第二話 メラニー
突然、知らない女の子にキスされた。
やっと⋯?
会えた⋯?
この子に会うのは今日が初めてだったはず・・・。
必死になって過去に出会ってないか記憶を辿るけど、こんな綺麗な子で印象的な子を忘れるだろうか⋯?
そして、気になる点がもう一つ。 俺は右耳に碧玉のピアスをつけている。
彼女にも色違いの紅玉の簪がユラユラと揺れて光った。
親によると、俺が持っているコレは生まれた時小さな手の中に握られていたそう。
今でも何となく大事に肌身離さず持っている。その方が落ち着くってのもあるけど⋯。
だから、まさか彼女が似た物を持っていることに驚いた。
「ごめん。君は⋯⋯誰⋯?」
すごく言い難いけど、聞かなきゃ分からないし仕方ないという気持ちが混ざりながら、詰まる言葉を何とか吐き出す。
当然そんな事を聞かれたら相手は怒るか悲しむだろうと覚悟を決めての発言だ。
恐る恐る俺は彼女の顔をみる。
彼女は驚いたあと目線を真下に落とし⋯⋯⋯⋯
一筋の涙が頬を伝っていた。
「ごっ!?ゴメンよ!俺バカだから記憶力が良くなくてっ!よかったらどこで会ったか教えてくれたら嬉しいなって⋯!」
あわわわわわ!
ほら〜〜〜!!やっぱりそりゃそうなるよな!!
転校生を初日で泣かせてしまった。
彼女は聞こえるか聞こえないかの音量で
「約束したのに⋯バカ」
とボソッと呟いて、俺から離れ歩いていく。
取り残された俺の罪悪感はそこに横たわり、既にもうここにない彼女をぼーっと只只眺めていることしか出来なかった。
俺は彼女と会ってなんの約束をしたのだろうか⋯。
いくら考えても全く記憶になく、モヤモヤが押し寄せ頭がグチャグチャになる。
そんなことをしていると、ホームルーム開始の鈴が校内に鳴り響いた。
遅刻が確定した音だ。
✦︎✧︎✧✦
ガチャ
教室のドアのぶを回し急いで中に入ると、生徒達は既に席についているが先生はまだきていないようだった。
「レオ!遅かったじゃない。何してたのよ?」
「えっと、まぁちょっと色々・・・ははは」
コハルは先に教室についていたようで、遅れてきた俺に怪しい目付きで視線を送って来る。
言えるわけない・・・まさか、知らない女の子からいきなりキスをされただなんて・・・。
教室は階段状に長い机が設置されていて、教卓を囲うように緩いカーブを描いている。
俺の席は後席の端。
窓側の席で空を見るのが好きで、基本自由席ではあるのだけどいつもこの席を陣取っていた。
クラスメイトの友達はそれを知っているからか、俺がいなくてもその席を空けておいてくれる。
少し遅れてしまったが、おかげでいつもの席につくことが出来た。
遅れてしまったはずなのだけど・・・先生も遅刻か?
とりあえずラッキーだったなと、ホッとした俺は窓の外の空を見上げる。
何となく青空を見てさっきの女の子の事を思い出した。
初めて会ったはずなんだ。
なのに、なんでこんなに心がザワザワするんだろう。
あの子の表情が瞼に焼き付いて消えない。
「名前・・・聞けなかったな」
直後に教室の扉が開くおとが響いた。先生がきたのだ。
頬杖ついていた手を下ろし、教卓を見ると先生がいつものホームルームの挨拶をする・・・筈だった。
「皆さんおはようございます。今日はこのクラスの新しい仲間になる転校生がいます。メラニーさんどうぞ」
え・・・。
転校生?
まさか・・・・まさか・・・!
転校生という言葉にクラスがざわつく中、扉からスラっとしたスタイルのいい白金の髪を靡かせた少女が入ってきた。
みんな口を揃えて「美人」「かわいい」「綺麗」などと言っている。
そんな中、俺だけがみんなとは違う反応をして驚きを隠せずあんぐりとしていた。
「では自己紹介を」
「はい・・・メラニーです。親の都合で一人で引っ越してきました。よろしくお願いします」
その少女は、まさに先ほどいきなりキスをしてきた張本人。まさか俺のクラスの転校生だとは・・・。
「メラニー・・・」
黒という意味の名前。
明らかに彼女は輝いて見えて、どちらかというと《黒》というより《光》だと思った。
「じゃぁレオの前の席が空いてるからそこに座ってくれるか?窓際の席だから」
先生は俺の方を指差す。するともちろん彼女もこちらを向くわけでバチっと目が合ってしまった。
なんだか、目を合わせることができず俺はすかさず目を逸す。
メラニーも何だか表情が暗い。
「わかりました」と返事をしたメラニーは階段を登り俺の席の前に腰掛けた。
前の席は一段下になる。だから俺をメラニーを少し見下ろすことになるのだが、後ろに結ってあるお団子の髪に紅玉の簪が揺れている。
やっぱり、俺のピアスと同じ物だ。
色は違うけど間違いない。
彼女はそれをどこで・・・
ジッと視線を無意識に送り続けていたようで、それに気づいたメラニーは痺れを切らしこちらを振り向いた。
「あの・・・あまりジロジロ見ないでくれない?」
「え?・・・や!あのご、ごめん!そんなつもりは・・・!」
マジか!俺、そんな見ちゃってた?!
