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修学旅行と荒谷の息子

 この世界での生活は順調で、兄弟はすこぶる仲良く毎日を暮らしている。


 レオはすっかり仕事にも慣れ、主にアラヤ社に持ち込まれる荒事対応と営業専門で働いていた。

 社長の思惑通り結局3ヶ月過ぎてもここで働くことになってしまったが、ユウトに関する融通が利いて、素性を偽らなくていいという状況はやはりありがたい。


 扶養手当の他に解決した事案に応じてインセンティブも出るし、弟を十分に養える環境は手放せなかった。

 三神の勧めで掛け始めたこの伊達眼鏡はちょっと鬱陶しいけれど、自分の悪い目付きも自覚しているから我慢だ。


 そしてユウトの方も、だいぶ学校に馴染めたようだった。

 授業で学ぶための知識が不足していたけれど、記憶喪失を公言しているおかげで学校の先生や友達が放課後に勉強を教えてくれたりして、今では普通に授業を理解できている。というか、すでに成績は良い部類になっていた。


 自分の目の届かないところに弟がいることが少々……いや、かなり心配ではあるのだけれど、こればかりは仕方がない。

 とりあえずはユウトに持たせた携帯端末にこっそりGPSの見守り登録をしてあるから、レオは休憩の間などに逐一それを眺め、家に帰って弟の無事を確かめるまでの気休めにしていた。


 のだが。


「……修学旅行?」

「うん。一週間かけて寺社を巡ったり施設を見学したりするんだって。楽しみだなあ。レオ兄さんも、たまには僕のいない間羽を伸ばしてよ」


 最近のユウトは『レオお兄ちゃん』と言うのが子どもっぽいと思ったのか、『レオ兄さん』と呼ぶようになっている。

 まあどっちで呼ばれようが弟が可愛いことに変わりはないので、兄は気にしていない。


 そんなことよりも、修学旅行だ。

 昼間離れているだけでも心配で仕方がないというのに、一週間もユウトと離ればなれになるという最悪な行事らしい。

 レオとしては考えただけで胃に穴が開きそうなのだが。


「……保護者同伴は?」

「中学生なんだから、そんなのあったら恥ずかしいよ。心配しなくても旅行中は友達と同じ班分けだし、大丈夫」

「友達……って、社長の息子か?」

「うん」


 社長……つまり、荒谷の息子だ。


 実はユウトを学校に入れる際、レオはどうしても弟を護る存在が欲しかった。

 そこで元々実年齢のはっきりしなかったユウトを荒谷の息子と同学年ということにして、彼に弟をサポートしてもらっていたのだ。


 彼は背も低く細くて可愛らしいユウトに対し、自身の弟のように目を掛け、世話をしてくれた。おかげでユウトも懐いて、今ではすっかり仲良しだ。

 こちらから頼んだ事だしありがたいのだが、その近さに少しだけもやっとする心の狭いレオである。


「僕、小さくて鈍くさいし、よく小学生に間違われるから、大きいリョウくんが一緒にいてくれると助かるんだよね」

「あいつはデカすぎだろ。この間見たらまた背が伸びてやがった。もう高校生みたいじゃねえか」

「うん。筋肉あるし格好いいよね、羨ましいな」

「ああ? 筋肉なら俺だってある」


 思わず子どもみたいに張り合うと、ユウトがそんなレオに気付いて苦笑した。


「もちろん、僕にとってはレオ兄さんが一番格好いいよ?」

「くっ……俺の弟が宇宙一可愛すぎる……!」


 以前買った二人掛けの小ぶりなソファの上で、兄は弟をぎゅうぎゅうと抱き締める。

 すっかりデレに目覚めたレオは、もはやそうやってユウトを溺愛することに躊躇わない。


「……こんな可愛い弟と一週間も離ればなれとか、耐えがたいんだが?」

「僕だってレオ兄さんと会えないのは寂しいけど、せっかくの友達との修学旅行だもん、行ってみたいな。……お金出してもらう立場だし、レオ兄さんがどうしても駄目って言うなら諦めるけど……」


 ユウトは間近から上目遣いでレオを見上げ、そんなことを言う。

 くっそ、これ拒否できないやつだ。

 どこまでも弟を甘やかしたい兄は、彼が楽しみにしている修学旅行に、『行くな』などと言えるはずがない。


 本当はめちゃくちゃ嫌だ。嫌だが、自分のせいでユウトをしょんぼりさせるのはもっと嫌だ。

 レオは観念するしかなかった。


「……分かった、行ってこい。ただ、毎日俺に連絡入れるんだぞ?」

「! うん、もちろん! ありがとうレオ兄さん!」


 兄の許可をもらって、弟はぱあと顔を輝かせる。

 レオが特に好きな顔だ。これだけで絆されてしまう。

 そのままご機嫌でくっついてくるユウトはマジで可愛い。


 ……しかしこの返答によって、不本意にも弟を行ったことがない土地に送り出すことが確定してしまったわけだ。心配すぎて吐きそうだが、ここに至っては是非もない。


(一応、できる手回しはしておくか……)


