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…情報はそれで宜しいので?

初投稿です。

お楽しみいただけたら幸い。

「プレディクト、話がある」


――学園の昼下り。


街なかの小洒落たカフェとは比較にならないほど豪奢かつ落ち着いた食堂にて、格式高いホテルのディナーにも見劣りしない品目が揃ったランチも終わり、各々にお茶や午睡に入ろうとする中。


若々しくも堂々たる声に皆がそちらに首を回せば、遠目にも輝く金髪の美丈夫。


大きく開かれた食堂の扉の真ん中に、堂々と立つその姿。


「これは……王太子殿下」


声をかけられた当の令嬢プレディクトは、音もなく立ち上がり簡易の礼をとった。肩口で切り揃えられた黒髪がぱさりと揺れる。

彼女の周囲の令嬢たちも、またそれに倣った。


それを契機に、音もなくまたがたがたと、学生たちが礼をとる。


ここは学園、生徒と王太子の間に身分差はあれど、基本は学生同士の扱い。


無礼とならない限りは仰々しい礼は不要と、王太子の入学の際に全校へ通達されている。

それから3年、王太子の卒業となった本年に至るまで、それは撤回されていない。


――ところで無礼と仰々しいのラインはどのへんですかね?という疑問は、この3年間、誰の口からも出せてはいない。


何事かと静まりかえる食堂の中に、王太子の声が響く。


「皆の目と耳を煩わすのはいかにも無粋。上で語るとしようか、プレディクト?」


「ご配慮に感謝いたします、殿下」


硬質な声でプレディクトは返し、友人たちを安心させるようにそっと微笑んで、王太子のもとへ向かっていった。


その華奢な背中に、学生たちは好奇心を丸出しの、または心配そうな目を向けてひそひそと呟きあった。



■□■□■□■□■□



場所は変わって学園の食堂、その二階。


高貴な者も、市民から選ばれたものも通う学園の、その中でも選ばれた者しか使えないと言われる特別室には、王太子とプレディクト、そしてもう一人と幾人か。


もう一人、はふわふわのハニーブロンドに大きな青い目の、貴族の子女が持つような人形のごとき愛らしさの少女である。

たしか子爵令嬢、それも庶子であったはず。とプレディクトは記憶から彼女の情報を引き出した。


なお幾人かに入るのは、王太子の背後に控えた護衛たちである。

如何に学園といえど、否、学園内だからこそ、女性と王太子のみを同じ部屋に入れてはおけないのだ。


「ここに呼んだのは他でもない。エダロー子爵令嬢の訴えを君に確認したくてな」


「確認……でございますか……?」


王太子の言葉に、プレディクトはかすかに眉をひそめた。

けぶるような睫毛の下、かれの青い瞳の表情は読めない。


エダロー子爵令嬢と紹介された少女は、プレディクトが目を向けるとひっ、と悲鳴を飲み込んだ、ように見えた。


……たしかにツリ目の冷たい印象の顔立ちだけど、そんな反応しなくても。プレディクトは密かに傷ついた。よくあることだけども。


それを横目にした王太子は、口元を一度引き結ぶと、プレディクトに向かって口を開いた。


「その通り。エダロー令嬢の訴えは――」

「あ……謝ってくださいっプレディクトさんっ!」


あろうことか王太子の発言を遮り、エダロー子爵令嬢がふるふると震えつつ叫ぶ。大きな目は潤んで、怯えと怒りをわかりやすく示していた。


「……謝る、とは」

「……っひどいっ、とぼけるなんてっ!」


心当たりがまるでなく、かすかに首を傾げて問い返すプレディクトに、エダロー子爵令嬢は息を飲み、再び叫んだ。


いや叫ばれましても。と内心げんなりするプレディクトに、エダロー子爵令嬢は時折言葉を詰まらせながら、尚も叫ぶ。


「っわたしにっ、ったくさん嫌がらせをしてきたのにっ!っ殿下たちがっ、っ助けてくれなかったらっ、っ今頃わたしっっ」


――よく詰まる人だなあ。


そんなことを思いつつ、全く心当たりの無いことを言い立てられて、プレディクトはそっと王太子に目をやった。


王太子は口元を笑みの形につくり、エダロー子爵令嬢に歩み寄ると、胸ポケットからハンカチを抜いて彼女の目元に当ててやった。