言われて初めて気づいたのもあるけど、彼女の顔を間近で見たせいで先ほど起こったキス事件が脳内にフラッシュバックしてカーっと顔が熱くなっていった。
あ、そういえば。
あれ、俺のファーストキスだ。
耳まで真っ赤にさせてアタフタと明らかに焦って「ご、ごめん!」と言って机に突っ伏して顔を隠す。
無理無理無理無理!!顔見れるわけないよ!
だってキスだぞ?!しかもいきなり!!そんなこと今まで流石に無かったぞっ!!
その日はもう散々で、授業なんて集中できる訳もなく、先生の話は右から左に通り抜けるだけだった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「なにそのため息?幸せ逃げるからやめてくれない?」
「いや無理だろ・・・あんな事されて本人はあれから目も合わしてくれないんだから・・・いや、目を合わせれないのは俺か」
「え、何の話?」
廊下の窓からは心地のいい陽が差し込んでいて眠気を誘う。
午後の授業は移動教室でコハルと一緒に向かっているのだが、正面を先にいくメラニーの姿が視界に入る。
「俺・・・何忘れてるんだろう」
はぁとまたため息が出る。
その直後、キーンと突然強い頭痛が襲ってきて頭を手で押さえた。
「────痛ッ!」
けど、頭痛は弱まることはなく、ついには歩くのも辛くなってその場に膝から崩れ落ちた。
「ぐっ・・・っ!ううう」
普通に話していた相手が、いきなり倒れるもんだから、コハルは驚き「レオ?!どうしたの?!」と焦り俺の背中をさする。
そういえば、今日マナが濃くなる予報出てたっけ。忘れてたな・・・
ごめんコハル。あとでジュースでも奢るから・・・
などと心の中で言うが本人に伝わるはずもなく、俺はその場にうずくまることしかできなくなってしまった。
視界は暗くなり、そのまま俺は激しい頭痛のせいで意識がなくなった。
「レオ!レオ!」
コハルは意識のなくなったレオの側でパニックになっていた。
「どうしたの」
突然話しかけられ我に返ったコハルは見上げると、そこにいたのは先に前を歩いていた転校生メラニーだった。
「メラニー・・・さん?あ、あのレオが!この子が急に頭押さえて倒れちゃって!」
「わかった。あなたは授業の先生に事情話して。医務室には私が連れて行くから」
「え・・・うん!わかった。ありがとうメラニーさん!」
メラニーの意外な行動に少し戸惑ったものの、彼女の真剣な態度を見てコハルはレオを任せて先に教室へ向かっていった。
「はぁ。全く・・・」
辛そうな表情のレオの頭を撫でた後、自分と同じくらいの背丈のレオを背負い、医務室を目指すメラニーだった・・・・が。
「どうしよう。迷ったわ」
転校した初日に校内の案内はされた筈なのに、迷いまくって中庭にいた。
そう。彼女は方向音痴だった。
キョロキョロと周りを見渡すと中庭はもうほぼ森の中と言っていいほどの植物の生い茂り様で、微精霊がふわふわと宙を舞っているのも確認ができる。
緑が生い茂る中にベンチを見つけたメラニーはそこにレオを寝かせることにした。
医務室へは後で人を見つけて聞くことにしようと考えたメラニーは、レオの側に座って休憩する。
レオはまだ辛そうな表情をしている。
そんなレオのことをどこか愛おしそうに、でも悲しい目を向けるメラニーは小声で
「本当に覚えてないの?レオ・・・」
と呟き、レオの左頬を優しく手を添える。
すると次の瞬間、レオの右耳にぶら下がっているピアスの碧玉が光だした。
「?!な、なに?!」
身構えるメラニーだったが、紅玉も共鳴し、一瞬だった。
あたり一面視界は光で満たされ包まれた。
✦︎✧︎✧✦
頭痛のある日はいつも同じ夢を見るんだ。
そこは決まって戦場の荒野で、黒髪の少年と白金髪の少女が手を繋いでいる。
ほら・・・今日も同じ・・・・同じ・・・?
いつもはこんな自由に視界を動かせない。
何なら手も動かせるし、足だって動く。歩ける。
土や石の感覚が足からリアルに伝わる。
風も感じるし、匂いだって・・・
感じる。
これはきっとそう・・・・血の匂いだ。
俺が立っているのは崖の上。下を覗くとそこは戦場だった。
「どこだここ・・・?」
手を繋ぐ少年少女は居らず、先ほどまでいた校内とは全く違う世界に俺はいた。
いつも見る夢の世界とすごく似ていて、上空は普段と変わらない澄んだ青空が広がっている。
「本当に夢か?」
ほっぺをつねってみたが、当然痛かった。
これは夢じゃない。
模擬戦では無い目の前で繰り広げられる本物の殺し合いを目の当たりにした俺は、ただそれを眺めていた。