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レオ、ミキと暴れイノシシ退治の打ち合わせをする

 猿田ミキはレオにとって、全く無害な人間である。

 ……まあ有り体に言えば、互いに相手に全く興味がないから、気を遣う必要がない存在なのだ。


 レオはそもそもユウト以外はどうでもいいし、ミキも古竜神社の神主のような雅なナイスミドルにしか興味がない。

 つまり余計な感情が生まれることはなく、完全に仕事に徹することができる。仕事が終わった後の自由時間に互いに干渉することがないのも、実にありがたかった。


「レオくんは可愛い弟ちゃんと落ち合う約束したの?」

「いや、まだだ。仕事が何時に終わるかが分からんからな。ユウトの泊まっているホテルまでどのくらい時間が掛かるかも調べないと、会う約束ができん」

「ホテル名は分かってるんでしょ?」

「そっちが分かっていても、仕事現場の方が流動的で分からんだろう。暴れイノシシがどこに現れるかによるし」

「現れる場所なんて、こっちで決めちゃえばいいんだよ~」


 そう言ってにんまりと笑ったミキは、仕事用のノートパソコンを取り出して資料を漁り始める。

 どうやらこれまでの暴れイノシシの出現場所と行動範囲、進行履歴をまとめたデータのようだ。


「レオくんは基本的に腕力で制圧出来ちゃうからあんまりこういうデータ使わないだろうけど、覚えておくと良いよ。三神さんがまとめてくれてる情報、マジで役に立つから」

「……しかしターゲットは毎回ランダムな動きで、野生動物の生態にも沿わないから予測のしようがないのでは?」

「だから、予測をするんじゃなくて、こっちで現れる場所を決めるんだってば」


 ミキは話しながらも、目撃情報のあった場所周辺の地図にデータを重ねていく。


「まずは瘴気溜まりを見付ければ、その周辺にイノシシのねぐらがあるよ。瘴気溜まりも流動的だけど、地形と風向きと、周辺の気の変化を見極めれば大体場所が分かるんだ。だからそこを中心にして先に結界を張っちゃうの」

「……地形と風向きは分かるが、気の変化とはどういうことだ?」

「大きな事件や事故、災害があると瘴気がそっちに流れやすくなるんだよね。それを加味するってこと。……うん、この辺りかな。山の中腹だね」


 今日はその地域周辺で、目立つ事柄は起きていない。

 ミキは比較的あっさりと瘴気溜まりの範囲を特定した。もちろんそれでも、直径1㎞ほどの大きさにはなるが。


「……ここを囲んで結界を張るのか?」

「まるっと全部じゃないよ。閉じ込めちゃうと私たちが瘴気溜まりに突っ込まなくちゃいけなくなるもん。そうじゃなくて、東西南北のうち三方向にだけ結界を張って、一カ所は開けておくの」

「つまり、そこで迎え撃つということか」


 寺院は瘴気溜まりの東にある。西には住宅街。南にはホテルや旅館、商店が立ち並ぶ。北だけは山頂に向かう山肌で、人家はないようだった。


「……じゃあ、結界を開けるのは北か?」

「ううん、北だと襲う場所がないから多分出てこないんだよね。風向きから考えても、やっぱり開けるのは東の寺院側かな。人の多い西と南は、気の状態が変わりやすいから進行方向を絞りづらいし」

「うん? 東にだって寺院以外にも建物があるだろう」

「そうなんだけど、傾向として瘴気に穢された者って、神社仏閣のような清浄な場所や者を除けようとして攻撃しがちなんだよね。その点で東側は、この大きな寺院以外は標的になりそうなものがないからちょうどいいの」

「ふむ……なるほど、方向を絞った上でこの寺院をおとりにするということか」

「そーいうこと」


 ようやく合点が入ったレオの隣で、ミキは結界を張る位置や長さ、開口を決め、暴れイノシシの進路をシミュレーションする。

 対暴課は力仕事が主だが、仕事のできない奴はいないという三神の言は確かなようだ。手際よく行動計画をまとめていった。


 これでターゲットを見付けることが出来れば、仕留めるのは容易いだろう。


「……そういや、対暴れイノシシ用の武器は?」

「ん? 銃は効かないし刃物も通さないし、銃刀法違反で捕まるし。そうなれば、これしかないでしょ!」


 レオの問いかけに、ミキは意気揚々と拳を突き上げて見せた。


「……素手?」

「メリケンサックはあるよ? あ、鉄板入った靴も」


 そう言いながらミキが荷物から取り出した袋は、シートの二人の間のスペースに置かれた途端にみしりと沈み込んだ。どれだけの重さだ、これは。


「俺のもあるのか?」

「うん、社長が一応持って行けって。レオくん、こういうの面倒くさがって持たないんでしょ? でもあると楽だよ。結構獣の毛ってごわごわして固いしさ、靴底とかに穴開いたりするもん」

