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人間にとって性欲は呪いである

作者: 莞爾の草

・性欲は「三大欲求」たりえるか

俗に三大欲求として「食欲、睡眠欲、性欲」とあげられることがあるが、今回執筆するにあたり調べた限りではこの表現は日本特有のものであることが分かった。


そう知ったうえで改めて見てみると、食欲と睡眠欲は本人が望む望まないに限らず満たさなければ心身の不健康につながる致命的な欲求であるが、性欲はいくら満たされずともそれが直接短期的に死に直結するケースは稀で、かつ多くの人間は思春期を迎えてから現れるもので、二つが生まれてから死ぬまで向き合い続ける欲求であることを踏まえてみても場違いな印象を受ける。

三大欲求は血液型占いのように明確な根拠のない荒唐無稽なもので、おおかた自身の性欲を肯定するための便利な免罪符として使われている。

真に三大欲求としてくくるのであれば、上記の理由から見て性欲より「呼吸」欲や「排泄」欲を加えたほうが理にかなっているように思える。



・「三大欲求」は「三大快感」なのではないか

ではなぜ日本では三大欲求の中に場違いな性欲が数えられているのか。

思うにこれは性欲が脳髄に与える高揚感が大きく、多くの人間の脳髄に快感、また軽度の鬱症状を与えうるものであるからではないだろうか。

ここでは恋愛も人間の社会性が生み出した性交渉の一部であると考える。

俗に意中の人間に話しかけたり、手をつないだりする際に鼓動が激しくなったり、人によっては動悸の症状が出たりするという話がある。

これは実際に脳髄が性的対象であるか判断し、アドレナリンを分泌させることで胸が高鳴り強い高揚感を感じさせることが原因とされる。

多くのオスのイヌやカブトムシであればアドレナリンが分泌されたとき、すでにメスに対して遊びのように腰を振っているだろうが、人間は自らが持つ高い社会性がゆえにまどろっこしい駆け引きをして長い時間をかけた末に腰を振ることになる。

このアドレナリンが多くの人間にとって他に代え難いほど興奮による激しい起伏を起こし、人はその快感を覚え依存的に繰り返し満たされようとする。


これは食事にも同じようなことが言える。

仮に一錠飲むだけで三食いらず、健康的に運動できる錠剤がおにぎりよりも廉価な値段でどこにでも売られていたとして、10年20年それだけを好んで食べ続ける人はどれぐらいいるだろうか。

よほどの倹約家やゆとりのない日々を送る人でなければ2,3回食べて終わることがほどんどであると予想する。

そこには義務的に行われる食事の中で、美味しさという快感を享受したいという思いがあると思われる。

程度の差はあれど人間が美味しさに快感を求めることは自然淘汰の観点からみると理にかなっている。

先天的に味覚のある個体と味覚のない個体が同じような環境に存在したとき、毒のあるものを食べたときにそれに気づいて吐き出せる確率は味覚のある個体のほうが高い。

そして毒の味のするものを食べたときに不快感を覚える個体と覚えない個体が存在したとき、不快感を感じる個体が生き残れる確率が高いと見るのは妥当である。

味の快・不快によって毒を食べずに生き残ってきたものの子孫が長い歴史の末今生きている生物であると考えれば、その子孫が食に快感を覚えないと考えることは親のどちらかの性質を引き継ぐ遺伝というアルゴリズム上確率は低い。

睡眠に関しても同様で、快眠という概念があり健康的な時間睡眠をとる個体と、快眠という概念がなくいつ寝起きしても快・不快には影響しない個体がいたとき、どちらがより疲労を回復し健康的に生き残れるかで考えれば、それは前者になると考えられる。

これらは動物が生き残ろうとして備えた能力ではなく、たまたまその特性を持った個体が淘汰されずに生き残ったという考えであり、その能力を持っているものが優れて持たざる者が劣っているという優生思想とは異なる。


上記のことから三大欲求の本質は快感にあり、より高い快感を求める飢えを欲求という言葉でくくったものと考える。

こうすることで呼吸欲や排泄欲よりも前に性欲があげられる理由を推し量ることができる。

自然界の中でパートナーと交尾することでしか子孫を残せない動物にとって、性欲が食事にも睡眠にも勝る快感をもたらすものでなければその生物は絶滅しなければならない定めにある。