 レオはユウトが持ってきた修学旅行のしおりに目を通すと、今後の算段を立てるのだった。



**********



「……何だよ、話って」


 翌日の夕方、レオは一人の男を秘密裏に呼び出していた。

 荒谷リョウ……社長の息子だ。ユウトの親友でもある。


 まだ中学生でありながら、身長は170を超え、父親からは想像できないスポーツマン体型の男子だ。

 バスケ部で副主将をやっているらしく、女の子にモテるのだとユウトが言っていた。


「……修学旅行の話だ」

「ん? あんたが行っていいって言ってくれたって、ユウトが喜んでたぞ? まさか俺からあいつに言って諦めさせろとか言うんじゃないだろうな?」


 こちらに疑問の目を向けるリョウは、目付きの悪いレオをあまり恐れない。

 そもそも立場的に社長の息子であるし、レオの方からユウトを護って欲しいと頼んだ間柄でもあるし、弟の親友という強い肩書きもあるからだ。


 もちろんユウトが懐いているだけあって、性格も悪くないのだが。

 この男もユウトを弟のように可愛がっているせいで、弟を溺愛する兄とは多少の軋轢があった。


「……そうしたいのは山々だが、修学旅行を楽しみにしているユウトにそれを諦めさせるなんて俺にはできん。めっちゃ笑顔キラキラして激可愛かったし」

「じゃあ何のために俺を呼び出したんだよ?」

「お前には、ユウトに何かあったらすぐ俺に連絡を入れて欲しい」

「……ああ、そんくらいなら別に構わねえけど」


 リョウはすんなりとレオの頼みを受け入れる。

 そりが合わないと言っても、二人はユウトを庇護したいという点で同志でもあるのだ。……もちろん、どこまで行ってもズレは生じるのだけれど。


「そして、何かがなくてもユウトに関しては連絡を入れて欲しい」

「……ん?」

「できればユウトが可愛いことをしてる瞬間やはしゃいでいる時はすかさず動画を撮れ。難しければ写真でも可。撮影不可の場所では音声のみでもいい。撮れたものは即座に俺のスマホに送れ」

「はあ!? 嫌だけど!? そりゃユウトが可愛けりゃ撮るけど、何でわざわざあんたに送んなきゃなんないんだよ!」


 撮る手間が嫌なわけではなく、レオに送るのが嫌だというのがまたイラッとくる。……でもまあ、同じ立場なら自分もそう思うだろう。

 ならば、とレオは持っていた紙袋を差し出した。


「こ、これは……!」

「……ユウトを撮って俺に送ってくれるなら、これをやろう。大容量モバイルバッテリーと、その場でスマホからインスタントフィルムに印刷できる携帯印刷機だ」

「くっ、小遣いで買うには微妙に高く、親に買ってもらうには微妙に必要性の説得が難しいラインナップ……!」


 アラヤ社に入ってから営業に連れ回されることも多いせいで、こういう贈り物で相手のニーズやらツボやらを押さえるセオリーは心得ている。


 その時タイムリーに必要なもの、絶対必要というわけではないがあると便利なもの、自分で金を出すには躊躇する『微妙に高い』金額のもの。それが相手の趣味のもの、なかなか手に入りづらいものだったりするとさらにポイントが高い。


 社長に事前にリサーチをしていたレオは、その絶妙なところを狙ったのである。

 金額の多寡よりも手間と情報が重要だ。


 そしてこの作戦は、まんまと当たった。


「っ、し、仕方ねえな……。まあどうせユウトのことは撮るだろうし、あんたにも送ってやるよ」

「よし、交渉成立だな。一応ユウトにも毎日連絡を入れるように言ってあるが、恥ずかしがって俺に伝えない可愛い失敗談とかもあったらシェアしろ」

「変態くせえ……どんだけユウトのこと好きなんだよ」

「今ここでそれを説明しろと言うなら語ってやってもいいが」

「いらねえよ! 夜が明けるわ」


 リョウは大きくため息を吐くと、やれやれと肩を竦めた。


「まあ、あんたの溺愛と過保護は今に始まったことじゃねえしな。……旅行中はしっかり見守っててやるよ。あいつ、ちょっといじめられやすいから」

「……まだユウトにちょっかい出す奴がいるのか」


 ユウトは当初、身体が小さい上に記憶喪失だし、この世界のしっかりした知識もなかったから、それをだいぶからかわれていたらしい。

 しかし懸命に勉強することでみるみる成果を出し、今はそのからかってきた奴らよりもずっと良い成績を取っている。それが気に入らなかったのだろう、以後ユウトをいじめているようだ。


「……全員の名前と写真を送ってよこせば俺が消す」

「やめろよ、あんたが言うと冗談に聞こえないっての。……一応俺の方でも牽制してるし、奴らもさすがに怪我をさせるようなことはしないから大丈夫だ。ユウト自体、多少なじられてもケロッとしてるし」

「ユウトが平気かどうかはどうでもいい。俺が許せんのだ。ユウトをいじめるというその行為自体が万死に値する」

「まあ、とりあえずユウトの後ろにはヤバい奴が付いてるぞって脅しておくわ」


 そう言うと、リョウは暗くなってきた周囲に意識を向けて時計を確認した。

 レオもつられて自分の腕時計を見る。

 するとその時計の針は、すでに六時半過ぎを指していた。まずい、ユウトがおなかを空かせて待っている。


「俺の話はここまでだ。では修学旅行の期間中のことは頼んだぞ。可愛いユウトが家で俺の帰りを待っているから俺は行く」

「ああ、任せろ」


 しっかりと請け合ったリョウの言葉に頷いて、レオは一路ユウトの待つ自宅へと向かった。


7日で完結するつもりが、正月の連日のドカ雪のせいで雪かきに忙殺されてしまったので無理でした……。

ここからは本編の合間に緩く1月中の完結を目指したいと思います。

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