「剣があれば一撃なんだがなあ……」

「うん、捕まるね」


 まあ、どちらにしろ剣も荒谷を介してマニアに売ってしまった。

 他のこの世界の既存の武器が効かない、および手に入らないのなら、拳と蹴りが一番手っ取り早い。


 そもそもこの猿田ミキも、一見はその辺のOLに見えるが、実は信じられない怪力の持ち主なのだ。当然肉弾戦には自信がある。

 三神に聞いた話では、彼女は幼い頃野生動物に育てられていたせいで人外の腕力が付いたのだそうだ。本当かどうかは定かではないが。


 何にしろ、あの特殊人材コレクターの荒谷が集めた人間なのだから、特異な経歴なのは間違いなさそうだった。


「早めに出たおかげで明るいうちに向こうに着くから、依頼人と挨拶したらさっそく手分けして結界張っちゃおう。暗くなったらすぐに暴れイノシシも移動を始めるし、さっさと退治すれば結構早くから自由時間が取れると思うよ」

「そうか。……仕事が済んだら、明日の朝の新幹線の時間までは別行動でいいな?」

「もちろん」


 分かっていたけれど一応そう示し合わせて、二人は頷き合う。

 そうして話を終えて、ノートパソコンを閉じようとしたミキが、はたとその手を止めた。


「あ、そうだ。地図見てるついでだから、弟くんのホテルの場所も確認してあげる。ホテルの名前は?」

「……○△ホテルだ」

「はいはい、○△ホテル……と。えっと、これかな。あれ、すごく近い」


 モニターを見ていたミキが、レオにその画面を指差して見せる。

 その指先は、今回のおとりとなる寺院のすぐ南側を示していた。


「マジか……近すぎだろう。これ、下手したらユウトに危険が及ぶんじゃないのか?」


 その嘘みたいな近さに、レオは眉を顰める。

 おそらく、この縮尺から見ても100メートル程度しか離れていないだろう。

 もちろん近いといいなとは思っていたけれど、ここまで近いのもまた問題だった。


「ホテルの方に、寺院ほどの清浄な気を発するものがなければ平気だとは思うけど。そっちにいるのが高名な神主さんとかでもいない限り、そっちに向かう確率は低いよ」

「いや待て。俺のユウトは天使だぞ。絶対清らかな気を纏ってるから、狙われるかもしれん……!」

「……あ-、なるほど。そう来たかー」


 ミキはレオの言葉に軽く思案する。

 当然だが、アラヤ社内ではレオの弟大好きは周知されているのだ。今さらこの言動に驚く者はいない。


 そしてそんなレオに対して突っ込みを入れる三神や荒谷と違って、ミキはまるっと肯定タイプだった。


「じゃあ、先にホテルの前に、防壁になるように結界張っておいたら? そうすれば、暴れイノシシがホテルの方角にある清浄な気を感知できなくなるから」

「む、そうか。それなら一応は安心か……」


 ミキからの提案に、レオはひとまず納得する。

 暴れイノシシの初撃が間違いなく寺院に来れば、後は何の問題もないのだ。速やかに排除して、ユウトに会いに行こう。


「それじゃ、レオくん。先に結界用の御札半分渡しておくね。君は南側とホテル前の結界をお願い。私は北と西に張ってくるから」

「張り終わったら、寺院の前で落ち合うか?」

「そうだね。その方が分かりやすいし」


 そう言ったミキが、今度こそパソコンを閉じる。

 打ち合わせはこれで十分だ。現地では行動あるのみ。


(とりあえず、ユウトには京都に来たことだけ先に連絡しておこう)


 レオはすでに仕事が終わった後のことを考えながら、ユウトにメールを送るために携帯端末を取り出した。


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