子爵令嬢の顔がぱあっと輝く。


「そういうことだ、プレディクト。我が婚約者よ」


子爵令嬢の傍らに立ち、王太子はプレディクトに真っ直ぐ向かい合った。


「彼女……エダロー子爵令嬢から、プレディクト、お前による嫌がらせ、暴力行為の訴えがあった。

学生の身とはいえ、王家の者としてこの訴えを無視するわけにはいかない。


なので確認する。プレディクト、お前に」


「成程」


プレディクトは王太子の顔を見返し、次に子爵令嬢を見やった。子爵令嬢はひっと息を飲み、しかし睨み返して来た。王太子の腕に縋りつこうとして――流石に護衛にやんわりと止められる。


ほんの一瞬不満げな表情をしたエダロー子爵令嬢だったが、再びプレディクトを睨む態勢に入った。


――睨んでも可愛いのはいいなあ、と内心羨むプレディクトである。


「ではエダロー子爵令嬢、プレディクトに君の受けた被害を訴えてくれ」


「っっはいっ!殿下っっ!!


っプレディクトさんはっ!今年のはじめにっっわたしが殿下と仲良くなってからっっ!ずっとっっ!!ずーーーっとっっわたしに嫌がらせをしてきましたっっ!」


詰まる人だなあ、とプレディクトは思う。こっちまで喉に何か違和感を生じてきそうだ。


「っまずっ!ノートをやぶられましたっっ、教科書もですっっ!

っっそれからっ、大事なペンを折られてっ、鞄もぐしゃぐしゃになったんですっっ!

っ水をかけられたこともありましたっっ、っ冬だったのにっ!っっ殿下が通りがかってくれなかったらどうなっていたかっ!

っあとはっダンスレッスンの靴をっ焼却炉に入れられてっ!

……っ、でもっここまではいいんですっ!」


……いいんだ?そんなに切羽詰まる感じで言い募ってるのに?


「っっ!謝ってほしいのはっっ!!わたしを突き落としたことですっっ!

あんな大階段の上からっ!押されてっ!わたし死ぬかと思ったんですっっ!!怖かったんですっっ!!」


立て板に水――にしてはよく詰まっていたが、とりあえず立て板に水の訴えも、これで終わったのだろう。

ぜえぜえと肩で息をしている子爵令嬢に、王太子はそっと声をかけた。


「ありがとうエダロー子爵令嬢。辛かったろう」


「っいえっ殿下っっ……プレディクトさんとお話する機会をいただいてっありがとうございますっっ」


頬を赤らめて王太子に一礼する子爵令嬢から目を離し、彼はプレディクトに再び向き合った。


「子爵令嬢の訴えは以上だ、プレディクト。

彼女は物的証拠も、目撃者も揃えたうえで訴えてきた。


彼女の訴えについて、君に確認したい」


「構いませんが……二点だけこちらから、令嬢へ確認を」


表情の見えない王太子の声に、プレディクトもまた硬質な声で問うた。


「いいだろう。

…エダロー子爵令嬢、プレディクトに返答してくれるかい」


「っ……わかりっ…ましたっ……」


目の端に涙を溜めて、子爵令嬢は王太子を見つめ、そしてプレディクトをきっと睨んだ。


「エダロー子爵令嬢。貴方が突き落とされた『大階段』は、学園の正面玄関フロアの大階段で宜しいですか」


「っそうよっ、他にどこがあるのっっ!!」


正面玄関フロアの大階段。

ここで卒業する学生全員を集めた卒業セレモニーが行われる場所である。

広さも、そして段数も、500人近い人数が入るそれなりの規模だ。


「もう一点なのですが……大階段のどこから突き落とされたと?」


ちょっと気が遠くなる気配を感じつつ、プレディクトはもう一つの確認事項を相手に問うた。


「下の踊り場からよっ!!」


いっそ胸を張るほど堂々と、子爵令嬢が返答したのを聞いて、プレディクトは頭を抱えたくなった。


「……情報はこれで宜しいので?」


念のため、王太子へ問うてみても頷かれてしまった。


「さあ、彼女の訴えを確認してくれプレディクト」

「……殿下がそう仰るならば」


「ちょっ……!!」


自分を放って進む二人のやりとりに、また何事かを叫ぼうとしたらしい子爵令嬢を無視して、プレディクトはぱちんと指を鳴らした。


――次の瞬間。


「……えっ?!いやあっっ?!

