第一話 出会い
同時連載中の灰色ノ魔女から200年たった世界のお話です。
いつからだろう。
同じ夢を何度も見るようになったのは⋯。
黒髪の少年と白金色の絹のような髪をなびかせる少女がいて、手を握りあってる。
それはもう⋯強く⋯離さないように。
その夢を見るのは、いつも決まって頭痛が襲う日だけ。
「はぁ〜今日もか⋯」
目覚ましの音が鳴り響く4畳半の部屋の窓から朝日がちょうど顔に差し込む。
不機嫌そうに起き上がると、身支度を済まし階段をおりて一階のリビングに向かう。
ニュース等を映し出すための魔道具からは今日の天気予報がながれ、台所では母さんが洗い物をしている。
「レオおはよ。今日も朝練でしょ?」
「うん」
天気予報の音声を聞きながら置かれていたパンを咥える。
《本日の天気は晴れでしょう。しかしマナの濃度が高圧になるので体調に気をつけた方がいいでしょう。次のニュースは⋯》
「やっぱりマナのせいか」
独り言呟くとそれに母さんが答える。
「あら、また頭痛?最近とくに酷いわね⋯病院で診てもらった?」
「もらったけど異常ないって言われたんだ。魔力に変換する器官も異常ないし、魔力の流れも正常だって」
「そういう体質なのかしらね」
「まぁしばらく安静にしてれば治るし」
喋りながらパンを完食すると、リュックを背負って玄関へ向かう。
「じゃぁ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ジャージに上着を羽織り、腰にカラビナで20cm程あるメタル質な棒状の魔道具をつけると玄関を駆け出していった。
涼しく心地いい風が吹き抜ける。
鳥がさえずり、春に咲く花びらが舞う。
左側の前髪だけ赤く染めたセミロングの黒髪が風になびき、左目の2本の縦に入った傷がちらちらと覗かせ、右耳には小さい碧玉のピアスが揺れている。
そして、金色の瞳が空の色と反射して煌めく。
名前はレオ。16歳。
魔式剣術に没頭練習している、ごく普通の学生だ。
200年前この世界で戦争があった。
人間と魔物と精霊の《第二次魔神戦争》
でも、一部の人間が魔物と精霊の手を取り合って団結し、戦争を止めたと歴史の授業で教わった。
それからは共生し合う世界に変わり、こうして今ここに俺たちがいる。
魔法と共に科学も発展した現代は、豊かで平和に過ごせる日々を送っている。
駆けていると丁度いいタイミングで路面電車が追いかけてきた。
銀のポールに掴むとそのまま途中乗車し学校へ向かう。
そんな日常が毎日来ると⋯そう思っていた。
☆★……………………………………★☆
「レオー!おっせーぞ遅刻!!」
「嘘つけ!まだ五分前だからセーフだ」
「早く試合しようぜ!」
「はいはい」
学校に着くなり、同じクラスで同じ剣術を練習仲間がすでに訓練場前に集まっていた。
汗をかいてしまうので、訓練着に着替えるためロッカールームに向かいドアノブに手をかけた。
その時目の端でキラッと赤く光るものを捉え、そちらに振り向く。
通路の奥は教師部屋で、扉の前で一際目立つ白金色の髪と紅玉の簪をつけた女の子が教師と話していた。
「では今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ。早く慣れるといいですね」
「⋯はい」
スラッとした体型でモデルのような子だなと思った。
遠いし、横顔しか見えなかったけど、どこか悲観的なオーラを纏っている感じがする。
「転校生か?」
少し気になったが「早くー!」と急かす声が聞こえ、俺はそのままロッカールームに入った。
《魔式剣術》
昔はただの剣に自分の魔力を流し込み戦っていたそうだが、現代ではもっと簡易的に改良され専用の魔道具が開発された。
俺の腰につけている約20㎝くらいの柄型魔道具。これが魔式剣術で使用する魔道具だ。
自分の魔力を流し込むと魔力で作られた剣身が現れる。その剣身は人によって変わり個性が出る部分である。
「では模擬戦、──開始!」
俺は柄を構え目の前の練習相手に魔力を込めた剣身を出現させた。
俺の剣身色は黒。
実はあまり見られないレアな色らしい。
この剣術をはじめたのは3歳の時。
まだ自分のこともままならない歳で「強くなりたい」と親に言ったそうだ。
今でもその思いは変わらない。
剣身を出現させた後、周りは騒然としていた。
練習相手が剣を振りかざす前に、相手の胸元に潜り込み切先を相手の喉元に突きつけていたから。
「今の見えた?」「速すぎて無理・・・」
そんな声がザワザワと耳に入る。
審判役の先輩が「レオの勝利!」と言うと俺はスッと立ち上がり軽く柄を振って剣身を消滅させる。
「強くなりたい」
なんでここまで強く思うのか。誰かを守りたいから・・・?