・性欲が呪いである理由

ではなぜ性欲は人間にとって呪いとなるのかを考えていきたい。

ここでいう呪いとは実体を直感的に見ることはできないが身体や物などに影響を及ぼすものを指す。あくまでも呪いはレトリックであり、唯物論的に考えて無論脳髄を開けば性欲となるホルモンの分泌腺は出てくるが、自己嫌悪に陥らないための免罪符として性欲の根源は自分にあるものではないということを強調し認識するためにこの言葉を使う。


性欲が食欲や睡眠欲、ひいては呼吸欲や排泄欲と異なる点としてそれをせずとも生きていける点にある。

そして反出生主義者などの子供を作ることを望まない人間にとって性欲とは無用の長物となる。

なぜ彼らは本能に背き子供を作ることを望まないのか、それは医学の発展により人間の思考が単なる原子の変化であることが明かされたことにある。

天界にある魂が性行為をした母親の胎の中に降りてきてタンパク質に魂が宿るという逸話が欺瞞であると信じ、過敏な精神を持つ人間にとって、無という眠りよりも空虚で不快のないモノ未満のモノに快・不快、ムラのある玉石混交な人生を過ごす被害者を増やしたくないという感情があるのだろうと推し量れる。


資産家であっても為政者であっても、自分がずっと幸せである状態を得ることはできず、ましてや他人である子供の永遠の幸せを保証することはできない。

自分で幸せをつかみ取ってほしいと思い実際に子供を作ることは思想の押し付けであり、多くの場合子供を作ることは夫婦の老後や社会の維持など、他人である子供にとって関係のない問題に当人の許諾なく首を突っ込まされていることに変わりはない。

真に子供の立場から子供のことを考えれば、いつか幸福が終わり不幸が訪れる塞翁が馬な世界で過ごすよりも、幸せも不幸も、満たさたいという思いを抱く脳髄のない無の常態であることのほうがはるかに幸福であると思える。

このような考えを持つ人間からしてみれば、望んでいないにもかかわらず脳髄に刻まれた本能で引き起こされる性欲は、形のない敵であり呪いに他ならない。


だがそのような考えを持たず子供を作る人間を手放しに批判するべきではない。

先述の通り、彼らの根源にある性欲は彼らの意思によって作り出されるものではなく、全ての生物の祖先が源流となっているからだ。

生きとし生けるすべての生物は地球上に初めて誕生した生物らの子孫であり、その生物の中でもより先天的に性欲が強くつがいとなる個体と交尾をした、あるいは分裂したなどの選択をしたものだけが子孫を残すことができ、その連鎖が先祖の遺伝子と共に先天的に子々孫々につながったことで今のすべての動物が誕生したと考えられる。

全生物の共通祖先が土であるか、ナノレベルのプランクトンであるかを科学的に明言することはできないがプランクトンであるとすれば、それもまた自然の被害者であり今生きている我々もその子孫も、わずかに薄められたプランクトンの遺伝子に刻まれた呪いを受け継いで生きていかなければならない。

・余談:愛の定義

性欲にちなんだようで全く関係のない余談であるが、キリスト教には三種類の愛があり古いものでは明確に使い分けられていたらしい。

その3種類の愛とはリビドー(欲望、フロイトは性欲と解釈)につながる「エロス(自分が何かを満たそうとする気持ち、生の本能)」「フィリア(友愛)」「アガペー(自分が何かを与える、無償の愛)」と似て非なる概念であるが重訳されていくうちに英語ではLove、日本語では愛とひとくくりにされてしまったようだ。

例として、イエスキリストが使徒ペトロに三回自分のことを愛しているか尋ねる場面では以下のように訳されている。

「シモン、あなたは私のことを愛して(アガペー)いるか」

「はい、主よ。貴方も私があなたを愛して(フィリア)いることはあなたがご存じです」

この問答を三回繰り返しキリストは自らの持つ羊の世話をペトロに任せた。

羊とはユダヤ、あるいはキリスト教信者のメタファーであり、善き羊飼いは旧約聖書ではユダヤの民が、キリスト教ではキリストのことを指すとされる。

よく「愛とは何か」を問うたり語ったりする人がいるが、聖書ひとつとっても三種類の分類がある愛を一緒くたにして考える前に細分化して考えることから始めてみてはどうか。

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