レオは出張に行きたい
「来週の月曜から京都と奈良と広島に出張したい」
三神と終わらせた仕事の完了報告をするべく、社長室に行ったついでに。レオは前振りも無しに、出張を嘆願した。
しかし、すぐに荒谷から生ぬるい苦笑を向けられる。
「ピンポイントすぎて目的がバレバレだぞ、レオくん」
「というか、そもそもレオさんは隠す気ゼロでは?」
「詳しい活動内容としては、ユウトの修学旅行を陰からこっそり眺めたり助けたり動画撮ったり、ホテルに忍び込んだり偶然を装って会ったりしたい」
「あっ、白状した」
「変態ストーカーくさい科白も男前だと許せる不思議」
その内容から、すぐに目的がバレたのは仕方がない。まあ、社長の息子も修学旅行に行くのだから、行き先を知っていても当然だ。
ならばとバレついでにレオの想定する出張中の計画も告げると、荒谷は肩を竦めた。
「君、リョウにもユウトくんのことを頼んだんだろ? 別にこの世界では命を狙われるようなこともないんだから、今回はあいつに任せてたまにはのんびりしたらどうだ?」
「大事なユウトがいないのに、俺がのんびりなんてできるわけがないだろう! 俺の居場所はユウトの側だけだからな!(キリッ)」
そう訴えるが、あっさりと却下される。
「キリッ、じゃないよ。どっちにしろ出張はない。休み取って行くのも駄目だぞ。君はユウトくんのためにすぐ休むから、もう有給休暇残ってないし」
「くっ、これが社畜の立場というやつか……!」
「レオさん、我が社は変態だろうがオタクだろうがコミュ障だろうが気にしませんが、『仕事はきっちり』がモットーです。これはいくら男前でも守って頂かないといけませんので、諦めて下さい」
いつもは顔が良ければ何でも許す三神も、仕事に関しては厳しい。
ここは渋々引き下がるしかなかった。
「くそ、せめてユウトの居る場所まで瞬間移動できる手段があればいいのに……」
この世界にも転移魔石があれば、と思ったけれど、どちらにしろ一度行った場所にしか行けないから無理か。
そうなると、知らない土地までさっと行ける新幹線のある日本の方が、まだ便利かもしれない。
「そうだ、毎日仕事を終えたら速攻で新幹線に乗って向こうに行って、ユウトに会ったら翌日始発で帰ってくれば……」
「君、どんだけユウトくんが心配なの? 一週間もそんなことしてたら、レオくんの身体がもたないよ」
「ユウトに会わない方が俺の精神がもたないのだが?」
「結局ユウトくんがどうこうと言うより、弟不在にレオさんが耐えられないんですね。珍しく弱音を吐く男前も美味しいです」
そう、結局のところ、レオの問題なのだ。
リョウに頼んで動画を送ってもらう約束をしたところで、ユウト不在の寂しさに拍車が掛かるだけ(でも絶対欲しいので送ってもらうが)。
ユウトと携帯端末で顔を見ながら話したとしても、会いたい気持ちが募るだけ(だがユウトの顔を見れなかったら死にそうなのでもちろん通話するが)。
つまり、ユウトがいないと生きていけないレオである。
「しかしレオさん。今回は居場所も分かっているし帰ってくる日も分かっているし、以前ユウトくんが見つからなかった1ヶ月間よりずっとマシでは?」
「マシだなどと、とんでもない! あの時ユウトが1ヶ月も見つからなかったからこそ、たとえ一週間でも離れるのがすっっっっっっっっごく嫌なんだ!」
「ま、いくら嫌でも諦めなさい。今後もユウトくんとの幸せな日常生活を送るためには、真面目に働いて給料を稼ぎながら、弟の帰りを待つのが一番だぞ?」
それを言われるとぐうの音も出ない。
結局レオは、観念してユウトを修学旅行に送り出し、一人自宅で待つしか選択肢がなかった。
はずなのだが。
「京都の寺院の近くの山に、暴れイノシシが出た?」
「ああ。その退治依頼が来た。どうやら一般では対応できない異常状態の大イノシシらしい」
呼び出された社長室で、レオは広げた地図を見ながら荒谷からの説明を受けていた。