……いやああああっ!!!!いやああ?!」


子爵令嬢の可愛らしい唇から、甲高い悲鳴がほとばしった。頬を引きつらせ、その場に崩れ落ちる。

自分の身体を抱き締めるように両手で抱え、ぶるぶると震える。


「いやっ、いやっ、何でっっ……」


目からは涙がぼろぼろと流れ落ち、いやいやと首を振った、その次の瞬間。


「ぽき゛゜ょっ?」


人の喉から出そうにない、悲鳴ともなんともつかない声が生じ、エダロー子爵令嬢はこてんと倒れた。



■□■□■□■□■□■



場所は変わらず、特別室。

腰に片手を当て鼻歌を歌いつつ、王太子はシンプルな白磁のカップに茶を注ぐ。

自分とプレディクト、二人分。


「殿下。先程の訴えは一体」

「んー?」


二人の間には丸テーブル。これは椅子とともに、量産品。ガタツキのない当り個体だと王太子が自慢しているもの。

テーブルの上にはやはりシンプルな白磁の皿、上に置かれた茶菓子からは馥郁たるバターとバニラの香り。こちらは一級品であるようだ。


完全に混乱した顔で王太子に詰め寄るプレディクトに、王太子はにこやかに笑ってやった。

前に茶を置いてやり、どっかと座る。椅子がぎしりと鳴った。


「今年の始業式に目の前でコケて、それから何かと目の前をウロチョロするっていうから探りを入れてたんだ、影が」

「ああ、影殿」


王太子が言うのは彼の影武者。普段は王宮で公務を熟す王太子のかわりに学園に通い、未来の配下となる可能性が高い学生たちの様子を見ていたのは彼である。

無論、プレディクトとも面識はある。


というか今も控える護衛のひとりで、子爵令嬢の王太子接触を阻んだのが彼である。


「アイツクッッソめんどくさかったでーす!何考えてんのかわかんねーし!!証拠とか目撃者とかー!捏造工作すっげええし!!何か休み時間とか放課後にやたら会うし!!わけわかんね!!!」


彼は平民出身で、王太子に化けている以外はこんなノリであった。


「んで、どうも実害無さそうだがめんどいから壊れてもらうことにした」

「壊す方の身にもなってください」


非難の声を向けられても、王太子は楽しげににやつくばかりだった。


「ディーのせいじゃない、あいつの情報が悪いんだ」

「それはまあ、そうですか」


伯爵令嬢プレディクト・カリキュレイト。愛称はディー。


彼女には、「相手がよこした情報をもとに、相手に予測した未来を幻視させる」能力がある。伯爵令嬢でありながら、王太子の婚約者となったのもこれによるものだ。


上手く使えば国家運営に役立つ能力と判断されたのである。勿論、カリキュレイト家と王族以外に知るものはない。


難点は、「想定されるうち最悪なパターンが幻視としてもたらされ、肉体的に被害が及ぶ場合、その痛みも生じる」ことであろうか。

設定が大事なのである。


「生きてはいる……んですよね?」

「肉体的には生きてましたねー!しぶといでーす!」


つまりかの子爵令嬢は、大階段の踊り場から突き落とされた際に考えられる最大のダメージを受けたということであった。


「中身はともかく見目は良かったですしー!裏の接待に使ってはどーでしょー!」

「ああ、いいな」


横で交わされる外道な会話も聞き流し、プレディクトは茶菓子とお茶を楽しむことにした。

――気にしてるとキリがないので。




■□■□■□■□■□



子爵令嬢アリエナ・エダローが他の世界から転生した魂と記憶を持っていたこと。


また、この世界がかの転生者に「乙女ゲームの世界」であり、王太子とその他の高位貴族の令息が「攻略対象」、そしてプレディクトが「悪役令嬢」として認識されていたことは、誰も知らぬことである。



閲覧、ブクマ、ポイントありがとうございます!励みになります!


他サイト様にも載っけました

https://www.alphapolis.co.jp/novel/550786178/163723306

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