誰を・・・?
靄がかかったような、ハッキリしない気持ち。胸がモヤモヤしていつも気持ち悪くなる。
いつかその何かがわかった時のために、こうして剣術に没頭する毎日だ。
それに試合中は頭空っぽにできるから、気持ちが楽。
考え込んでいると、頭にコツンと軽く衝撃が走った。
「何が強くなりたいよ。あんたは十分強いじゃない!うちのエースで一番級が上なんだから!」
「コハル・・・俺はまだ満足できてないから」
彼女は同じクラスメイトのコハル。
いつも訓練場に来ては、みんなのケアをしてくれる。マネージャー的存在。
いつもニコニコ笑ってて、絡みやすいタイプの女の子。所謂、陽キャだ。
「満足って・・・今何級だっけ?」
「・・・九段」
「く、九段ーー!!・・・あんた化け物ね。そんなんだから、彼女出来ないのよ」
「ばっ・・・!!!」
彼女の言葉に顔が真っ赤になるのがわかった。
だって俺は
「ばか!!俺は女だって!!そこは彼氏でしょうが!」
「え〜?なら少しは気にしたら?あんた、どっからどう見ても男にしか見えないよ?あと・・・あのギャラリーも何とかしてよね」
呆れながら指差すコハル。その先に視線を向けると、目が合った女の子達がキャーキャー騒いでいる。
これには、乾いた笑いしか出てこない。
ゴーン、ゴーン、ゴーン
突如訓練場に響く鐘の音に、その場にいた学生が慌ただしく移動し始めた。
この鐘の音は予鈴で、もうすぐ各クラスのホームルームが始まる合図だ。
「やっば着替え!悪い。コハルは先に教室戻ってて」
それだけ伝えると俺も急いで服を着替え、自分のクラスに走った。
着替えに少し時間がかかってしまい、他の人はもう既に教室に行った後。遅れてしまった分俺も走って向かう。
学校はコンクリートと緑が共生している見た目で、廊下も床は木材が使われている。
「よし!何とか間に合うぞ!」
2年の教室までもう少しという間近。角を曲がった辺りでドンっと衝撃が走り、そのはずみで思い切りお尻を床に叩きつけた。
「ご、ごめんなさい!!」
やばいっ!人とぶつかってしまった!
お尻をさすりながら相手の顔を見ると、ぶつかった相手は今朝見かけた転校生だった。
転校生も尻餅をついたのか、座り込み痛そうな表情をしている。
まままま、まずいっ!転校初日に俺はなんて事をっ!
急いで立ち上がり、俺は彼女に手を差し伸べた。
「大丈夫?立てるか?」
彼女はゆっくり顔を見上げる。
間近で見た彼女は、端麗できめ細かい澄んだ肌。すみれ色の瞳はキラキラと輝いていて、でもどこか寂しそうな目をしている。
実際は一瞬だっただろうけど、その瞬間だけ俺の中の時間はゆっくりと流れ、視線が吸い寄せられる感覚に陥り、俺は彼女に数秒見惚れてしまっていた。
彼女も同じように俺の顔を見ると、目を見開き驚いているのか、嬉しそうにしているのか、さっきまで薄かった表情の色がみるみると濃くなっていく。
女の子にはよくモテる方だと思う。
でも、それとは違う何かを感じた。
彼女は俺の手を取らずに、勢いをつけて俺に抱きつく。
その手は震えており、力強く抱きしめた後・・・・
気がつくと柔らかい彼女の唇で口が塞がれていた。
何秒間のキスだっただろう。
驚きと理解が追いつかない脳は麻痺し、時間がものすごく長く感じた。
処理ができないまま、唇をゆっくり離すと彼女の瞳は涙で潤んでいて、俺にこう言った。
「やっと、やっと会えたね・・・」
俺には彼女の言葉が理解できなかった。
何故なら、俺と彼女は初対面であり今朝俺が一方的に見かけた程度だったからだ。
それなのに、初めて聞いたはずの彼女の声が、何故かすごく懐かしく愛おしく感じた。