなくちゃならないことはきみの住む場所なんだけど。ご両親や実家のことは手がかりになるようなことも覚えてないのかい?」
「はい。ですがダグ……」
私は唯一覚えている恋人ダグラスのことを口にしかけ、迷った。自分が記憶障害だと自覚したこと、なによりダグラス本人に拒まれたことで自信が持てなくなっていた。
人違い。記憶違い。なにかと混同してしまっているのかもしれない。
ロンは深くうなずいて、私が言いかけたことを察していた。