一般では対応できない異常状態というのは、動物が凶暴化して生態や本能に無関係に暴れ回る状態のことだ。ステータスが異常上昇し、通常の防獣対策が全く役に立たない。
原因としては、この世界にも時折出来る『瘴気溜まり』によるものらしい。その中で汚染された者が異常行動を起こし、死ぬまで前後不覚に暴れまくるのだ。
通常では手に負えない事態。
しかしこれを大事になる前に秘密裏に解決するのが、この怪異専門、アラヤ社の仕事だ。
「お前たちにはこの後すぐに京都に向かってもらいたい」
「もちろんだ。ありがとう大イノシシ」
「感謝すんな。……全く、リョウたちが修学旅行に行って三日でこんな仕事が舞い込むとは」
そう、今日はユウトが修学旅行に行ってから三日目だった。
弟不在にすでに萎れかけていたレオだったが、この話を聞いた途端にすっかり元気になっている。
「今から行くということは、京都で一泊コースだろうな? 仕事さえ終わらせたら明日戻るまでは自由行動だよな? 泊まるビジネスホテルは自分で決めていいよな?」
「めっちゃウキウキしてるな……。まあいいだろう。仕事が済んだらリョウとユウトくんに迷惑を掛けない程度にはしゃいでくるといい。ただ、戻りの新幹線は朝八時発に乗って来いよ」
「分かっている」
レオは機嫌良く仕事の子細が記入してある書類を受け取って、自分のバインダーに挟んだ。
しかし、すぐにテーブルの上にもう一部同じ書類があるのに気付き、動きを止める。……これって、もしかして。
「……もしかして、同行者がいるのか?」
その相手によっては、仕事がやりにくいこともあるのだ。常時こちらをガン見してくる三神あたりとか、勘弁して欲しい。
レオは懸念からあからさまに眉を顰めたが、荒谷は見ないふりをした。
「もちろんいるよ。今回は出現場所が人里に近くて、慎重に素早く鎮圧したいからな。二人で力を合わせて、上手くやってくれ。……彼女もかなり自由な人間だが、まあ、先輩として頼りにしなさい」
この言い方、どうやら同行者は三神ではないようだ。
では誰か、と思ったところで、社長室の扉がかなり元気にノックされた。
「しっつれいしまあす! 社長、お仕事ですかあ?」
「おお、来たな、猿田」
そこから入ってきたのは、小柄でショートカットの細身の女性だった。
対暴課の猿田ミキだ。
事務OLのような見た目だが、レオと同様、荒事や暴獣・暴魔の鎮圧を主な業務としている。
「これからレオくんと一緒に京都に赴いて、暴れイノシシ退治をしてきてくれ。詳細はこの書類にまとめてある」
「ああ、レオくんだあ! 私とセットで仕事なんて珍しいね!」
「……どうも」
レオは特に拒絶することもなく、内心でほっとしながら形式的に軽く頭を下げた。
ミキは少々テンションの高すぎるところが気になるものの、レオとしては許容範囲の同行者だった。
同じような業務をしているためそれぞれ別の仕事をするのが常だったが、荒谷は今回二人を同時投入することで、一気に速やかに解決したいということなのだろう。
レオとしても、とっとと仕事を終わらせてユウトに会いに行きたいのだから、彼女の同行は普通に大歓迎だ。
「二人ともここから家が近いし、出張の準備は2時間もあればできるか? 仕事は暗くなってからだから、多少遅れても問題ないが」
「1時間でも十分だ。1分でも早く着いて仕事を終わらせて、楽しい自由行動がしたい」
「私も1時間でいいですよお? どうせ一泊だし、出張は持っていくもの決まってるし、荷物まとめるのなんてすぐですもん」
「じゃあ一旦家で準備して、1時間後に会社に戻って来てくれ」
「了解でーす!」
「ああ」
社長に指示され会社を出ると、レオは上機嫌で家に向かう。
ちょうど今日のユウトたちは京都のホテルに泊まっているのだ。
仕事さえ終われば、いくらか会う時間を取れるだろう。
思わぬ僥倖に感謝をして、レオは出張の準備をすると、再び家を出るのだった。